2:ヘンドリックの想い。
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国王陛下の名代で参加した隣国――ザンジルの建国祭。
最終日の夜会でザンジルの第四王子が、意味のわからない暴挙に出た。
ザンジルの宝石加工技術はどこの国よりも抜きん出ており、その技術を一手に担っているのがオーフェルヴェーク伯爵家。
そこの長女と第四王子は婚約していたらしいが、よく分からない理由で長女を公衆の面前で断罪し、家族もろとも国外追放とした。
来賓の目の前でやることだろうか?
そんな疑問が頭をよぎったか、笑顔を貼り付けてザンジル国王には気にしていないと伝えておいた。
どうやら国王は予想外の事態だったらしい。
他の王子たちやお偉方の半数は知っていたような空気だがな?
第四王子が、オーフェルヴェーク家の者たちを会場から追い出したのち、彼らの事業を信頼のおける侯爵家に引き継ぐとし、侯爵を皆の前で発表していた。そして、その侯爵の隣にいたご令嬢に第四王子が妙な目配せをしている。
――――なるほど。
ザンジルはしばらく国内が荒れるだろう。
経営者が変われば、税率や流通量も変わってくるだろう。これは急ぎで陛下に相談せねばなるまいと、帰国の予定を早め、夜の内に出発した。
異変に気づいたのは、ザンジルを出国して一時間ほど経った頃だった。
険しい道の脇にあった、無惨に崩れた馬車かご。座り込んで天を仰ぐ女性。地に伏している者たち。
――――まさか、彼女か?
通り過ぎ無視するのが得策だろう。
初めは、厄介ごとの匂いに目を逸らそうとしていた。
彼女の姿が見えなくなろうとしたあたりで、思い直して馬車を止めさせ、先程の現場に走って戻った。
そこには、事切れた三人が横たわっていた。
そして、やはりというべきか、見覚えのある黒髪の令嬢がいた。
虚ろな青い瞳で満月を見つめ続けている令嬢。
夜会では非常に凛としていただけに、一瞬人違いかとも思った。
なぜなら、あの夜会の場で第四王子に罵られようとも、目を逸らさずに見つめ返していた。騎士たちに拘束されようともその態度は変わらず堂々としており、どちらかといえば彼女のほうが王族の品格を持っているなと思っていたからだ。
だが、いまそれは鳴りを潜めている。
目の前にいるのは、ただ虚ろな眼をして月を見つめるだけの、今にも消えそうな少女。
――――この子を助けたい。
本能がそう囁く。
なぜかはわからない。だが、こういった感覚には従うのが信条だ。涙は流していなくとも、心で泣いている少女を放置するなど、常識的にありえない。
心の中で様々な理由と言い訳を繰り返し、彼女を抱き上げた。