19:出したくない答え。
部屋に押し入るように入って来たヘンドリック様。
彼に抱き締められたままで、既に数分が経った気がします。
すまないと謝られましたが、何に対してなのか、なぜ抱き締めたままなのかがわかりませんし、何も言ってはくださいません。
ただ、彼の体温であろうぬくもりや、鼻腔をくすぐるスパイシーな甘さに嫌な気持ちは一切感じませんでした。
杖をついた左手とは違い、宙ぶらりんな右手をどうしたらいいのか分からず、悩みに悩み抜いて、ヘンドリック様の背中にそっと回した瞬間、ビクリと震えられてしまいました。
「っ!」
それはまるで、引っ付いた何かを剥がすように。
私の肩をガッチリと掴んで、勢いよく押し退けられてしまいました。
明らかな拒絶の反応に、鼻の奥がズンと重くなります。
何度目でしょうか?
ほんの少し芽吹いては、萎れ。
ほんの少し成長しては、また萎れてしまう。
勘違いしてはだめだと思うのに、簡単に期待してしまう。
「……………………勝手に触れて…………申し訳、ございません……でした」
震える唇から出た声は、あまりにもか弱く、唇と同じくらいに震えてしまっていました。
まるで、泣きそうな声。頼りなく甘えを含んだ声。
悪役令嬢になると決めたのに。
「っ、あ……違う。勝手に触れたのは私だ」
でもそれは、ふらついた私を助けるためだったはずです。それに甘えたのは私。
「ソファに座ろう。脚に障る」
「…………はい。ありがとう存じます」
腰に腕を回され、ソファに誘われました。そして、そのまま隙間なく二人で寄り添って座ったところで、やっと違和感に気付きました。
――――近い。
いつもなら半身空けられるのに。
いつもなら私を先に座らせて、左側に移動されるのに。
今日は右側のまま。
二人の間にある私の右手を、ヘンドリック殿下が持ち上げました。そして薬指の根元をゆるりと撫でています。
薬指にはアロイス様との婚約指輪をはめていたのですが、馬車での事故の際に強く打ち付けて痣になっていました。
今はずいぶんと薄れてはいますが、まだ黄色というか黄緑というかの、微妙な色になっています。
「殿下?」
「愛していた?」
「え……」
「あの王子だ」
「アロイス様です――――っ?」
アロイス様の名前を出した瞬間、手がギュッと握りしめられました。
「っ、すまない」
慌てたように手を離されてしまい、ぽっかりと心に穴が空いたような気持ちになりました。
この人はなぜ、こんなにも触れて来るの?
私はなぜ、触れないでと拒否しないの?
なぜ、こんなにも期待させるの?
なぜ、期待してしまうの?
湧き続ける疑問。
出したくない答え。
それらがぐるぐると頭の中で嵐を起こしていました。





