7:気付けなかった恐怖。
ヘンドリック殿下にお願いした二日後、研磨職人たちとの顔合わせが決まりました。
殿下に付き添われ、馬車に乗り込もうとしたのですが、足がその場に縫い付けられたように進みません。
「っ…………ハッ、ハッ……ッァ?」
「ティアーナ?」
「…………申し訳ございません、すぐにっ……」
歩きたいのに。
馬車に乗りたいのに。
「っ! しまった……今日は止めよう」
「え……?」
「馬車が怖いのだろう?」
そう言われて、やっと気が付きました。
乗るのが怖くて足が進まないのだと。
でも、この前は平気だったのです。両親と妹を埋葬しに行った時も、馬車に乗りましたから。
「あのときはな。だが今回はそこまでの必死になる目的ではない、だから恐怖が勝ってしまうんだろう」
そう言われて、自分がなんのためにここにいて何をしたいのか、目を閉じて考えました。
ゆっくりと深呼吸をし、ジッと馬車かごの中を見ます。
――――大丈夫。
「……いえ、行きます」
「ん」
ヘンドリック殿下が仕方なさそうに微笑んで、エスコートしてくださいました。
震える手足を抑え込みつつ、進行方向に背を向けて、殿下と向かい合わせに座ろうとしました。
なぜか急に腰を抱かれ、グッと引き寄せられたかと思うと、トスッと柔らかく座らされたのは、進行方向を向いた座席。
隣には、ヘンドリック殿下。
「作業場までは二十分程度だが、気分が悪くなったり、脚が痛んだらすぐに言いなさい」
「っ、ありがとう存じます」
お礼を伝えると、ヘンドリック殿下が満足そうに頷かれました。
殿下の合図で馬車が出発したのですが、狭い密室で二人きりというこの状況が、妙な緊張感を生みます。
あの時の恐怖を思い出しもするのですが、それとはまた別の何かも。
隣から感じる他人の熱。
そういえばアロイス殿下と馬車に乗るときは、向かい合わせでした。
アロイス殿下…………ふと顔を思い出してしまい、お腹の奥底に真っ黒な炎が揺らめきました。
「……すまない、先に謝っておく」
「え?」
何が? と聞く前に、ヘンドリック殿下に両手を包みこまれていました。
わずかに震えていた手がじんわりと温められていきます。
「顔色が悪いし、震えている」
「っ、はい」
「ティアーナ、君はいつも何も話さないね」
「え?」
「帰ったら、もう少しお互いのことを話そうか」
「え……は、はい」
ヘンドリック様の意図が掴めず、戸惑っている内に作業場に到着してしまいました。
「さぁ、下りるよ」
「はい」
エスコートされながら馬車から下りると、質実剛健といった感じの飾り気のない建物の前に、二人の中年男性と杖をついたおじいさんがいました。
彼らが職人なのでしょう。
先ずは、彼らと打ち解けるところから――――。





