53:ザンジル王城に入る。
ザンジルに向かう道中、事故現場に差し掛かりました。あの場所にもお墓にも、花を手向けるのは全てを終わらせてからにすると、ヘンドリック様にお伝えしています。
あの日、あの時、ヘンドリック様が通りかかっていなければ、私は死んでいたでしょう。
このように復讐する機会も得られませんでした。
何度お伝えしても伝えたりない感謝を述べると、それなら私からキスをしてくれと言われました。
「へ?」
「ティアーナからキスしてもらえたら、一週間くらい飲まず食わずでも平気なんだが」
小首を傾げ、赤い髪をサラリと揺らし、こちらを覗き込んでこられます。なんというか、とてつもなくあざといです。
「普通に餓死しますよ」
「ん!」
「聞いてます?」
唇を少し尖らせ「ん」だけ言う殿下。
絶対に聞いてません。
あと、馬車の中は少し揺れていますので、歯をぶつけそうなのですが?
「ん!」
「っ――――」
全く引く気のない殿下に呆れつつも、そっと唇を重ねました。
「んふふ。ドレスと同じくらい真っ赤だ。かわいい」
ヘンドリック殿下が楽しそうに笑われているので、これでよかったのでしょうが、なんというか決戦の前にすることなのだろうか、とかは考えて……はいけないのかもしれません。
「そろそろだな」
「はい」
ザンジル王城に近づいてきたので、顔が見えないようヴェール付きの帽子を被りました。
光に目が弱いという設定で押し通します。
会議の場まで誤魔化せればいいので。
馬車を走らせ、懐かしの王城へと入りました。馬場には、出迎えに来たザンジル王族や貴族たちがずらりと並んでいました。
格上の国相手なので人数がかなり多いです。もちろん、ザンジル国王もいます。
まぁ、そうでなくてもザンジル国王は出迎えに立ち会われる派ではありますが。
「ヘンドリック殿下、よく来られた」
「この度は温かく迎えてくださり、感謝します」
婚約者だと紹介され、杖を支えにカーテシーをしました。声色は変えなくても大丈夫だろうとのことで、普通に。
ザンジル国王が脚が悪いのかとそれとなく聞いてこられたので、不運な事故に遭い障害が残っていると伝えました。国王が無理はしないでいい、カーテシーもしなくていい、実家にいるような気楽さで過ごしなさい、と言ってくださいました。
少し前までは、本当にそうなる予定だったのですよね。今となっては、国王のその言葉にさえ憤りを感じますが。
この人がここまで甘くなければ、ああはならなかった。
たとえ、たらればだとしても。
ああなった報いは受けてもらいます。そのため帰ってきたのですから。
心の中は暴風雨。
声は穏やかに、口元は微笑んで春のように。
――――失敗は許されない。





