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44.援軍

 顔を貸せと言って歩き出したアスターが来たのは、カロンを出た少し先にある丘の上だった。

 辺り一帯を一望できるほどの高さはないけれど、大きなベトワールの生産拠点を地平線まで望める穏やかな場所。


「ここにある農地で、どれだけの民が冬を越せると思う?」

「そんなのわかんないわよ。でも、結構な数なのは知ってる」

「腹に入る分で言えば、ベトワールの四分の一以上だ。商会に卸して金になる分も含めれば、その価値は計り知れない」


 国内随一の肥沃な大地は、大勢の命を守っている。

 アスターがここを死守しろと言っている意味は十分にわかる。

 けれど、だからと言ってアスターが危険を冒してまで残る意味はわからない。そんな天秤は、王族の命を前に存在できない。


「私が残るのはそんなに不服か?」

「あたりまえでしょ。王族の命は何よりも優先される。あんたが死んだら、ベトワールはもう立ち直れない」

「……王族の命は、か」


 私の言葉を呟くように繰り返したアスターは、その瞳に母なる大地を映し彼方を見つめた。


「王族は国の象徴だが、国ではない。国とは、民そのものを言うのだ」

「何、急に?」

「言葉のままだ。王族が死んだところで国はなくならない。だが、民が死ねば国はいずれ立ち行かなくなり滅びる。民さえ生きていれば、彼らが国を未来へと繋いでくれる」

「……だから自分は危険な戦場に身を置いても問題ないって言うの?」

「そうじゃない。だが、王族の命優先と言うのは違うと言う話だ。それに、私は私自身でこの国を守りたいのだ」


 そう言って、アスターは胸元から宝石の光るペンダントを取り出した。

 インペリアルトパーズの光るペンダントは王族だけが所持する品のひとつ。きっと、国王かマーガレットから貰ったものなのだろう。


「まだ幼いころ、父や母に同行して国内の様々な場所を訪れた。自然に恵まれたベトワールは、花の国の名にふさわしいほど笑顔が溢れ、人々は活気づき、長い歴史や文化を今も紡いでいる」


 少数民族から始まったと言われるこの国は、勤勉さや真面目さを糧に自国を反映させ、諸外国の中では国として一番長い歴史を持つ。


「私は、この国の全てを誇りに思っている。だから、第一王子として母のために立ち上がった民たちをこの手で守ると誓った」


 十六歳で戦場へ出た王子様の覚悟がどれほどのものかは想像に難くない。

 イグランのように年がら年中戦争をしている国の王子ならまだしも、ベトワールは仮初でもずっと平和を保っていた。

 人の死が身近にあるような国ではなかったのだ。

 そんな彼を、戦場に出させてしまったのは私だ……。


「キユリ。私と君の利害は十分に一致している。この国を守るために、使えるものは使え。戦争を終わらせるためなら、私の首くらいいくらでもくれてやる」

「……」


 あぁ、そうか。

 ツヅミもスリフトも知っているんだ。

 この男の、この真っ直ぐな瞳の奥に秘められた青い炎を。

 スリフトは頑固だと言っていたけれど、本当に、てこでも動かないのだろう。マーガレットもそうだった……。


「……んもうっ! わかった! 勝手にすれば!」

「悪いな」

「その代わり、足手まといだけは勘弁してよね!」

「わかっている。私のことは気にせず、君は戦場で好きに舞え」

「あんた、意外とわがままよね」

「君だけには言われたくないな」


 どうにも苦手なんだ。

 マーガレットと同じあの目で見られると、私はノーとは言えなくなってしまう。


「本当に、仕方ないんだから……」


 ――マーガレットは弱っちーからさ。しょうがないから、私が一緒に守ってあげるよ。


 不意に思い出した約束に、私は笑みをこぼしそう呟いていた。


「何か言ったか?」

「しょうがないから私が守ってあげるわよ、この国を!」

「また随分上から目線だな」

「当たり前でしょ。だってアスター、弱っちーだもん」

「よわ……? 私はこれでも鍛錬を重ね、騎士たちにも引けを取らない程度の実力はある」

「はいはい」

「はいはいとはなんだ」


 必ず守るよ。この国も、アスターのことも。

 全ては、私の守るべき宝物だから――。




 それから、私たちは急ピッチで迫りくるイグラン軍に備えた。

 だが、人員も物資もほとんどその場しのぎの間に合わせに、私は不安を拭えないでいた。


「ねぇ、ツヅミ。この戦い、勝算あるの?」


 防衛の準備をする中、私は兵たちに指示を出すツヅミと共にいた。

 二万五千を相手に、たった四百。トゥルーレや周辺の領地に援軍を要請したが、今から間に合う援軍などいないだろう。

 私ではどれだけ考えても、この戦いの勝ち筋が見えない。

 もしもこの場所にセージがいてくれたら……。


「……お前、殿下の前でその顔するなよ。強くて勝気な聖女のイメージが台無しだ」

「だって……」


 アスターには大きなことを言ったものの、私は不確定要素の多い戦いは苦手だ。下手をすれば、ぼろぼろと命がこぼれ落ちていくことになる。


「四百相手に二万五千だよ?」

「わくわくするだろ?」

「……脳筋おやじ」

「お前、言うに事欠いて……」


 私の返答に大きなため息をついたツヅミはガシガシと自らの頭を掻いた。


「正直言って勝機があるかどうかはわからん。殿下を含め俺たち三人の首で万の軍勢が止まるかもわからん。だが、ここで止められなければベトワールが死ぬ」

「一つも失敗できないってことじゃん」

「綱渡りは得意だろ? 俺たちは、七年前からずっとそうやって来た」

「そうだね。まさか自分が伝説の戦いもどきをすることになるとは思わなかったけど」

「さながら、スパルシアの戦いだもんな」


 スパルシアの戦い。それは、今から遥か昔、歴史上もっとも強いとされた戦闘民族がたった三百の兵で、当時侵略戦争を仕掛けていた大国軍十五万超がぶつかったと言う伝説の戦い。

 惜しくも、三百で挑んだ戦闘民族はその戦いで滅びることとなったけれど、大国軍もこの戦いで数万もの兵を失うこととなったのだ。


「だが、幸い相手は二万五千だ。十五万もいない」

「こっちも最強戦闘民族じゃないんだけど」

「要するに、条件は同じだな」


 この、戦況を見極める天才は、どんなに危うい時でもこうしてのらくらと楽観的なことを言う。

 だが、そんな彼の言葉に私は戦場で何度も救われてきた。


「でも、それって私たちが滅びるってことじゃん」

「お前は強いのに本当に後ろ向きだな」

「……まだやれることはあるって言うの?」

「当たり前だ。命を散らすことになろうとも、最期の瞬間まで諦めずにいれば、必ずまだやれることはある」


 一国の軍隊を率いてきた男は、自らの最期の瞬間を幾度となく想像し、またそれに近い状況にもなったことがあると言う。

 そこから導き出したのがこの、諦めるな、まだやれることはあると言うものらしい。

 実際、戦場で考えることを放棄すれば死ぬ。

 私もイグランが攻めて来るまでにもっと考えなければ……。

 最悪、一人街を出て万の軍勢を相手にすることも視野に――。


「お前、一人で戦おうとか考えるなよ」

「……考えてないし」

「嘘つけ。今、万ぐらいなら私一人でなんとかできるとか思っただろ」

「そ、そこまで思ってないし!」

「ってことはやっぱ考えてたな」

「……うっさい!」


 長年一緒にいるせいか、時々ツヅミには考えが読まれる。詐欺師だなんだと言われることもあるけれど、私もまだまだだ。


「キユリ、殿下の危機になるその時までお前の力は温存しとけ。戦場は団体戦だ」

「単独行動は禁止、でしょ?」

「わかってるなら良い。それより、この後殿下と作戦会議を――」

「ツヅミ様! トゥルーレからの援軍が到着しました!」

「……援軍?」


 援軍の知らせを告げる兵の言葉に、ツヅミは首を傾げ私と目を合わせた。

 援軍要請は出したとは聞いたけれど、間に合わないだろうと半ば期待していなかった。

 私たちはすぐに到着した援軍の元へ向かった。


「セージ、ユウガオ!?」

「あ、ねーちゃん」


 そして、私はそこで思ってもみなかった弟たちの登場に目を剥いた。

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