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45.派遣された賢者

 自分がここにいることなど何ら変なことではないと言っているのか、いつもと変わらない様子で手を振る弟たちに私は駆け寄った。


「二人とも何してるの? って言うか、なんでここに?」

「僕は農地の視察」

「俺、セージの護衛」

「視察と護衛って……。王城の守りはどうするのよ!」

「サンダーソンと王様には許可もらったよ。ほら」


 そう言ってセージが差し出したのは、サンダーソン直筆の派遣証明書。ご丁寧に国王のサインまである……。

 証明書に目を通すと、この少年は国王直属の命令で派遣された賢者とその護衛なので言うことを聞くようにとだけ書いてあった。


「これ、本当に農地の視察のため?」

「そっちはついでだろうね。時間あったらやっとけって感じだった」

「じゃぁ、本当の目的は?」

「……トゥルーレを守れ」

「は?」

「よくわかんないけど、戦場に出してやるから軍師としてトゥルーレを守って来いって言われた」

「サンダーソンがそう言ったの?」

「うん」

「あいつ……何考えてんの?」


 人の弟を勝手に戦場に出すなんて……!

 城を出る時に計画していたなら言ってくれれば良かったのに。私は、サンダーソンの発言に眉を寄せた。


「王様の許可も取ってるあたり、それくらい切羽詰まってるんでしょ? なんせ相手は二万を超える軍勢なんだから」

「二万を超えるって……何でそれ知ってるの?」

「恐ろしいよね、教会の暗部ってやつは」

「まさか……!」


 暗部と言うことはモクレンが知らせてくれたのだろう。

 品種改良したライ麦の普及を頼みはしたが、まさか戦況を左右させるような情報まで城に寄こすなんて……。


「まぁ、教会の人間なら聖女に肩入れすることもあるんじゃない? ユウガオが王城を離れられたのも、暗部が国王様を守るって約束してくれたからだし」

「は……? なんで暗部が?」

「さぁね。モクレン枢機卿にも何か思うところがあるんじゃない?」

「思うところって……」


 情報だけならまだしも、なぜ教会の連中が国王を守ろうと動いたのだろう……。

 イグランに勝たれては困るから? それとももっと別の理由?

 今考えるには情報が足りない。


「キユリ、少し良いか?」

「ヤロウ。あなたがセージたちを連れて来てくれたの?」


 セージと話をしていると、ヤロウがツヅミと共に現れた。


「トゥルーレに見慣れない少年二人が現れたと思ったら、今すぐ聖女の元へ案内しろと言って騒いでな……」

「セージ、あんたね……」

「騒いでないよ。国王様直々の命令だからさっさと従えって言っただけだよ」

「普通の人は、はいそうですか、とはならないのよ」

「話しぶりと証明書で、概ね嘘ではないのだろうと思ったがな。彼はキユリによく似ているし、ユウガオと言ったか、そっちの青年も隙のない佇まいがキユリと似ている」


 セージの似ているは、きっと見た目の話ではなく中身の話なのだろうが、血の繋がらない弟たちが自分に似ていると言われるのはどこか嬉しい。


「だとしても、トゥルーレからヤロウが出て来ちゃって大丈夫なの?」

「問題ない。領主や領民と話をした結果、トゥルーレの領民が反旗を翻す可能性は消えた。それに、大賢者殿がこの辺りの一帯の地理に一番詳しい人間をご所望だったのでな」


 自分以上に詳しい人間などいないと、ヤロウは胸を張った。


「僕の話を聞いてすぐに歩兵を千人出してくれた点は称賛に値するけど、地理に詳しいくらいで偉そうにしないでよね。知識は生かさなきゃ意味がないんだから」

「……」


 なんとかこの窮地に駆けつけようと頑張ってくれたであろうヤロウに対する辛辣な言葉に、ヤロウは肩を落としてしまった。


「ヤロウ、セージを連れて来てくれてありがとう。それと歩兵も。今は少しでも数がいてくれたら助かる」


 休息が必要な遠征軍本体の部隊は、未だ動かせるわけもなく、最大限動ける者をかき集めてくれたのだろう。


「さて、僕がここに来たからには、この戦場での指揮権は全て僕に譲ってもらうよ。元大元帥だろうが、王子様だろうが、反論は認めなないから」

「お前、軍師の真似事はもうしないと言っていたじゃないか」


 そう言えば、そうだ。私と言う駒を何千、何万の兵の命と天秤にかけなければならないからもうしないとツヅミが話していた。


「ツヅミ。僕は()()()はしないと言ったんだよ。本物の戦場に出られるなら、それはもう真似事じゃない。本物の軍師だ」

「だが……良いのか?」

「あの頃の僕は未熟だった。ねーちゃんと言う最大のカードしか手札になかったからね。いつも一つの天秤で戦うしかなかった。でも、今は違う。ありとあらゆる世界の戦いや兵法が僕の頭の中にはある。先人たちのあらゆる戦術が僕の手札として味方する」


 セージは、ツヅミを見上げニヤリと笑った。


「今の僕ならスパルシアの戦いだってひっくり返せるさ」


 人を小馬鹿にしたようなセージの笑みは、一見強がりのようにも見えるけれど、長い間共に旅をしてきた私たちには何よりの希望に映る。

 あの子ができると言ったら、本当にできてしまうんだ。


「大賢者殿。話を聞かせていただきたい」


 だから、ツヅミもセージの言うことに従う。

 この場で誰よりも年若い少年に、膝を折り頭を下げる元大元帥の姿を見て、誰もが驚いたことだろう。

 あんな者の言うことを聞くのかと、猜疑心を持つ人間もきっと出て来る。

 でも、その実力を認めざるを得ない時が必ず来る。誰もが、あの子を本物の賢者なのだと知る時が――。




 地図を広げ、作戦会議は夜通し行われた。

 敵の動きがわからない以上、考え付く限りのパターンで作戦を考え頭に叩き込む。

 私は、できることならセージを戦場へ出したくない。だから、できる限り後方の安全な場所で作戦通りことが進むのを見守っていて欲しい。

 そのためには、敵に意表を突かれてはいけない。全ては、速やかに作戦通りでなければならない。


「序盤はツヅミなしで行くのね」

「相手にガランサスがいる以上、ツヅミの存在は隠す」

「隠すの? それで二万の軍勢が止まる?」

「第一王子の首で止まらないなら、元が付く大元帥如きの首じゃ止まらないでしょ」

「素直に俺のことを切り札にすると言えんのか、お前は」

「残念だけど、今回の籠城戦でツヅミは切り札にはならないよ。僕はもっと先を見てる」


 もっと先……。この籠城が上手くいかなかった時の第二、第三段階。

 

「ツヅミはもう手の内を相手に知られ過ぎてる。だけど、僕たちの中でガランサスの馬鹿力に対抗できるのはツヅミだけだ。そうなると、作戦は奇襲が最善になる。時間をかけて、敵にツヅミはいないと信じ込ませなくちゃいけない」

「ツヅミと言う大きな駒が使えないのは痛いわね……」

「僕の見立てじゃ、ヤロウも結構強い。完全とはいかなくても、綻びはできないよ」


 セージの作戦を聞きつつ、時折ツヅミや私が口を出すだけで、アスターやヤロウたちはセージの話を黙って聞いていた。

 



 翌朝、偵察から戻って来たユウガオが、イグラン軍がすぐそこまで迫ってきていることを知らせた。

 臨戦態勢に入った私たちは、イグラン軍を迎え撃つため配置についた。

 ユウガオの情報に寄れば、イグラン軍を率いているのは案の定ガランサスで、手癖の悪いあいつをここから先に行かせれば、確実に平野部へ侵入し略奪の限りを尽くすことは目に見えた。

 そして、そこから向かう先は、ベトワールが本軍を置くトゥルーレだろうことも。

 

「さて、アスターの首でどれだけ止まるかしらね」

「君の首も入っているだろうが」


 そんな減らず口を叩きながら私たちは敵の動向を見守っていた。

 オトギリご所望の舞姫と、第一王子の首があればかなりの数が止まるだろうと。だが――。


「うそ、でしょ……!」


 ガランサスは、オトギリを筆頭とした五千の兵をカロンに残すと、二万の兵を引き連れあっさりと過ぎ去って行ったのだ。

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