34:ヘンドリック殿下の、おもい。
指輪をじっくりと見ていましたら、ヘンドリック殿下がクスリと笑われました。
「私にも指輪を嵌めてくれると嬉しいのだが?」
「っ! あっ、はいっ!」
「ふふっ」
慌てて右脚に重心を乗せ、立位を保ってから杖を手放すと、とても慌てられてしまいました。一分程度なら、杖なしで立つことくらいは出来るのです。
大丈夫ですよとお伝えしてから指輪をリングピローから取り、ヘンドリック殿下の右手薬指にゆっくりと嵌めました。
「ん」
あまりにも幸せそうに破顔され、私の心もぽかぽかと温かくなって来ました。
続いて誓いの言葉を言い、婚約証明書と婚前契約書にサインをし、婚約式は終了です。
二枚の書類は、信頼のおける相手に預けるのが慣わしとのことで、養父に預けることとなりました。
本来、国王陛下一択なのでは? と思うところですが、ヘンドリック殿下が、国王陛下には絶対に渡すなと言われました。絶対に、面倒なことになるから、と。
養父は苦笑いしつつも、大切に保管すると約束してくださり、なんとなく申し訳ない気持ちになりました。
「気にしなくていい。いつものことだ。さて、帰ろうか」
「はい」
養父が左手を差し出してくださったので、そこに右手を重ねます。
「……本当に、行くのか?」
「はい」
婚約式のあとから、私は住まいを養父母の家に移すことになりました。
ヘンドリック様の箍が外れてしまわないように。今後のことで、何かしらの余計な詮索を受けないためにも。
ヘンドリック様たちにゆっくりとカーテシーをし、養父母とともに馬場に向かって歩き出しました。
「ティアーナ、馬車をなるべく揺らさぬよう走らせますが、我が家までは少し時間がかかってしまうの。気持ち悪くなったらすぐに言いなさいね」
「ありがとう存じます」
「私たちはもう親子だ。『ありがとう』だけでいいんだよ」
眉を落として心配そうに話しかけてくれる、穏やかな養母。
柔らかく微笑んで諭してくれる、ガッシリとした武人らしい見た目の養父。
実の両親とはあまり似通っていないものの、なんとなくこの人たちのことを『親』なのだと実感できました。
「っ……ありがとう」
「ふふっ。さっ、出発しましょう?」
「はい」
この方たちと出会わせてくださった国王陛下に、心から感謝をしました。
こんなにも問題を抱えている私を、なんの迷いもなく受け入れてくださったとお聞きしています。
できる限り迷惑をかけずに過ごしたいのですが、いま既に多大なるご迷惑をかけてしまっています。
「しかし、壮観だぁねぇ」
養父が、私たちの乗る馬車の後ろに並んだ荷馬車をチラリと見て、苦笑いしました。
なぜなら、荷馬車が五台もあるのです。私の荷物だと言い張って、ヘンドリック殿下が用意させたものなのですが、何が入っているのか実はあまり把握できていません。
「重いわね」
「重いな」
「すみませんっっ」
お二人の言う『重い』はヘンドリック殿下の『想い』の方とのことで、顔合わせの際にも声を揃えて言われてしまっていました。
正直なところ、私も同意見ではありましたので、否定ができません。





