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42.ヤロウの機転

「ツヅミ! 朗報よ!」


 ヤロウと共に馬を走らせツヅミの元へ戻ると、ツヅミはアスターと地図を眺めていた。

 馬を降りてツヅミの元へ駆け寄ると、ツヅミはすぐに私の後ろにいるヤロウへと視線を移した。


「キユリ、戻ったか。どうだったと聞きたいところだが、その顔見覚えがあるな」

「お久しぶりにございます、ツヅミ様。ヤロウにございます。十年前、西の果てにある我が故郷の港を海賊の手から守っていただきました」

「おぉ、あの時の! 騎士になったのか!」

「はい。あの後すぐに」


 話を聞くと、その昔港町の田舎貴族だったヤロウは、海賊に襲われた町を助けに来たツヅミに憧れ、家業を兄弟たちへ押し付け騎士になったと言う。

 だが、頑張って出世した頃には憧れのツヅミは大元帥の職を降りて行方不明となり、国政は悲しくも動乱の時代に入ってしまったのだそうだ。


「それで、集落はどうだった?」

「人っ子一人いなかったわよ。でも、全ての人間の向かった先を知っている男と会ったから連れてきた」

「ヤロウが?」

「はい。私からご説明致します」


 セト奪還が終わってからも、ヤロウはセト周辺の防衛任務に就いていた。

 ヤロウは戦争が始まってからずっと北側の地域で防衛任務にあたっていて、住民たちとも交流が深い。

 そんな折、生産拠点の住民が時折畑の近くで見慣れない人間がいることがあるとヤロウに相談して来た。

 ヤロウはすぐに偵察隊を各地域に派遣し、敵軍の入り込みを警戒した。


「敵本隊を見つけることはできなかったのですが、トゥルーレ近くで敵将ガランサスを見たと隊員から報告があり、次に狙われるとすれば周辺にあるこの街だろうと」


 トゥルーレからほど近いこの生産拠点である街が狙われる前に、ヤロウは万が一を考え住人を近くの山々に避難させた。

 セト奪還の英雄たるヤロウの話ならと、住人たちはすぐに非難をはじめてくれたらしいのだが……。


「敵の襲撃が思ったよりも早く、十分な隊を派遣することができず、防衛は諦めましたが……」


 それから、近くの集落も狙われる可能性を考え、すぐに非難するよう呼び掛けに向かったらしい。


「生産拠点を手放す判断を下したのは、全て私の一任です。どのような処罰も受け入れるつもりです」


 全ての事情を話し終わったあと、ヤロウはアスターとツヅミに頭を下げた。

 西の果てにあるベトワールは今、イグランによってそのほとんどの貿易ルートを失っている。そんな自国が、ひとつの生産拠点を失うことがどんな未来を招くかは想像に難くない。

 だが、防衛ラインに隊を集めるだけで精いっぱいのベトワールに、そこまで守れる余裕がないのも事実。

 ちょこちょこと敵を入り込ませてしまっているのもそのせいで、その上で街を守れと言うのには無理がある。


「顔を上げろ、ヤロウ」


 頭を下げるヤロウと見守っていると、アスターが前に出て声をかけた。


「国の民をよく守ってくれた。お前の機転があったからこそ、民の命は救われた。礼を言う」

「ですが、殿下……」

「ヤロウ、殿下はお前に責任はないとおっしゃっているんだ。素直に受け入れろ。それに、生産のことならば既に手を打って陛下やサンダーソンが動き出してくれている。心配するな」


 ツヅミがヤロウの肩を叩くと、ヤロウはほっとしたように息を吐き、もう一度頭を深々と下げた。


「一人でも敵を、なんてお前が無謀に突っ込んでいく将に育っていなくて俺は安心した」

「この国では命を粗末にすることは許されませんから」

「それもそうだな」


 マーガレットから引き継がれている遺志は、ここにもある。

 命を大事に。それは、カクタス王やアスターたち息子たちも常々口にしていることだと言う。

 国は人だと、口うるさい王家のおかげで騎士たちはその命を無駄に散らさないよう動けるのだ。


「ヤロウ、お前の隊は今どこにいる? 住民の護衛か?」

「はい、殿下。一部の隊は住民の護衛に、他はトゥルーレ近くで隠れているよう伝えてあります。近くでガランサスも目撃されていますから、内通してイグランに寝返る可能性も含め念のため」


 元々イグラン領だったトゥルーレがベトワール領になったのは、今から二十年程前だったと聞いた。

 詳しい理由はわからないが、国王ナルシサスに反抗し領主が破門になったとか、ベトワールが丸め込んだとか、様々な噂があるが真相は知らない。

 多くの噂が絶えないことから推察するに、真実を知るものはごく一部なのだろう。確か、破門のタイミングでイグランの領主は亡くなって、今はベトワールが派遣した領主に変わってしまっていると聞いた気がする。


「トゥルーレに寝返られでもしたら、我々はまたひとつ生産拠点を失う。それは避けたいな……。ツヅミ、すぐに軍をトゥルーレに向かわせる」

「承知いたしました、殿下」


 そうして私たちは、再びトゥルーレへと足早に隊を進めた。


「ねぇ、ヤロウ。さっき、隊をトゥルーレ近くに隠しているって言ってたけど、どうして隊を街に入れなかったの?」

「トゥルーレは元々イグラン領。万が一寝返っていた場合、トゥルーレの兵たちが牙をむく場合があるだろう。私がいない中街に入らせ反旗を翻されては無駄に兵を失うだけだからな」

「トゥルーレの領主ってそんなに信用に値しないの? 当時の領主とはもう変わってるって聞いたけど」

「いや、現領主であるハクダリア殿はベトワールが派遣した貴族で寝返る可能性は低い。穏やかかつお優しい方で、イグランからベトワールの属領となった当時も、困惑する住人たちの話に耳を傾け、反乱の芽に気を配っていた」

「じゃぁなんで?」

「ヤロウは、住民の反旗を恐れているのだろう。違うか?」

「閣下の言う通りです。二十年前、領主が殺された件を未だにベトワールの思惑だったと思っている者がおります」

「殺された……?」


 初めて知る二十年前の事件に私は驚いた。

 どういうことだとツヅミに視線を向けると、ツヅミが話したことはなかったなと当時のことを教えてくれた。


「トゥルーレの領主殺害事件は未だに犯人がわかっていないし、何のためにと言うことも不明なままだ」


 当時トゥルーレの領主が死んでいるのを発見したのは領主の家臣で、日課の街の見回りに行く時間になっても家から出てこないのを不審に思った家臣が家へ向かうと、領主とその妻、そして少し前から出入りしていたメイドが殺されていたと言う。

 だが、家の中を荒らされた様子はなく、物取りの犯行と言うには金品は盗まれていなかった。

 諸々調査を行ったけれど、結局犯人は見つけられなかった。

 

 そのまま未解決で事件が迷宮入りだとなった時、なぜか事件を聞きつけたベトワールがイグランに声明を出した。

 事件が起きる少し前から、ベトワールはトゥルーレの領主からイグランを離領したいので領地の受け入れと住民の保護をして欲しいと言う依頼をされたいた。

 だが、その最中に事件が起こったため、領主とイグランの王族の間で何か問題があったのではないかと言う追及だった。


「両国の関係が悪化すると当時少しピリついたんだが、イグラン側があっさり離領を認めトゥルーレはベトワールの領地となった。だが、結局その後のベトワールの捜査も虚しく、真相はわからないまま事件は迷宮入りした」

「そんなことがあったんだ」

「ベトワールも、トゥルーレの領主からなぜ保護して欲しいのかと言う内容は聞けていなかったらしい」


 真相がわからないまま国を移った住民たちは、未だにベトワールが裏で糸を引いていたのではないかと疑っているわけか。

 確かに話だけ聞くと、ベトワールだけがおいしい思いをしているようにも思える。色々とタイミングも良い。

 でも、生産拠点であるトゥルーレをあっさり手放したイグラン側の対応も謎だ。


「よくわからない事件だね」

「そう言うことだ。だからこそ、イグラン軍が近くまで来ていることで住民が反旗を翻す可能性をヤロウは考えたのだろう」

「鎮圧が必要になったところにイグラン軍が攻め込んで来れば、我々はたちまち袋のねずみとなりますので」


 なるほど。そう言うことか。

 過去あるところに事件あり。小さな火種とはどこにでもあるものだ。

 

 トゥルーレに起きた謎の事件の話を聞いている内に、私たちはトゥルーレの街の外壁へとたどり着いた。

 本体共々街に入れば、少なくとも住民も反旗を翻そうとは思わなくなるだろう。

 外壁の門が開かれ、中へ入ろうとしたその時――。


「伝令! 伝令!」


 ヤロウの部下が慌てた様子でやってきた。

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