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5.帰還

「まだ怖いかも知れないけど、ちょっと傷見せてね」


 それから、心身ともに傷を負った住民たちを助けるのは容易ではなかった。

 味方だと言っても、男の兵をぞろぞろと近付けるわけにもいかず、ちょっとの物音でも蹂躙の恐怖を思い出し怯える者がいる。

 色々考えた結果、兵士男性諸君には死んだ兵の埋葬などを頼み、女の私一人が、ここで全力稼働状態だ。


「誰かお湯を! ……ねぇ、誰かいないの!?」

「私がやろう」


 被害者用に張ったテントからわざわざ外へ出て、兵を呼ぶが皆忙しいのか誰も聞いていない。

 すると、先ほど聞いたばかりの敵兵の声が聞こえた。


「ハギ! ふふっ、死刑は免除?」

「敵意なしとアスター王子に判断されて、すぐに解放されてしまったよ。死ぬくらいなら、生きている人間のために働いて報いろとな。まさか、ベトワールの第一王子がここへ来ているとわ思わなかった」

「ちゃんと裁いてくれたでしょ? 後悔して死んで行くくらいなら、やることやって死んだ方が良いと、私も思うよ」

「そうか……。ならば、しっかり働かないとな」


 そう言って、ハギはお湯を取りに行ってくれた。

 戦場においては、彼もまた被害者なのだ。


「ねぇ、ハギはどうして民兵になったの?」


 色々とひと段落した後、私はテントを離れ雑事を手伝ってくれたハギの横に腰を下ろした。


「もうずっと前に引退した身なんだがな。長らく続く戦争で、大規模な徴兵があって、こんな老いぼれまで駆り出されている始末だよ」

「逃げれば良かったじゃん」

「ここには……ローベル様の軍には、私の村の連中もたくさんいた。彼らを見捨てて一人逃げるわけにはいかなかった」

「私の村?」

「領主様から小さな村をお預かりしていてね」

「村長だったってこと?」

「まぁな。田舎の小さな農村だが、天候や土を見て農法を替え、不作知らずが自慢の村だった」

「へぇ」

「私も、村の連中も、田畑を耕してる方が余程性に合うんだがな……」


 戦わされている人もたくさんいるのが、戦争の真実だ。

 戦いたくて戦ってる奴や、争いが大好きな人間なんてほとんどいない。


「ハギの村はどんな物作ってたの? 村や、村人たちの名前は?」


 それから、ハギの村の話を色々聞いた。

 私には農作の知識なんて皆無だけれど、彼がどれだけ博識なのかは話を聞いていればすぐにわかることだった。


 ***


 翌朝、朝日が昇ると共に、私はセトにある建物で一番高い場所へ来ていた。

 そこは、見張り台の上で、戦場になった街の外までは見えないけれど、仕方ない。


「死者よ、安らかに眠れ。……マーガレット、みんなを導いてあげて」


 ♩〜♪〜♪~


 その日、どこからともなく聞こえてきた美しく清らかな鎮魂歌は、空から降り注いだ天使の歌だと、兵たちの間では専らの噂になった。

 戦場に生きた全ての者たちへ贈られた神からの贈り物だと。

 そうして、大敗北からセト奪還を果たしたベトワールは、一夜にして絶望を塗り替え大歓喜の朝を迎えた。


 ***


 昼頃には近くの領から応援が来て、援軍も駆け付けたため、私たちは一度王城へ帰還することになった。

 力任せに策略もなく走り回るローベルが戦争であげた功績はイグランにとって大きなものではあったけれど、その暴挙から国内での味方は少ない。彼のために、今からセトをもう一度取りに来ようと言う軍勢は恐らくいない。

 次の戦いに備えて、城でまた作戦会議だ。

 とは言え、川を下る強行突破を見せた往路と違い、復路はちゃんとした道を進むので二日ほどかかるらしい。


「ダメだ……。眠い」


 考えてみれば、丸二日以上寝ていないのだ。馬の手綱を放り出して眠ってしまいたい。馬が歩くたびに首がガクンガクン揺れる。


「おい、しっかりしろ。落馬するぞ」

「無理。……眠い……疲れた……」


 ぐらんぐらんしている私を見かねて、アスターが馬を寄せてくる。


「君は今回ほとんど何もしてないだろう。しっかりしろ」

「何もしてないってあんたねぇ……ん? あれ?」


 確かに言われてみれば、最初にイグラン軍へと入り込んでから、実力を見せるために大立ち回りする予定はテンションぶち上げ兵によってなくなり、セトではヤロウにくっついて弓を引きながらちょっと街を走っただけ。挙句の果てに、大将ローベルを捕まえる予定もアスターに取られてしまった……。


「ちょっと待って! 今回私、何もしてないじゃん!」

「だから、そうだと言っているだろ。あまり大きな声を出すな、うるさい」

「嘘でしょ……! この私が!」


 何のために、宝狩りなんてして、のこのこ現れたサンダーソンの誘いに乗ったと思ってんのよ、私の馬鹿!


「まぁまぁ。被害を出さずに今回の勝利をおさめられたのは、キユリの兵たちへの献身的な行いと、単身イグラン軍へ乗り込んでいく勇気あってこそですよ、アスター様。捕まっていた住民のケアも一晩中キユリがやっていたのです」

「そ、そうよ! ヤロウ、もっと言ってやって」


 思った結果ではなかったにしろ、目的の結果は果たした。


「でも、本当限界。馬車とかないの?」

「急いで城へ戻って、また戦場へ出なければならないのだぞ。馬車で移動する余裕などない」

「ならば、私がキユリを乗せよう。スリフト、馬を頼めるか?」

「いいっすよ。俺こそほとんど活躍してなくて、今回良いとこなしだったんで」


 結局見かねたヤロウが私を前に乗せてくれた。

 ベトワールでの初陣に、気付かないうちに気を張っていたのか、ヤロウの大きな胸板は安定感もありすぐに深い眠りへと落ちてしまった。


「こうしてみると、本当に普通の少女ですね。まだあどけなささえ残っている。サンダーソン様はなぜキユリを戦場に?」

「私も詳しいことは聞いていない。キユリが現れたのは、先の戦線が落とされたすぐ後だったからな。宝狩りの犯人だと聞いたが、実際はあの詐欺師まがいな能力しか私も目にしていないのだ」

「そうでしたか。柔らかで隙のない身のこなし、にわかには信じられませんが、数百を相手にできると言ったのももしかしたら……。演技力と戦力を併せ持つ聖女ですか……」

「馬鹿を言うな。お前より、そして、私よりも若いのだぞ? 女の身でありながら、いくつの死地をくぐり抜けてきたと言うのだ」

「そう、ですね……」

「まぁ良い。その実力は、王城に戻ってから確かめるとしよう」


 そんな会話をアスターとヤロウがしていたことは、知る由もなかった。


 ***


「で? なんで私まで?」

「しょうがないだろ、キユリあっての作戦だったんだから」

「褒められるだけでしょ? お宝が貰えるわけでもないなら、私はパス!」


 王城へ帰還するとすぐに、国王カクタスから呼び出しがかかった。

 今回の功労者に謁見するというものだ。

 要するに、大儀であった的なお褒めの言葉を頂戴する場だ。私には何の関係もない。

 だいたい、戦争に大義もクソもあるか。


「ダメだよ! 俺の方が活躍なんてほとんどしてないのに、アスターにくっついて行かなきゃならないんだ。キユリがいなきゃ、俺はどんな顔して国王様の前に立てばいいんだよ。頼むよ!」

「お疲れ様、どうも、なんて無駄なやりとりで浪費する時間、私にはないの!」

「国王様からのお言葉なんてありがたいだろ?」

「全然、全く、これっぽっちも」

「その辺にしておきなさい、二人とも。廊下の向こうまで聞こえていますよ」


 どうしても私を連れていきたいスリフトと、どうしても行きたくない私で、城の廊下で揉めていると、サンダーソンが現れた。

 

「キユリ、国王様直々のご命令ですよ」

「嫌だよ。堅苦しいの嫌いだし」

「カクタス様はとても寛容な方でいらっしゃいます。無作法くらい許して下さいますよ」

「そういう問題じゃない」


 こっちにはこっちの事情があるのだ。


「どうしたら謁見する気になるのです?」

「……私、今回何もしてないし」

「おや、そんなことで拗ねているのですか?」

「拗ねてない!」

「あなたの実力は私の承知しているところ。人の心を操る演技力、隙のない身のこなし、これから活躍していただく場は十分にあります」

「わかってるよ、そんなこと」

「それに、あなたが王に謁見しないと、契約の報酬があなたへお支払いできません。私のポケットマネーではないのですよ」


 王の右腕であるサンダーソンであれば、それくらい王を通さずとも簡単だろう。足元見やがって。


「もー! わかったよ!」

「わかればいいのです。あまりスリフトを困らせるのではありませんよ。それと、アスター王子のことも」


 そう言って私を説き伏せることに成功したサンダーソンはニコニコと去って行った。


「さすがサンダーソン様だ……」

「……」

「ほらムスッとしない。キユリがいてくれれば俺も助かる」

「はぁ……」


 了承した以上、しかたがないと大きなため息をつくと、カツカツとアスターの足音が近づいて来るのが聞こえた。


「スリフト、謁見の間へ移動する」

「了解」

「君は何を怒っているのだ……?」

「別に」

「そんな態度で国王に謁見するつもりか?」

「うるさいなー」

「……常々思っていたが、君のその態度どうにかならないのか? ここは王城だ。分をわきまえない態度を取られては、他の者に示しがつかない」

「私になめられた態度取られたくらいで示しがつかなくなるような王子の立場の方が問題でしょ」

「そういうことを言っているのではない」

「いちいち小っさい男ね! なら、私を力ずくで従わせてみたら?」

「ほら、二人とも喧嘩しない。国王様が待ってる」


 火花散る状況にスリフトが見かねて止めに入り、私たちは謁見の間へ移動した。

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