44:時期尚早だった。
ヘンドリック殿下が見せてくれた景色がとても素敵だったこと、共有してくれて嬉しかったこと、ともに守っていきたいと思ったこと。
それらの想いをゆっくりと紡ぎました。
「よかった」
ホッとしたように微笑んでくださったので、私も嬉しくなりました。ですが、話はまだ終わっていないのです。続けなければいけない言葉に、胃が締め付けられます。
「ただ、あの場所を紹介していただくには、早すぎたようです」
「……え?」
エメラルドグリーンの瞳が不安そうに揺れています。正直なところ、怖いです。どう思われるのか、どう反応されるのかが。
「ヘンドリック殿下を愛称で呼び捨てする女性と向き合うには、時期尚早でした」
「っ! いや、違っ――――」
「どのような関係なのか、知りません。いまは、知りたくありません。ただ、私の覚悟が足りなかった。それだけです。せっかくの素晴らしい時間や思いを台無しにして申し訳ございませんでした」
ヘンドリック殿下に向かって腰を折りました。
「やめてくれ!」
「っ……ごめんなさい」
悲痛な声でそんなことをしないでくれと言われてしまいました。
「マノンの娘は母の侍女なんだ。あの娘はその侍女の子どもで…………ただの幼馴染というか、兄妹のような感覚で……………………」
「私は、知りたくないと言いました!」
「っ!?」
知ったら余計に惨めだから。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
新しい何かを手に入れるたびに、不安で不安で仕方なくなります。また失ったらどうしよう。また奪われたらどうしよう。もう、二度と立ち直れないかもしれない。
信じていいとわかっているのに、怖いのです。
指の隙間から零れ落ちていく砂のように、全てがなくなっていきそうで。
「ごめんなさい」
もう一度だけヘンドリック殿下に謝罪し、体を車窓に向けました。
流れ行く景色だけを見ていたかったから。
自己中心的な態度で申し訳ない気持ちがあるのですが、精神を立て直すのには、少しだけ時間が必要そうです。
養父母の屋敷に着き、馬車から降りました。
終始無言ではありましたが、それでもエスコートしてくださるヘンドリック様にカーテシーをして、出来る限り早足で屋敷に入りました。
後ろで何があったのかと、ヘンドリック様を問い詰めている養母の声が聞こえましたが、聞かないようにして私室へと急ぎました。





