29:国力の差。
ザンジルに秘密裏に帰ることができるかもしれない、と言われても……正直なところ拒否感しかありません。
強く握りしめられた手から、僅かに震えを感じました。
今度は私が『大丈夫』だとお伝えする番。ヘンドリック殿下の手に左手を重ねそっと包みます。
「私にとって、ザンジル王族の全員が敵であり、復讐相手です」
どんなに気にかけてもらえていたとしても、あのときあの場で誰も手を差し伸べてはくださらなかった。判断するのはその事実だけで充分です。
「ふむ。分かった、返事は出さないでおこう。ここからは少し真面目な話だが――――」
これから新たに研磨した宝石類を市場に開放していくこと、どんどんとヴァイラント宝石の価値が上がるのは間違いがないこと、ザンジル宝石の価値は下がっていくこと。それらは私にも予想がつきました。
なぜなら、ヴァイラントの宝石は発色や透明度が最高ランクなので、研磨技術が向上すれば価値が上回るのは当たり前なのです。
そして、自国の石を使うので余計な税金が掛からず、ザンジルの暴利に近い金額よりも格段に抑えられる。つまり、他国とザンジルの関係も崩せる。
「ヴァイラントの原石を研磨して貰う契約は、手を切っても問題なさそうだな」
「ええ。年一の契約更新にしていて良かったですね」
ここでようやく気付いたことは、ヴァイラントは何かあった際はいつでも手を切れる状態での契約しかしていなかったということ。ザンジルとは、その程度の相手ということ。
国力はヴァイラントが格段に上なので、同じ技術を持ってしまえば、ザンジルなど交渉相手にも満たない存在なのだそうです。だからこそ、第四王子が何を考えているのか理解できないのだとヘンドリック様が仰いました。
そして、ザンジル国王だけはわが家の問題に関わっていなかったのがわかるのだとか。
「夜会での反応がね。それにあの温和で軋轢を嫌う王が許可を出したとも思えない」
「確かに……」
温和といえば聞こえはいいのですが、優柔不断で争いごとが苦手な、とても気弱な方なのです。次代を担うザンジルの王太子殿下も同じ気質が垣間見えるせいで、貴族たちの間では少し馬鹿にされてしまっています。
第二王子殿下と第四王子のアロイス様は、良くも悪くも好戦的といいますか、野心家ではあります。
「あぁ。第二王子は怪しいな。あの場で酷くニヤついていた」
「まぁ、そうでしょうね」
第三王子殿下は昨年から様々な国を外遊中で、建国祭にも帰国されていませんでしたので、どちらかはわかりませんが…………なんとなく、敵ではないような気がする、という程度です。
「一枚岩ではないのはありがたいな。まぁ、しばらくは国内で牙を研いでおこう。あと半年だ」
契約更新は半年後。
いつもはヴァイラントにザンジルが来るそうなのですが、今回はザンジルに向かうことにしようかと陛下がおっしゃられました。
なにやら、良い計画を思いついたのだとか――――。





