6.謁見
「アスター王子、ヤロウ様、参られました」
「入れ」
アスター、スリフト、ヤロウ、私の四人が謁見の間へ到着すると、中からサンダーソンの声が聞こえ、扉が開いた。
面倒だとは思いながらも、三人の後ろをついて歩き王の前まで進むと、同じように膝をついた。
中には、サンダーソン他、多分大臣とかそんな感じの知らない顔ぶれと、警備兵が数人いた。
「陛下、ただいま帰還しました」
「皆、面を上げよ。アスター、セト奪還ご苦労であった」
アスターの言葉に、ひとつ頷いた国王は、息子の後ろに控える私たちを見た。
「ヤロウ、スリフト、そなたらも大儀であった」
「身にあまるお言葉、光栄に存じます」
国王の労いに代表してヤロウが返事をする。
「それから、キユリ。此度の件、そなたの働きあってこそとサンダーソンから聞き及んでいる。ベトワールのために戦い、兵を救ってくれたこと、心から感謝する」
「恐悦至極に存じます」
「キユリ、顔を上げよ」
貴族でも騎士でもなく、ましてや正式にはベトワールの民でさえない私は、国王と視線を合わせることさえ許されない身のため、下を向いたままでいた。
二度同じことを言われた場合は、従えと前もってスリフトに教わっていたので仕方なく顔を上げる。
目が合った瞬間、私の緊張とは裏腹に、国王はふわりとしたとても柔らかな笑みを浮かべた。
地位にも、名誉にも興味がなく、等しく人を見て接する、ベトワール随一の平和の王。マーガレットが愛した男。
そんな人が七年も心を痛めて戦っているのだ。まだ小さかった頃、王城の広場で演説をしている所を見たことがあるけれど、あの時よりも随分痩せられた気がする。
「キユリ、此度の功労者として何かひとつ褒美を与えよう。何か欲しいものがあれば申してみよ」
褒美は絶対に断らなくちゃいけないと、来る前に再三スリフトから念を押された。
「ご存じかと思いますが、私にはサンダーソン様との契約がございます。私はそのために戦場へ出たまで。褒美については、お断りいたします」
「だがな、私には先の資金提供の件についても、そなたに礼を言わねばならない。何かあるなら、申してみよ」
資金提供。要するに、宝狩りで城に送り付けた金のことだ。
長らく続く戦争で、ベトワールが資金難に陥っていたところに、あの金だ。
とは言え、こういう場でそうですかと何かをねだるのは、きっとルール違反なのだろう。そもそも、私は金品には興味がない。
その時、私の前にいたアスターが、断れ、と小さく首を振っているのが目に入った。
……そうだ。
「では、ひとつ、国王様に聞いていただきたいお願いがございます」
「キユリ、ダメだって……!」
にこりと笑って、断るべきところで要求を口にした私に、場の空気が凍り付く。
隣でスリフトが青ざめているが、知ったことではない。
「聞こう。申してみよ」
「はい。私は、教育すら受けたことのない下賤な身ですので、王族や貴族の方々に対する礼儀を知りません。その点、戦場にて再三アスター王子にもお叱りを受けました。ですがこの先、戦地でそのようなことを学ぶ暇も、頭を使う余裕もございません。私はただ一心に、ベトワールのために剣を振るい、敵を一人でも多く退けたいと、ただそれだけを考えているのです」
問題は根底から解消しなければ意味がない。
アスターが、自分に対する態度云々と文句を言うのならば、それよりももっと位の高い人、つまり、この国で一番権利を持っている人間にそれを許可させれば良いのだ。
「ですので、王子に対して敬語が使えなくても、礼儀作法がなっていなくても、多少の言動には目をつぶっていただきたいのです。敵を前にして、王子への礼節を考えていてはとても戦えません」
国王が許可したとなれば、周りへの示しも何もない。
「ダメ、でしょうか?」
「……はっ! はははっ! そうかそうか!」
私の申し出に、国王は少し驚いた顔をした後、吹き出したように笑い出した。
「もっともな意見だ。許可しよう。キユリ、アスターに対する態度より戦場での活躍に期待しているぞ」
「お心遣い感謝いたします。必ず、国王様のご期待に応えてみせましょう」
「アスターも良いな?」
「お言葉ですが、父上!」
「アスター、しばらくスリフトと共にキユリをお前につける。お前は態度が固すぎるところがある。貴族に囲まれ、側近とばかりいては得られないものを、彼女からよく学びなさい」
「……承知しました」
これで、晴れて私の態度は国王が許可したものとなった。
なぜ、こんな奴にと言いたそうな視線がアスターから送られてきたので「んべっ!」とベロを出してやった。
***
無事に国王への謁見が終わり、謁見の間から退出すると、すかさずアスターが私の方を見てきた。
スリフトは青ざめていた表情が嘘みたいに、ケラケラと笑っている。
「やってくれたな」
「いちいち言動でぶつかるの面倒でしょ?」
「はぁ……。だが、父上に言われた以上、君の態度には目をつぶろう」
「そのうち慣れるよ」
「君が言うな。だが、これからしばらく君と行動を共にする以上、私は君について知る必要がある」
「何? 質問ならどうぞ。スリーサイズ? ……えっとね、上から」
「おい」
「冗談だって」
「サンダーソンとの契約とはなんだ? なぜ君は、女の身でありながら危険な戦場に立つ?」
「あ、それ俺も気になった。さっきサンダーソン様と話した時も契約って言ってただろ?」
「簡単よ。戦場で功績をあげたら、戸籍をもらう。それが契約」
「戸籍?」
私の言葉に、アスターが眉をひそめる。
「私は、スラムの出なの。親の顔は知らないし、物心ついた時にはもうスラムでゴミをあさって暮らしてた。だから、戸籍がない。簡単に言えば、書類上はベトワールの人間ですらないどころか、存在しない人間なのよ」
「たかだか戸籍のために戦うのか? 死ねば終わりだろう」
確かに、厳密に言えば、戸籍がなくても生きてはいける。
でも、教育は受けられないし、まともな病院にも行けない。ちゃんとしたところで働こうにも働けず、死ぬまでゴミをあさり泥水をすすって生きていくことになる。
だから、スラムには死体があふれていた。
そんな実情をこの王子は知らないのだろう。
七年前に戦争が起きる前から、スラムの人間たちは生きるか死ぬか戦いを強いられていた。
「私のためじゃないよ。弟のため。もしも私が戦場で死んでも、弟の戸籍は絶対に用意してもらう約束。そういう契約なの」
「ひと口に功績をあげたらと言うが、今回のものではダメなのか?」
「王子、スラムの人間が戸籍をもらうって普通ならあり得ないんだよ? しかも二人分も。そんなに簡単な話なわけないじゃん」
「なら君は、いつまで戦場に立つつもりだ?」
「……終わるまで」
「は?」
「この戦争が終わるまで、私は戦場に立つ。他にやることもないし。まぁ、何十年って戦争が続いちゃったら、おばあちゃんになってお役御免だろうけど。とりあえず戦地に立てば、民兵と同じ給料と食料は手に入るしね」
「君なら宝狩りで食べていけるだろう?」
「あのさ王子、わかってるとは思うけど、犯罪者だけを狙ってるとは言ってもあれ犯罪だから。善人には手を出さないのが私の流儀だし、戦争が終わればそんなこともできなくなる。この先、ちゃんとした職に就くためにも戸籍は必要なんだよ。弟は私と違って頭が良いから、学校にもちゃんと通わせてあげたいし」
「そうか……」
アスターにも可愛がっている弟がいる。
弟のためだとなれば、契約の内容にも納得がいくだろう。
「では次だ。君の実力を確認しておきたい」
「それなら大歓迎! ちょうど体動かしたかったんだー!」
戦場で大した活躍もなかったので、身体が鈍る前にちょっと運動をしたいと思っていた。
私は、アスターに連れられ城の敷地内にある騎士団の訓練場へと移動した。
「へぇ、結構広いね」
「得意な武器は? 戦場では剣を持っていなかったようだが、剣は扱えるのか?」
「剣でも弓でも使えるよ。でも、長剣は性に合わないから……」
私は何か手に馴染みそうな良い物はないかと、キョロキョロとあたりを見渡す。
すると、訓練場の端にぽっきりとふたつに折れた木剣が転がっていた。
「うん、これでいいや」
「木剣? しかも折れてるではないか」
「違う違う。この長さで二本欲しいの」
「短剣? それでは長剣とはやり合えないだろう?」
「敵はいつどんな武器で攻めてくるかわからない。持っている武器で相手の力量を図るなんて言うのは、ちょっと軽率過ぎない? 長剣より強い武器は山ほどあるし、個の戦力差があれば剣相手に拳でだって戦える」
「それはそうだが……」
「いいから早くやろう! 先に相手してくれるのは、アスターとスリフトどっち?」
半分の長さになっている木剣を振り、軽く手に馴染ませ、目の前に用意されたサークルの中へ立つ。
恐らく、試合はこの中でということだろう。
「いきなり大将ってわけにもいかないし、俺がやるよ」
そう言って、スリフトがサークルの中に入ってきた。
「女の子相手に気乗りしないけど」
「刺客が女だったらどうするつもり? まさかアスターを差し出すの?」
「それはまずいな。考えてなかった」
そんなわけあるか。訓練学校での成績はアスターと互角の優秀者だったと聞いてる。
普段はヘラヘラした優男ではあるが、その気になれば第一王子の護衛として女にだって容赦なく剣を振るうだろう。
「実戦形式にする。なるべくサークル内でと言いたいが外へ出ても失格、終了はない。どちらかが降参、もしくは両者が戦闘不能になれば終わりだ。合図で始めろ。……始め!」
「古参の護衛として新顔のキユリに負けるわけにはいかないからね。遠慮なく行かせてもらうよ」
「望むところ! ……あ」
アスターが試合開始の合図をすると同時に、剣を交えようとスリフトと私が前方へ走り出した時、シュッと衣擦れの音がしたため、私はすぐさま足を止めた。
キンッ……!
それに気づかず剣を振ったスリフトと、剣を交えていたのは、ここにはいるはずのないユウガオだった。