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41.裏切りのオトギリ

 伝令役を帰した後、私たちは行軍の足を速めた。

 だがそれでも、私の気持ちは急き、軍の進みが遅いように感じた。


「キユリ、あまり急ぐな。兵たちや馬の体力が持たない」

「こうしている間にも、ベトワールの街は次々に狙われてる。イグランがどんな戦犯をしてるか、忘れたの?」

「そんなことはわかってる。オトギリがいるのなら、その後ろにガランサスがいるのだろう。だが、焦るな」

「ダメよ。このままじゃ守れない。そんなの、許されない……!」

「キユリ、近くに駐屯している隊もある。今は信じろ」


 自分があと十人いたら……。旅の途中、そんな妄想をしたことがある。

 たった一人の身で守れる範囲などたかが知れている。小国とはいえ、私一人で広大なこの国を守るのは不可能だ。

 守ると誓ったのに……。


「ツヅミ。敵将はオトギリと言っていたが、聞き覚えのある名だな」

「殿下がそう思うのも無理はないでしょう。オトギリは、元々ベトワールの貴族ですから」

「ベトワールの貴族?」

「八年程前でしょうか……。まだマーガレット様が生きていらっしゃった頃、オトギリはマーガレット様によってベトワールを追放されたのです」

「母上が?」


 私の一番大事なものを、あの男は傷つけた。

 あの時のことを思い出すと、今でも(はらわた)が煮えくり返る。


「幼くして両親を失い家名を継いだオトギリは分別が付かないまま傲慢に育ち、家名の名の下にやりたい放題の日々でした。特にひどかったのが、貴族の身分を利用して平民を奴隷のように扱い、数多の不正を働き違法な金を稼いでいたことでしょう。それをマーガレット様に追及され、ついには国外追放となったのです」

「そして、イグラン軍に入りベトワールを襲っている訳か」

「逆恨みもいい所です」


 本当に、あの時殺しておけば無駄な敵を一人生み出さずに済んだのだ。

 

「それで、なぜその元ベトワールの貴族であるオトギリがキユリを所望している?」

「……因縁と言いますか、戦場が長ければ個人的恨みを買うこともあるのです」

「東で逃げ隠れしてたあいつがわざわざ私を呼んでるって言うなら、受けて立ってやるわよ」


 この七年、オトギリの噂は何度も耳にしたし、戦場でもまみえることがあった。

 でも、あいつはその度に逃げた。

 ガランサスの部下として街を焼くだけ焼いて、盗賊まがいな非道な行いを繰り返し、危なくなったら庇護下へ逃げる。

 ベトワールにいた時から何も変わらない、クソ野郎だ。


「とにかく、今は急ごう。住民たちの安否も確かめなくちゃ!」


 私たちは、それからほとんど休息をとることなく目的地へと急いだ。




 それから三日。倍はかかると思われた道のりを、なんとか進み途中で本体との合流も果たした。

 だが、目的地であるトゥルーレまでもう少しと言うところで、周辺で何があったのか一目でわかる光景に私は愕然とした。

 

「ッ……!」


 焼け焦げた匂いが立ち込める街並みは、恐らく昨日一昨日あたり襲撃にあったのだろう。

 一体を焼け野原にするには十分な時間だ。


「街が全部焼けている……。農場も全てやられているな」

「殿下、これがやつらのやり方です」

「軍団長、ひ、人は? 住人はどうなったって言うんですか!?」

「落ち着け、スリフト。見たところ、人の姿は確認できない。一晩中燃えていたとしても、全ての住人を塵も残さず焼き尽くすことは不可能だ」


 住人は逃げたのだろうか?

 街ひとつ分の人間が、全員? そんなの、可能なんだろうか?


「ツヅミ、みんな連れて行かれたってことないよね……?」


 私は、脳裏をよぎった嫌な予感を口にしていた。


「いくら何でもそれは無理だ。今はまだ、攫われた人間がいないとは言えないが、敵地で多くの住人を連れて行くには時間も手間もかかり過ぎるし、目的がわからん。住人が襲撃に気付いて、散り散りに逃げたと考えた方が筋は通る」

「そう、だよね……」


 すぐに最悪を考えてしまうのは悪い癖だ。

 落ち着こう。トゥルーレまではまだいくつかの街がある。

 生産拠点を叩きにくるのなら、向かうべき場所は自然と見えて来るはず。


「ツヅミ、すぐに次に向かう場所を絞って。私は街の中と周辺を見て来る。逃げ遅れや隠れてる住人がいるかも知れない」

「待て、キユリ。周辺の探索は他の兵にやらせる。ここから北へ数キロ先に、小さな集落がある。お前は先にそっちへ行って来てくれ」


 地図を見て目的地を指さすツヅミに、私は頷いた。

 そして私は、一人馬を走らせ集落へと向かった。

 小さな集落と言うくらいだから、恐らく最近作られた集落で、敵軍が知っているような大きな町ではない。

 偶然に辿り着かれでもしない限り、この街に敵が向かう可能性はないだろう。

 だが、街の住人が、もしかしたらこの集落に逃げているかも知れない。




 集落が見えたところで私は馬を降り、自らの足で集落へと近づいた。

 だが、集落のすぐ近くまで来たところで大きな違和感に気が付いた。

 

「音がしない……?」


 集落とは言っても、それなりの数の人が住んでいるはずだ。

 だが、人の喋り声は愚か、足音のようなものも、生活音すら聞こえない。

 足音を立てず、家の間を縫うように進み、警戒しながら集落の真ん中に走っている道を覗き込むが、やはり人っ子一人見当たらない。


「ここにも誰もいない?」


 さっきの街と違うのは、この集落に襲撃の様子はなく、人が消えていることを除けばついさっきまで人が言わんばかりの普通の集落であると言うことだ。

 窓から家の中を覗くと食事の準備がされている家や、食器がテーブルの上に出ている家がある。

 心の中でごめんなさいと謝りつつ、家の中にはいると鍋の中身は完全に冷めているし、テーブルの上に出された食べかけの食事はどれも乾いてしまっていた。


「昨日の夕飯ってところかな……」


 夕食時に何かが起きて、住人が消えた?

 あの街で煙が上がるのを見て逃げた、とか?


「でも、どこに?」


 この辺の地理に詳しい訳ではない私がいくら考えたところで答えは出ない。

 周辺を探して、何も見つからなければ一度ツヅミの元へ戻ろう。

 そう思い、外へ足を向けたその時、扉の外に気配を感じたため腰に差した愛刀を抜いた。

 息をひそめ、相手の位置を探る。そして――。


「誰だっ!」


 勢いよく足で扉を開き地面を転がる様に外へ飛び出すと、振り下ろされた剣が私の髪をかすめ、私の刀の先は相手の首元で止まった。

 嫌な汗が頬を伝い、敵の正体を確かめようとした時、意外な声が頭上から降って来た。


「キ、キユリ……?」

「……ヤロウ? 何してるの?」

「何してるって……」


 刀を握っていない方の手で仮面を外し、素顔を見せるとヤロウが目を開き、緊張感の失せた声を出した。


「それはこちらのセリフだ。敵の偵察かと思って来てみれば、まさか君と再会するとはな」


 双方顔を確認した途端、力が抜け得物をしまった。

 それからヤロウは、すまなかったと言って私に手を差し出した。

 地面に片膝をついていた私は、久々に再開した獅子の手を取り膝の砂を払った。


「君がいると言うことは、アスター王子たちが来ているのか?」

「サンダーソンから連絡来てないの? アスターもだけど、ツヅミも来てる。私たちはトゥルーレに向かう途中なの」

「ツヅミ様が! そうか。帰って来たとは聞いていたが……。周辺に敵が蔓延っているせいか、伝令役が来ないことがしばしば起きていて、情報が入りにくくなっているんだ」


 偵察隊の話からガランサス率いる大隊に目が向いていたが、その前から敵の小隊がベトワールへちょこちょこ入り込んでいるらしい。

 ベトワール軍が見つけられていない敵兵がまだこの国にいる。


「キユリ、殿下とツヅミ様のところに連れて行ってくれ。至急の要件がある」

「至急の要件? 悪いけど、その前にひとつ聞かせて。ここから南へ行った場所にある街の住人が消えたの。それからこの集落の人たちも。ヤロウ、何か知らない?」

「あぁ、それは私がやったことだ」

「は?」


 それから私は、ざっくりとこの数日ヤロウたちに何があったのかを聞き、ヤロウを連れてツヅミの元へと戻った。

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