3:覚悟を決める。
◇◇◇◇◇
ふと目が覚めると、見覚えのない豪奢な部屋のベッドに眠っていました。
鈍い痛みを訴える左脚を見るために掛布をめくると、しっかりと治療され、包帯でぐるぐる巻きにされていました。
ここまで手厚くしていただけるとは思ってもおらず、正直驚いています。
サイドボードに置いてあったベルを鳴らすと、侍女らしきメイドが現れました。
「お目覚めになられましたね。すぐに殿下をお呼びします」
深々と礼をして立ち去ったその侍女は、明らかに私よりも地位のありそうな上級侍女。
何よりも殿下という言葉で、ここが隣国の王城なのだと理解しました。
ヘンドリック殿下が来るまでの間に、部屋に入ってきたメイドたちが簡単に身なりを整えてくれました。
背中にクッションを入れて体を起こし、髪を梳り、軽く化粧までも。
「ありがとう存じます」
「……いえ」
メイドたちは困惑した表情や、不快そうな表情をしていました。つまりは、不本意であるということ。
――――ここは、誰のための部屋なのかしらね?
しばらくして部屋を訪れたのは、見覚えのある燃えるような長い赤髪のヘンドリック殿下。
やはり見間違いや人違いではなかったようです。
肩の少し下まで伸ばした髪を高い位置で括り、さらりとなびかせながら歩いてくるさまは、まるで炎の精霊のような美しさがありました。
「顔色が悪いな。すぐに侍医を呼ぼう」
殿下を呼びに行ってくれた侍女がスッとカーテシーをし、部屋からまた出ていきました。どうやら彼女は殿下付きの侍女だったようです。
殿下がベッドの横にイスを置き、そこに座られました。
「殿下――――」
「礼はいい。私には私の思惑がある」
「え……」
「君の家族の遺体はいま回収しに行かせているが、どうする?」
エメラルドグリーンの瞳を鋭く光らせ、ヘンドリック殿下がこちらをジッと見つめてきます。『どうする?』と聞かれても、意味が分かりません。
希望を言ってもいいのでしょうか?
「助けていただいたうえに、このような厚かましいお願いをして申し訳ないのですが……」
「うん?」
「無縁墓地の片隅で構いません。場所をお貸しいただけるとありがたいです」
「…………いや、意味がわからん。貸すのはいいが、どうする気だ」
なぜキョトンとされてしまったのでしょうか。
「そのままでは腐ちてしまいますので、埋葬をしたいと」
「まて。自力で、と言っているように聞こえるが?」
それはそうでしょう?
ここは他国。両親も妹も私も、この国の民ではない。眠らせる場所を貸していただけるだけでも有り難いのに。
「許可できんな」
ヘンドリック殿下が、ハァと大きなため息をついて、ぽんぽんと私の頭を撫でてきました。言葉とは裏腹な態度。
彼の大きく温かな手は、妙な安心感を覚えてしまいます。
「駄目ですか」
「あぁ、駄目だな。怪我が酷くなる。そもそも、葬儀もしないつもりか?」
「っ…………」
できることなら、したいです。でも、いまはそれを望める立場ではない。地位も何もかもを失った私にあるのは、この身体だけ。
分相応を理解せず、高望みなどしたくないです。
両手を握りしめ、そこに視線を落としていると、ヘンドリック殿下がフッと軽く笑われました。
「ん。理解した」
何も言っていないのに何を理解したのだろうか、と彼の顔を見ると、とても柔らかく微笑んでいました。
「契約をしよう」
「契約?」
「君が望むものを与えよう」
殿下がそう言いながら、にやりと口の端を上げられました。そのかわりにオーフェルヴェーク家の知識や技術をよこせと。そして、悪魔に魂を売れ、とも。
「私が母国を売るとでも?」
「悪役令嬢なのだろう?」
「…………そう、ですね」
私は悪役令嬢なのだとアロイス様に言われましたね。
――――悪役令嬢ですか。
それならば『悪役』という名に相応しい行動をしてみせましょう。
夜会の直後、全員で馬車に乗せられ、恐ろしいほどスムーズに国外追放されました。他の王族の方々や評議会、数少ない親族らも何らかの関わりがあるのでしょう。でなければ、誰かがあの場で諌めるはずです。
「覚悟が決まったようだな」
「…………はい」
このとき、私は復讐の鬼となることを決めました。