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40.カフストの戦い

「殿下、イグラン軍が撤退の動きを見せております」


 急いでアスターとスリフトを呼びに行き、イグラン軍を見張っているツヅミの元へ連れてきた。


「撤退か。どうする、ツヅミ。この軍の総指揮はお前だ」

「そうですね。キユリ、お前はこの戦況をどう見る? ここを離れれば、我々は地形的有利を捨てることになる上、野戦に強いイグランを相手することになる」

「何言ってんの。答えは決まってんでしょ?」


 この国に入り込んだ者を、私が見逃すわけにはいかない。


「「追撃あるのみ」」


 ツヅミと私はニヤリと笑ってそう口にした。


「気が合うわね、大元帥様」

「こちらのセリフだ、聖女殿」


 それから、ツヅミは軍旗を上げ、全兵士に追撃の指示を下した。

 兵たちにすれば、追わずとも良い相手と取れるはずだが、ツヅミの指示に文句を言うものは一人もいないどころか、ツヅミが上げた軍旗にどこまでもついて行くと忠誠を示す者たちが大勢いた。

 元とは言え、さすが大元帥まで登り詰めた男。兵たちからの支持は相当に厚いようだ。




 イグランのすぐ後を追う私たちは、馬上でイグラン軍の次の出方を考えていた。


「ツヅミ、どう思う?」

「敵地で退避となれば、どこかで身を隠すのが定石だろうな。場合によっては、一度イグラン領まで引き上げる可能性もある」

「逃げられたら厄介ね」

「参謀殿には迎撃、撃破の命令を受けてるからな」


 無茶ぶり参謀には、いつもの飄々とした顔で「うちには余りある戦力などありませんから、ちゃんと撃破して次に向かってくださいね」と念を押された。

 ツヅミがベトワール軍に参戦して一発目が敵に逃げられましたじゃ示しが付かないことも含めて、あの男は私たちを迎撃に向かわせたんじゃなかろうかとさえ勘ぐってしまう策士ぶりだ。


「キユリ、もうすぐカフストの街近くに着く。そこで止まって偵察隊を行かせる」


 と、その時、平野を走る私の目に一匹の鹿が森へ入っていくのが見えた。

 平野の先には、森の入口を示す石垣が行く手を塞いでいる。


「静かに!」

「……何かあるのか?」

「どうやら、運は私たちに味方しているみたいよ」


 鹿が森へと入ったその時、木々のざわめきが別のざわめきを私に教えてくれた。

 道を塞ぐ石垣と森。こんなにいい場所はないでしょうね。


「ツヅミ、全軍をすぐに進めるわよ! 攻撃準備!」

「全員、攻撃準備! 戦列は整えなくて良い! そのまま騎士は下馬せず、攻撃を仕掛けろ! 弓が飛んでくる前に敵の懐へ入り込め! 手始めに敵両翼を討つ!」

「アスター、準備できてる?」

「誰に物を言っている」

「突っ込むのか? このまま?」

「スリフト、考えてる時間なんてないわよ!」


 野戦が得意なイグランは、自軍の弓隊を十分に生かすために防御陣形を敷いて迎撃態勢を取るのが常だ。

 スリフトが疑問に思っている様に、本来ならここでの突撃命令は悪手に見えるだろう。

 けれど、私たちはイグラン軍のすぐ後ろを追っていた。今、戦列を整えることもせず追撃すれば、イグランが体勢を整える前に突っ込むことができる。


「イグランは奇襲狙ってるんじゃないのか?」

「馬鹿ね、スリフト。目には目を、歯には歯を。奇襲には奇襲を。ちゃんとアスターの護衛してなさいよ!」

「突撃!」


 ツヅミの合図で、ベトワール軍は大した戦略も説明されないまま森に潜むイグラン軍へと突っ込んで行った。

 兵の中には、敵の姿すら認識できていない者もいただろう。

 けれど、それで良い。

 アスターやスリフト、それから私を中心としたメンバーと一部の部隊を残し、ツヅミはすぐさま軍を左右へと動かしイグランの両翼へと突っ込ませた。

 久々の元大元帥閣下の命令に闘志を沸かせ、勢いよく敵軍へと乗り込んでいくベトワール軍は、その勢いを衰えさせることなく統制の取れていないイグラン軍に石垣を乗り越え、時には破壊し凄まじい気迫で攻撃を仕掛けた。

 肉薄された弓兵など、白兵戦に持ち込まれれば最弱兵と言っても過言ではない。遠距離戦を得意とするかれらの防具は軽装な上に、近接で使えそうな武器などナイフくらいしか持ち合わせていないのだ。


「混乱が広がり始めたわね」

「迎え撃とうと奇襲の準備をしていたら、いきなりベトワール軍が突っ込んできたんだ。ひとたまりもないだろうな」


 かつての部下たちが一心に敵に迫る姿を、ツヅミは目を離さずに見ていた。


「あんな雑で急な命令でも、ツヅミの指示ならって突っ込んで行くんだからベトワール軍もすごいわよ」

「一人残らず、俺の頼もしい仲間だからな」


 様々な国を見て来たけれど、ベトワールの統率力は群を抜いている。

 七年前、マーガレットの一件で戦争になってしまったけれど、その前から有事に備えベトワール軍が国や民のためにどれだけ訓練を積んでいてくれたのかがよくわかる。

 それは、いつ何時何があっても国民を守りたいと言うベトワール王族の確固たる意志の表れだったのだろう。


「じゃぁ、そろそろ私たちも行きますか。大元帥閣下の華麗なる一撃を穿ちに」


 敵の混乱は十分に広がり、敵後方の部隊が動き出したのが見えた。

 そして私は、ある物をとりだして自らの顔に付けた。


「なんだ、それ?」

「国王様が付けろってくれたの。女の子が顔に傷を作るもんじゃないって。それとあんまり敵に素顔を見せるなって」


 王城を出る前、国王に話があると言って呼び出された私は、花を彫った装飾をほどこされた目元と頬を覆う仮面を渡された。

 

「宝石を散らしている訳でもないあたり、本当に可愛い娘を敵の目にさらしたくないんだろうな……」

「散々さらしてるけど?」

「親心ってやつだろ。花の彫刻がお前に良く似合ってる。陛下に感謝しろよ」

「……うん」


 似合っていると言われて、少し照れ臭くなった私は仮面に手を添えて答えた。


「さぁ、行くぞ。殿下、スリフト!」


 私の仮面の下に気付いていないツヅミは、馬をアスターたちの横に進めた。


「なんだ、その仮面?」

「国王様にもらったの」

「父上が?」

「似合うでしょ」

「……悪くない」

「アスター。そこは素直に似合ってるって言うのが紳士のマナーだぞ」

「スリフト、ここは戦場だ」

「茶会でも戦場でも、紳士の振る舞いは変わらないもんだ。俺は凄く似合ってると思うよ、キユリ」

「ありがとう。スリフト」

「ゴホン! 殿下、よろしいですかな?」

 

 戦場と言うことも忘れいつものふざけたやりとりをしていると、ツヅミが大きな咳払いをした。


「我々は、中央にしかけます」

「わかった」

「キユリ、スリフト。遅れをとるな」

「了解」

「はい!」


 そして、敵後方が前へと動き出したのを見て、私たち部隊は敵中央へと出撃した――。


 ベトワール軍の奇襲攻撃により、イグラン軍は指揮系統が取れず、瞬く間に混乱へと陥った。

 両翼を攻撃され、敗走兵が出始めた最中、中央の後方部隊が動いたことでイグラン軍の中に敗走兵がこんなにも出始めているのかと更なる混乱を生み、戦いを放棄する者が続出。

 それを見逃さなかったベトワール帰還後第一戦目のツヅミが、強烈な攻撃で中央の敵兵をなぎ倒し、更に士気を上げたベトワール軍が残兵を見事に打ち破りカフストでの戦いはあっけなく勝利となった。


 だが、それはもしかしたら敵の罠だったのかも知れない――……。




 カフストでの戦いを終えた私たちは、本来の目的である北方へと再び移動を開始した。

 数の差をもろともせず、ツヅミと言う大将の元勝利を勝ち取った兵たちは、意気揚々と行軍していてどこか足取りが軽い。

 かく言う私も、国王様にもらった仮面をつけたままルンルンで馬を進めていた。


「ずいぶん早い決着だったわね」

「そりゃ、前軍団長と聖女様が揃ってれば、兵たちに怖いものはないだろう。第一王子の存在感がかすむな、アスター」

「スリフト、殿下にくだらんことを言うな。俺やキユリはあくまでも雇われの身。この隊の最高指揮官はアスター様で、ベトワール軍のトップはルドベキアだ」

「ツヅミ軍団長、本当に騎士に戻るつもりはないのですか?」

「ない。こればかりは絶対に変わらん」

「それは、母上の件があるからか?」


 スリフトの質問に何の躊躇もなく答えるツヅミだったけれど、今度はそのツヅミにアスターが質問を投げかけた。


「マーガレット様の件は大きなきっかけでした。ですが、それよりももっと前に私は自分の在り方について迷っていたのです。大元帥と言う地位から離れ、一人の人間に立ち返りたいと言う話を陛下やマーガレット様にもしておりました」


 不意に出たツヅミの回答に、私は少し驚いた。

 恐らくアスターと同じで、私もツヅミはマーガレットの一件で大元帥を辞めたのだと思っていた。


「大元帥と言う地位は、お前には窮屈だったとでも言うのか?」

「そうではありません。陛下にいただいた大元帥と言う職は、何よりも私の誉れでした。ですが、大元帥となり多くのことを見聞きする身になったからこそ、今まで見えなかった部分を直視・直面することとなり、高位の身分であるにも関わらず不甲斐ない己が身の在り方に悩んでいたのです。……それと、そんな迷いの中で大きな希望を見つけ、夢ができてしまったからと言うのもあります」


 その時、ツヅミが私の方へと一瞬視線を向けた。

 ……なんだろう?

 そう思ったけれど、尋ねる前に隊の後方から駆けて来る馬の足音が聞こえた。


「伝令! 伝令!」


 伝令役が馬を私たちの少し後ろに付けると、ツヅミが話せと指示を出した。


「陛下、閣下。今しがた、トゥルーレ南方にある農村部にてイグラン軍の大規模な襲撃があり、生産拠点が狙われている模様です」

「被害状況はどうなってるの?」

「不明です」

「思ったより早かったわね……」


 さっきまで意気揚々としていたのに、一気に焦りが沸いた。

 偵察隊の情報じゃ、こんな早く着くとは考えられなかった……。


 やられた……!


「ツヅミ、急ごう。カフストの一件は敵の陽動よ!」

「わかってる。俺たち別動隊は愚か、恐らく本隊も間に合ってない状況でどれだけ持ち堪えてくれるか……。伝令、ご苦労だった」

「閣下、もうひとつお伝えすることが」

「なんだ?」

「襲撃の際、敵将はオトギリと名乗ったとのこと。そして、舞姫を連れて来いと叫んでいたそうです」


 伝令役がそう口にした瞬間、私の全身の毛が逆立った。

 馬の手綱を握る手はギリッと音を立て、きっと瞳孔も開いていることだろう。

 忘れるわけがない。あの時なぜ殺さなかったのかと過去の自分を殴りたいほどに思う、その男の名前を――。

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