31:焦らしプレイ。
国王陛下がヘンドリック殿下の耳元で何かを囁かれた直後から、殿下がテーブルに額を打ち付ける勢いで突っ伏してしまいました。
真っ赤な髪の毛が美しい弧を描き、バサリと広がります。サラサラと風に靡く髪に手を伸ばしそうになったのは秘密です。
「殿下?」
「……………………ん」
「あの?」
「…………ん」
反応がほぼありません。
国王陛下にいったいなにを言われたのでしょうか? 精神的ダメージがなんだか凄そうなのですが。
「…………ルネ」
殿下がルネに向かって手を払う仕草をすると、ルネがカーテシーをしました。そして、周りにいた騎士や使用人たちと一緒に立ち去っていきました。
ガゼボにいるのは、私たちだけ。
先程のお話のときには人払いされていなかったので、国王陛下から見ても信頼の置ける方々のみがいたのだと思っていました。
そんな方々にも聞かれたくない話なのでしょうか?
ヘンドリック様がむくりと起き上がり、私の方に体を向けるように斜めに座られました。
「今日の執務は休みになった」
「えぇ?」
わりとついさっき馬場で別れて、執務に向かわれたのですが、国王陛下に呼び出されてしまったので、もう仕事にならないと判断されたのでしょうか?
「父に…………煽られたから言うんじゃないんだが……………………なんかムカつくな。あのおっさん……」
急にヘンドリック殿下が悪態をつきました。
どちらかといえば、かなり丁寧な話し方をされるので、ちょっとびっくりというか、意外というか。
「ティアーナは婚約者のふりのつもりだろう?」
「つもり? ええと?」
つもり、という言葉を使うということは、なにか齟齬がある?
「……いや。言い方が悪いな」
「あの?」
ヘンドリック殿下が何を言いたいのかまるで掴めず、首を傾げてしまいました。続きの言葉を待っているのですがなかなか返ってきません。
「私の未来を奪うと言ったのは君だろう? 私は既に奪われたつもりでいたんだが?」
「え…………え?」
「ふりではなく、婚約者だと名乗ってはくれないのか?」
確かに奪うとは言いましたが……その、概念的にと言いますか、心をと言えばいいのか。現実の立場までも好き勝手にするつもりはなかったのです。
「意図的な焦らしプレイなのだとしたら、稀代の悪女だが…………君は天然が過ぎる!」
そう叫んで、またもやテーブルに突っ伏してしまわれました。
「くそ。格好悪い…………」
消え入りそうな声で呟かれたのですが、格好悪いというよりは、物凄く可愛いなと思ってしまいました。





