46:追い詰められて。
部屋に逃げ込んだものの、ヘンドリック殿下に扉をノックされてしまえば、開けざるを得ません。
部屋に招き入れると、何故か壁際に追い詰められ、両側を手で塞がれてしまいました。
「ティアーナ、怖がらないでくれ」
そう言われて、怖がっていないと反射的に答えてしまいましたが、バレているのだと思います。とても悲しそうなお顔で微笑まれてしまいましたから。
「なんで、ヘンドリック殿下がそんな顔をするんですか……」
「君を愛してるからだよ。君を失いたくないから」
その言葉に、嬉しさと悲しさ、悔しさや惨めさといったものがない混ぜになりました。
「…………分かっているんです。わがままを言って殿下を困らせていると」
「うん」
「だから、どうか、ひとりに――――」
「いやだ」
ひとりにしてください、とお願いしようとしていたのですが、被せながらに拒否されてしまいました。
精神を落ち着ける時間が欲しかったのです。前向きになれる時間が。
いまの私には、それがとても難しいことだったから。
「惨めなんです! 後ろ向きになっている姿を好きな人に見られるのが、とても惨めなんです。追い詰めないでください。わがままを言ってすみません。帰って――――」
また、最後まで言わせてもらえませんでした。
今度は唇を塞がれたせいで。
それは押し付けるようなものではなく、柔らかく重ね、甘く絡ませ、崩れ落ちるほどに蕩けさせられました。
腰から力が抜けてしまい、床に座り込もうとした途中で何があったのか。気づけば左手はヘンドリック殿下の右手と絡めるように繋がれ、腰は彼の左腕にガッチリと抱き寄せられていました。
「何があっても、何を言われても、私は君を諦めない」
少しだけ唇を離して紡がれた言葉に、心臓が締め付けられました。
いつもは柔らかなエメラルドグリーンの瞳が、赤く燃えているように見えます。
「不安にさせてすまなかった」
ちゅ、と軽く柔らかなキス。
「ごめん」
ちゅ、と更に触れるだけのキス。
「ごめん……もう一回だけ」
今度は長い長いキス。
熱くて苦しくて、甘く蹂躙するような。
「…………ごめん。何も考えてなかった。このキスに深い意味はない。ただ、ティアーナとキス出来て嬉しい、気持ちいい、しか考えてなかった……ごめん」
唇を解放されてハァハァと必死に呼吸していたら、首筋にヘンドリック殿下が顔を埋めてこられました。
弱々しく呟かれた言葉があまりにも予想外で、いろいろなことが頭から飛んでしまいました。
「嫉妬してました…………」
ポロリと零れ落ちた言葉。それがゆっくりと全身に染み渡りました。
「私はまだ知り合ったばかりの他人で、彼女のように近い存在にはなれていない気がして」
「私は、君の婚約者だろう?」
「はい」
「君を愛していると、伝えたろう?」
「はい」
ヘンドリック殿下の声が徐々に低くなっていきました。





