17:ボタンのかけ違え。
加工場からの帰路、馬車内は少し気まずい雰囲気です。
明日からの予定を許可なしに進めてしまったので、そのせいで機嫌を損ねてしまうだろうとは思っていましたが、思ったよりも斜めなようです。偏頭痛のせいもあるのでしょうか?
「…………ティアーナ」
「はい」
「明日は同行できない。騎士を二人つける。無理はしないように」
――――二人も?
一人、もしくは私のみでも構わないと言うと、ヘンドリック殿下のお顔が険しくなってしまいました。
「護衛は絶対だ。それが嫌なら、外出は許可しない!」
「……承知しました」
思いのほか強めの口調で言われていました。理由は何個かあるのでしょうが、一番大きなものは私が拐われた場合の情報漏洩でしょうか。
ヘンドリック殿下にどんな拷問を受けようと、一切話しませんから安心して下さいと伝えると、何故か更に不機嫌になられてしまいました。
「君は……………………いや、いい」
先日からヘンドリック殿下は、何かを言おうとしては口を噤むことが増えました。
もっとちゃんと話して意思疎通を図りたいのですが、どこまで踏み込んでいいのかわかりません。
隣に座った殿下の膝の上には、固く結ばれた手があります。その甲には血管が浮き出ており、強めの力が入っているように見えました。
近くにいるのに、遠く感じる。
今の私と殿下は、なんともいい難い距離感です。
馬車の乗り降りなどエスコートはしてくださいますが、ともに歩いている最中の会話はなく、視線も合わないまま。
どこかでボタンをかけ違えたような、妙な気持ち悪さがあります。
王城に戻り、部屋で一人で夕食を取りました。
食後はいつも通り、足のリハビリ訓練。そのあと湯浴みして、本を読んだりしつつ眠る。その間のどこかでヘンドリック殿下が部屋にお顔を出される。それがいつもの流れです。
ですがこの日から、ヘンドリック様が部屋に訪れなくなりました。
毎日のように研磨職人のもとへ通いました。
騎士様は馬に乗り馬車と並走されるので、馬車かごの中は私一人のみ。
そう長くない時間なのに、寂しさが募ります。
馬車に乗ること自体は、あの日ヘンドリック殿下に支えていただけてから、わりと平気になりました。ただ、石に乗り上げたりなどしてガタリと揺れると、背筋がゾワリとして手が少し震えてしまいます。
――――大丈夫、大丈夫よ。
自分に言い聞かせながら乗ることにも慣れてきました。
「おはよう、今日もよろしくね」
「「おはようございます」」
「はよぉさん」
三人と挨拶をして、今日も作業開始です。
「今日も殿下は来られないので?」
三人の弛まぬ努力もあり、新たなカット技法で作られた宝石たちは高精度な仕上がりになっていました。
これなら市場に出せるでしょうと、太鼓判を押せるほどに。
「このところ忙しそうなのよ」
――――たぶん。
一切お顔を見ていないので、わかりませんが。
隣の部屋からときおり音や話し声は聞こえるので、お元気にはされているのだとは思います。
「殿下にお声掛けしておくわね」
「よろしくお願いいたします」
さて、どうしましょうか。
とりあえず、お手紙でお伺いしたほうがいいわよね?





