60:ヘンドリックが隠していたこと。
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ティアーナを保護した数日後、国境の衛兵たちから様々な報告が上がっていた。
ザンジルの役人たちが、例の事故現場で何かを探していることや聞き込みをしている者がいることなど。
しばらくすると、ザンジルから先日の夜会で見苦しいものを見せた、という謝罪の手紙が届いた。国王からと、第四王子から。
そして、別口でザンジル王太子からは、ティアーナを探している様子の手紙が届いた。
あの日の道中でなにか見かけていないか。無国籍でヴァイラントに入国した者はいないか。僅かな情報でもいいので教えてほしい。
もし保護をしているなら、秘密裏に報告が欲しい。彼女を責任持って保護したい、と。
役人や騎士たちには口止めした。
謝罪の手紙にも、捜索の手紙にも、しっかりと返事をした。
気にしていない、ティアーナなど知りはしない、と。
ザンジルの王太子からは何度も手紙が届いていたが、知らぬ存ぜぬを繰り返していた。
――――言うべきか。
ザンジルの議事堂からの帰り際、ザンジルの王太子に呼び止められた。
ティアーナに諸々を知られたくなくて、ぐいぐいと引っ張り馬車に乗り込んで、すぐに出発させた。が、ティアーナにはなんとなく伝わってしまっている気がする。
しばらく迷いに迷ったが、言わざるを得ないだろうと覚悟を決めた。
「ティアーナ、君に伝えていないことがある」
俯いて大きなため息とともに発した声は、あまりにも震えていて、自身の弱さをまざまざと見せつけられたような気がした。
「何でしょうか?」
ティアーナは事実を知ったらどんな反応をするだろうか?
国に帰れる可能性があると知ったら、どうするだろうか?
あの王太子は、間違いなくティアーナの味方だ。
さっきティアーナに向けていた視線が物語っている。
それに、あいつだけがベールで顔を隠していたティアーナをじっと見続けていた。きっと、何かに気付いたのだろう。私が知らない、ティアーナ独特の、何かに。
そして、ティアーナが正体をバラした瞬間、ホッとしたような表情になったのを、私は見逃さなかった。
「ジスラン殿はティアーナの味方だ。ずっと秘密裏に君を探していた」
「…………それで?」
感情を抑え込んだような、ひどく低い声が、ティアーナから聞こえてきた。
少しだけ顔を傾け、髪の隙間からティアーナを見ると、両膝の上に置いている手を固く握り、掌に爪を食い込ませていた。
「ティアーナ、傷になる」
慌てて彼女の手を取り、力を抜くよう伝えると、スッと手を振りほどかれてしまった。
「それで、探していたから、なんなのですか?」
「っ…………ザンジルに戻る手立てはある」
「今更、ザンジルに戻れと?」
「違う。絶対に違う!」
それだけは絶対に違うと言い切れる。
感情を押し殺したような表情のティアーナの頬を、そっと両手で包んだ。
唇を重ねようとしたが、逸らされて口の端にキスを落とした。
「おやめください」
「っ………………話を聞いてくれ。頼む」
全て、話すから。
私の狡さも、汚さも。





