5:鬼になる。
痛み止めの薬のせいで眠気が強く、日中も夜もうとうと。
そうやって眠りに落ちては、夢の中で事故の瞬間を何度も何度も再体験する羽目になります。
お父様が慌ててお母様を抱きしめ、私は妹と抱き合い、揺れる馬車かごに翻弄され――――響き渡る嘶きに紛れて聞こえた妹の呟きがずっと耳に残ったまま。
『死にたくない……ヨハンさま』
うん、死にたくなかったよね。怖かったよね。
ヨハン様に会いたかったよね。
私たちと違って、相思相愛だった妹とその婚約者。
ごめんね。
巻き込んでごめん。
私が生き残ってごめんなさい――――。
夢だとわかっているのに。
目覚める事が出来ないのか、目覚めたくないのか。
夢の中でもいいから、笑っている三人に会いたいと思うのに、いつも苦しんでいる瞬間。
あの、瞬間。
薬での眠気のせいなのか、眠りがとても浅く、夢現でうなされていました。
そんなとき、ふわりと温かい何かに頬を撫でられました。
「――――泣くな」
ぽそりと聞こえたのは、低く柔らかな声。聞き覚えのあるその声の主は、ヘンドリック様だろうなと思うものの、目蓋を押し上げることが出来ずにいました。
浅いのに、強い眠気。普段なら起きれるはずなのに。
何度も優しく頬を撫でられ、流れているのであろう涙を拭われました。
今はたぶん深夜に近い時間。
自分の部屋に男性が入ってきて、ベッドの側にいて、勝手に触れてきている。
普通なら、飛び起きて叫ばなければいけないのだと思います。でも、そうする気にもならないし、むしろ嬉しいとまで思ってしまいました。
彼の温かな手で撫でられた瞬間、悪夢は消え去ったから。
彼の声が驚くほどに優しいから。
この気持ちは――――気付いてはいけない。
縋り付いてはいけない。
依存してはいけない。
自分の立場を、忘れてはいけない。
だから、今は深く眠ってしまいましょう。
何もかも、夢にして、目覚めたら鬼にならねばならないから。
弱いティアーナはあの馬車で死んだ。今生きているのは悪役令嬢のティアーナ。
復讐こそが是の鬼――――。