57:悪役令嬢という存在。
議事堂内を見回したあと、アロイス様に視線を固定しました。
「あの日から今日まで、私はしっかりと牙を研いでいましたの。ついでに宝石も」
まぁ、宝石を研いだのは研磨職人ですが。
「先ずはアロイス様、ご成婚おめでとうございます」
我が家の事業の後釜に据えられていた侯爵家。そこのご令嬢と結婚され、再来月には出産?
ほんと、おめでたいですね。
「国外追放されたあと馬車の事故に遭いましたが、その事故は仕組まれたもので確定なのだそうですよ?」
御者がいなかったこと、馬が怪我でなく毒で死んでいたこと、馬車の車輪の軸に細工がされていたこと。それらはヘンドリック様が、私の両親と妹の亡骸を回収しに行かせた騎士たちに調査させたそうで、断言できるとのことでした。
「我が家の事業は、第四王子妃殿下のご実家である侯爵家が引き継いでくださったとか? ブフナー侯爵様、ありがとう存じます」
笑顔でそうお伝えすると、眉間に皺を寄せられ、目を逸らされてしまいました。
あらまぁ、いったいどういう反応かしら? と思いましたら、アロイス様がザンジル国王の命令を無視して、口を開いてくださいました。
我が家が情報の秘匿をしていたため、職人たちから研磨技術や取引先など聞き出すのに時間が掛かっていたこと。ここ最近、妙に買い渋りされているようだと思っていたこと。それらを躾のされていない犬のように、ギャンギャンと叫んでいます。
「お前がヴァイラントに情報を売ったせいだったんだな!? 売国奴め!」
ビシリとこちらを指差し、まるで私を断罪するかのようなアロイス様。残念なことに、そうはならないのですよね。
「あら? だって、アロイス様がそうなるよう、仕向けたのでしょう? アロイス様の失態がこの事態を招いたのですよ。それに、私を悪役令嬢だと仰ったのはアロイス様ですが? もしかして、悪役令嬢がどういう存在なのかも理解せずに仰ったのですか?」
なにを馬鹿な反応をしていますの? と薄ら笑いしながらお伝えすると、アロイス様がワナワナと震えだし、近くにいた騎士の剣を奪い取りました。
「アロイス!」
ザンジル国王が慌てて名前を叫ぶも、制止することは叶いませんでした。
ここまでの逆上は予想していませんでしたが、これはこれで僥倖です。
「あら。ヴァイラントに剣を向けるのですね」
「ハッ! 国外追放されたなんの権力も権利も持たないただのティアーナだ。お前一人ごときで、長らく続いた国同士の和平条約が揺らぐなど、あるわけがないだろう」
馬鹿にしたように笑いながら、アロイス様がこちらに近づいて来られました。
「――――あるんだよな。それが」
ヘンドリック殿下が私を庇うように、アロイス様と私の間に入りました。
どれだけアロイス様の頭が弱かろうとも、流石に彼に剣を向けることはないとは思うのですが、それでも心臓がバクリと早鐘を打ちます。
ここまで巻き混んでしまったものの、これ以上の迷惑は掛けたくないというのが本心です。
「国王」
ヘンドリック殿下がアロイス様から目を離さずに、ザンジル国王に声を掛けました。
その声には怒りも焦燥もなく、ただ淡々と。
「貴国の考えは理解した。今回のことについて、全権はティアーナにある。そのサポートとして私がついてきたが、想定外の事案が出た場合は私が全てを決めることになっている」
「お待ちいただきたい!」
ずっと口を噤んでいた第二王子殿下が、ここに来て急に立ち上がり発言の許可を求めて来られました。
「断る」
ヘンドリック様が一瞬でぶった切りましたが。
「聞いたところで考えは一緒だと思うが。ティアーナ、どうする?」
さて、どこまで要求できるか。
ザンジル国王をどれだけ脅せるかにかかってきますね。





