22:悪役令嬢らしく。
ヘンドリック殿下の真っ赤な髪が、サラサラと揺れ動き手に触れました。それは擽ったいようで、気持ちいいようで――――なんて、少しだけ現実逃避。
薬指に落とされた唇がチュッとリップ音を立てて離れて行った瞬間、全身が燃えるように熱くなりました。
『君の生きる希望になれるかは分からない。だが、そうなりたい』
その言葉がじんわりと心に染み込んできます。
「生きて、いいのでしょうか?」
「ん」
エメラルドグリーンの瞳を細めて、ふわりと微笑まれました。
「…………ヘンドリック、殿下」
「ん?」
「っ……あ………………呼んだだけです」
「ふふっ。ん。もっと呼んでくれ」
心から嬉しそうに微笑まれて、心臓がギュッと締め付けられました。それは甘い苦しさで、初めて感じるものなのに、なぜこうも苦しくなるのか理解できていて、とても不思議な感覚です。
「あ、あのっ! ソファに……」
いつまでも床に跪かせていた事に焦りを覚えたのですが、ヘンドリック殿下はなぜか楽しそうにくすくすと笑い出されました。
「君は、悪役令嬢に向かないね」
「っ!」
「だからこそ、君の支えになりたいんだよ?」
ヘンドリック殿下の笑顔が、少し寂しそうなものに変化していきました。
私に話していないことが沢山あるのだそう。何から話していいのか分からない、と言われました。
「為政者として育てられたからね。人を騙す術はたくさん仕込まれているんだ」
「私にも使いましたよね?」
「うん、ごめん」
なんとなく分かっていました。善意だけではないのだと。それでも、助けられましたから、感謝の気持ちしかありません。
ふるふると首を横に振ると、ヘンドリック殿下が立ち上がり、隣に座られました。
「打算もあった。だが、本心から助けたいと思ってもいた。私の中の優先順位は、君が一番なんだよ」
頬に伸びてきたヘンドリック様の左手に、右手を重ねました。節張った男の人の手。大きくて温かい。
スリッと撫でられて、また心臓が締め付けられました。
「殿下」
「ん?」
「復讐をやり遂げます」
「うん」
「ザンジルの未来を潰します」
「ん」
きっと人々に恨まれるでしょう。稀代の悪女だと。我が家の事件に関わった者は、かなり多いはず。それら全てに斬首刑を求めようと決めています。
「私、悪役令嬢なんです」
「うん」
殿下が柔らかく微笑んで、続きを聞こうとしてくださるのが嬉しくて、私も笑顔になれました。
「悪役令嬢らしく、殿下の未来も奪います」
「っ!?」
「奪って、私のものにします」
「くっ…………ふ、ククククッ」
ヘンドリック殿下が俯き肩を震わせ、笑い声を押し殺していました。
なにが面白かったのでしょうか?
「――――っ、ふぅ。ん、その時を楽しみにしているよ」
そう言うと、ヘンドリック殿下が立ち上がり、私を抱き上げました。
「えっ、きゃっ!?」
「今日はいっぱい無理させたからね」
すぐそこだがベッドまで送らせてくれ、と言われました。
そうしてベッドに運ばれ、寝かされ、布団を掛けられました。また子ども扱いされてしまい、自然と眉間に皺が寄ってしまいます。
「怒るな」
「っ!」
「こうしてないと、襲いそうなんだよ」
覆いかぶさるようにして耳元に唇を寄せられ、低い声でそう言われてしまいました。
「明日の朝、また来る」
「ひあっ!?」
耳朶がカリッと噛まれました。
――――既に襲ってません!?





