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43.騎行


「海岸線沿いに北上する敵主力部隊を発見。その数不明ですが、敵将ガランサスの姿を確認」


 ベトワールの最北端に面する海岸線沿いには港や農地が多数存在する。

 こっちがトゥルーレに拠点を作る前に全て終わらせてやるとでも思っているのだろう。


「あいつら、根絶やしになるまでやるつもりね……!」


 そんな状況を東の地でもたくさん見て来た。

 とにかく徹底的なイグランの生産拠点への攻撃や街での略奪は、敵国へ大きな経済ダメージを与える。

 場合によっては、それが大きな圧力となりイグランへ寝返る領主さえ出て来る。


「ツヅミ、今すぐ迎撃に行こう」

「無理だ。既にここまでの道のりで、兵たちにはかなりの無茶を強いている。ここから海岸まで隊を進めるより、トゥルーレで各方面からさらに部隊を集結させて籠城するのが得策だ」


 ツヅミが言っていることはもっともだ。

 だが、それでは悲劇の繰り返しなる……。


「部隊の数は数百で良い。相手の数がわからないって言ったって、数千程度でしょ」

「ダメだ。推測で動くのは危険だ」

「私たちはそうやっていくつも命を落として来たじゃない! お願いツヅミ。騎兵数百だけで良い。相手の数を見て、無理なら逃げるから」

「……だが」


 東の地で同じ死体の山を見たはずのツヅミだが、私の意見には反対の様だった。

 そして、私から視線を外しアスターの方をちらりと見た。


「ツヅミ、隊を用意しろ」

「ですが、殿下!」

「生産拠点を取られれば、民の命が危ぶまれる。それは私も見逃せない。それに、元ベトワールの貴族が古巣で悪さを働いていることも看過できない。母に変わり、私がもう一度この国から退場願う」

「まさか、殿下も行かれるおつもりですか!」

「当たり前だ。そこの聖女は仮にも私の護衛だからな。万が一の時は、私が手綱を握る」


 アスターから出た思わぬ援護の最後のセリフが引っかからなくもないが、私はこれで行けるとツヅミに視線を向けた。

 するとツヅミも殿下の意向ならと、ため息交じりに了承した。

 ヤロウに遠征軍本体を任せトゥルーレの街へと入らせると、まだ動けそうな騎兵と雑兵合わせて四百弱で私たちはベトワールに入り込んだイグラン軍の討伐へと急いで向かった。

 トゥルーレの方も心配はあったが、遠征軍本体が街に入れば反乱分子を探すこともできるし、その存在が反旗を翻すことへの抑止力となる。


「閣下、ここから沿岸へ真っ直ぐ向かうとカロンと言う小さな砦があります。そこから海岸沿いに南下されると生産拠点のある平野部へ入られることになりますから、一度カロンへ向かい偵察を向かわせるのが良いでしょう」

「承知した」


 出発の際にもらった、このあたりのことに詳しいヤロウの助言により、私たちは思ったよりもスムーズにイグラン軍へと近づくことができた。

 だが、私たちを待ち受けていた現実は、そう甘いものではなかった――……。




 カロンへ着いてすぐ、私は敵の偵察へと出向いた。

 カロンに駐屯している兵たちの話では、沿岸沿いに北上した場所にあるカーサの街のさらに上方でイグラン軍を見たと言う話だった。

 だが、正確な人数までは把握できなかったと言う。


「小さな砦の駐屯兵じゃ、さすがに敵兵見つけてさらに追いかけてはできないか……。カーサからも情報が来ないって話だったし」


 警備を強化するほかなかったと言った兵の話を思い出しながら、私は独り言をつぶやいた。

 それにしても、地域間での情報のやりとりがうまくいっていない。

 いくら敵国兵が入り込んでいるとは言っても、隣町の情報すら入ってこないなんて。


「嫌な予感しかしないのよね……」


 長いこと戦場に身を置く私の何かが、そう告げていた。

 カーサ周辺へとたどり着き、街の様子はどうなっているのかと単眼鏡を覗き込んだ私の目に、あまりにも衝撃的な光景が移り込んだ。


「何……これ……」


 そこに見えたのは大量のイグラン軍の軍旗と、優に二万を超えるであろうイグラン兵の軍勢。

 情報が届かないはずだ。

 街は既にイグランに蹂躙され、出入りの使者は逃げることもできず奴らに命を奪われた。


「ガンランス……ッ!」


 相手に先手を打たれたベトワールが置かれている実情に、私は奥歯を噛んだ。

 

 ……どうやって守る? 私に守り切れる?

 

 守り切れずに、少しずつ欠けていく宝物の姿に、私は痛みと不安をこらえ目をつぶった。


「……諦めるな。まだやれることはある」

 

 戦場で何度も唱えた言葉を、私は無意識に呟いていた――。



 

 それから、私は急いでカロンへと戻った。


「ツヅミ!」

「キユリ、どうだった?」

「まずいことになった」


 カロンへ戻ると、ツヅミが外門で私を待っていた。

 そして私の顔色を見て、ツヅミは何かを察したように街の中へ足を進め、アスターとスリフトと合流した。


「二万五千だと!?」


 作戦本部として借りた建物の中で、私は偵察で見た光景をありのまま伝えた。


「私だって目を疑ったわ。多分、ガランサスの後ろでミヤマクロが手を引いてるんだと思う」

「想像以上に入り込まれているな……。お前の顔色を見てただ事ではないと察しは付いたが……」


 私の報告に、その場にいる全員が顔を曇らせた。


「迎撃に向かおうって言った私が言うのもなんだけど……トゥルーレに戻ろう。分が悪すぎる」


 戻ったところで、平野部に進まれ生産拠点を焼き尽くされた挙句、二万を超える相手に勝てるかもわからない……。


「ダメだ。カロンで籠城する」

「アスター? あんた何言ってんの?」

「敵がそれほどいるとなれば、ここから先へ進まれるのはまずい。ベトワールの民が大勢死ぬことになる」

「そうだけど……。四百程度じゃあいつら見向きもしないわよ」


 籠城して足止めするにしても、こっちの戦力がバレていればスルーされる可能性が高い。


「そうか? オトギリご指名の舞姫の首と、元ベトワール大元帥の首、極めつけはベトワール第一王子の首。どこに不足がある?」

「……アスター、あんたまさか残るつもり?」


 第一王子から出た言葉に、私は耳を疑った。


「ここに籠城すると言い出した私が残らなくてどうする」

「馬鹿言わないで! 私たちは万の軍勢相手に、たった四百しかいないんだよ!?」

「守りがいがあるな」

「……」


 ふっと鼻を鳴らすアスターに、私はツヅミとスリフトへ視線を向けた。

 だが本来アスターを守る立場のはずの元元帥と第一王子の護衛は肩をすくめ笑った。


「殿下、申し訳ありませんがその首お借りいたします」

「好きに使え。生産拠点を守れと言ったのは私だ。この首ひとつで万の軍勢が止まるなら、いくらでも貸してやる」

「ちょっと、ツヅミ!」

「本当に頼もしくなられましたね」

「お前がいた頃は、母に泣かれるのが面倒で無茶をしなかっただけだ」

「スリフト! あんた護衛でしょ! 何とか言いなさいよ!」

「無駄だよ、キユリ。アスターは言い出したら聞かない。マーガレット様なんかよりよっぽど頑固で、何度手を焼かされていることか」


 そう言ってスリフトは諦めろと私の肩を叩いた。


「ツヅミ! アスターを、第一王子の首を餌にするなんて承服できなるわけない!」

「本人が了承していらっしゃる」

「でも!」

「悪いが、俺に決定権などない」

「あるでしょ! 状況分かってる!?」

「そんなに言うならお前が殿下を説得しろ」


 ひらひらと手を振って私をいなすと、ツヅミは外へと出て行ってしまった。

 私は、頼りにならない元大元帥の背中を睨み、そのままアスターへと顔を向ける。


「あんた、王子のくせに自分の命の重さもわかってないの?」

「君は何もわかっていないな」

「は?」


 私を一瞥しわずかに口角を上げたアスターは、私の横を通り過ぎ前に出た。


「全軍、すぐに守備を固めろ! ここで籠城する! カロンを落とされれば、我が国は敵に蹂躙されると心得よ!」


 第一王子の一声で、兵たちは一斉に動き出した。

 そして――。


「キユリ、少し顔を貸せ」


 そう言うと、砦の外へと続く門へ向かって歩き出した。

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