52:さぁ、出発です。
ダンスの授業は座学と実技の日があります。実技の日はヘンドリック殿下が王城から駆けつけて来られます。
週に一回とはいえ、流石にご迷惑では? と思うのですが、殿下はこれを楽しみに一週間過ごしているのだから断らないでくれと言います。
優しさもあるのでしょうが、割と本気そうなのでお言葉に甘えることにしました。
ダンスの授業のあとはフリーの時間になりますので、ヘンドリック殿下とサロンでお茶をして、しばしの癒しの時間です。
日々の出来事を話したり、スイーツを食べて微笑み合ったりが基本ですが、今日はちょっと違いました。
「――――来月ですか」
「あぁ。覚悟は出来てる?」
「もちろんです」
ザンジル訪問の時が近づいて来ていますので、そのことについての話が中心になっています。
覚悟はし終えています。
どこまでも残忍に、どこまでも残酷に。奪えるものは全て奪いたいと思っています。
「ん。いい顔だ」
エメラルドグリーンの瞳を細め、ヘンドリック殿下が柔らかく微笑まれました。
殿下は覚悟ができているのでしょうか?
「ん?」
「ザンジルを貶める悪役令嬢を婚約者にし、後ろ指をさされる覚悟です」
そう聞いてみると、殿下が楽しそうに肩を揺らしました。
「君の勇姿を直ぐ側で見られるんだ。楽しみで仕方ないよ」
「っ! そういう煽りはいりませんっ!」
「んははは。本当に思っているのに」
もうすぐ決戦の舞台。
普通なら緊張で胃が痛くなったりと、精神的に不安になりそうなものですが、ヘンドリック殿下の優しさや気遣いのおかげで、余計な気負いをせずに日々を過ごせています。
「ありがとう存じます」
「ん?」
「いつも支えてくださって」
「うん」
照れたように微笑む殿下に再度感謝を伝えて、この日の午後のデートは終わりました。
それから日々はゆっくりと過ぎ、とうとうザンジルに向けて出発する日に。
ザンジルには、婚約者の紹介や知見を広めるために伺いたい旨を伝えています。
大歓迎だとの返事があったそうで、国王陛下がニタリと笑いながら存分に暴れて来るようにと仰いました。
「はい!」
「うむ、いい顔だ。行っておいで」
「行ってまいります」
――――さぁ、出発です。





