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39.賢者の天秤

 モクレンから情報を得た私たちは、それからユウガオや軍の偵察部隊によりガランサスが現れるであろう概ねの検討を付けた。

 だが、ミヤマクロの方については何の情報も得られなかった。

 そして今、私は机の上に広げられた地図を見ながら今後の流れをサンダーソンから聞いたところだった。


「まさか最初に行ったセトの方へ戻ることになるとわねー」

「キユリ、セト方面に行くと言うだけでセトには寄りませんし、目的地はもっと先ですよ」

「わかってるわよ、サンダーソン」

「ユウガオたちの情報から考えても、敵はベトワールの北方にある生産拠点を叩きに来る可能性が高いと思います。しっかり防衛を務めてください」

「はいはい。で? 行くついでにリコン川の拠点をイグランが再度取に来そうだから迎撃しろって話だったけど、目星は付いたの?」


 そう。偵察の中で、ベトワール北方を取りに向かっているイグラン軍とは別に、私たちが奪取したリコン川の渡河拠点をもう一度取りに来ようとしているであろうイグランの軍が見つかった。

 けれど、現段階ではまだどこに拠点を取りに来るかはわからず、かといってベトワールに全ての拠点に軍を送る余裕はない。

 なので、北上するついでに迎撃しろと言う我らが参謀様の無茶ぶりなのだ。

 編成部隊にはツヅミも加わるし、戦力に問題はないだろうと言う判断らしい。


「向かう先はツヅミ殿の助言に従い、ワンになりましたよ」

「俺が言わずとも、サンダーソンならばワンと判断していただろう」

「ツヅミ、終わったの?」

「あぁ」


 出発前に、編成軍の方に顔を出しに行って来ると言って朝から不在だったツヅミだったが、終わって戻って来たらしい。

 どうせ戦地で顔を合わせると言うのに、律儀な男だ。


「で? なんでワンなのよ、ツヅミ」

「リコン川沿いの拠点はいくつかあるが、ワンを取ればヴェルシュとボージャンと言うふたつの大きな拠点を分断できて、ベトワールからイグランが再び戦いの主導権を取り戻すことができる」

「なるほどね」

「ちなみに、大賢者様も同じ意見だとよ」

「さすが我らが軍師様ね。ここんとこ軍師の仕事はお休みだと思ってたけど」

「アイリス様の勉強の一環だとさ」

「そう言うことね」


 東側にいた頃、セージはことごとく敵の動きを言い当て、私たちを勝利に導いていた。

 各国の知識だけでは飽き足らず、あの子はツヅミからもその知識を吸収し、戦場を我が物とする軍師になり何度も私たちを助けてくれた。

 だが、他にやることが多いからなのか、最近はほとんど戦について口を出さなくなっていた。


「ところでキユリ、陛下がお前に話があるから部屋に来てくれと言っていたぞ」

「国王様が私に? なんだろ?」

「さぁな。だが、あまり失礼のないようにしろよ」

「何言ってんのよ、私は誰にも失礼な態度なんてしてないでしょ」

「……へいへい」


 それから、遠征の準備を整えた私たちは、再び戦地へと向かうため王城を後にした。




 数日後――。


「敵さん何もしてこないけど、どうするのよツヅミ」


 一日中川向こうの敵を見続けるツヅミの横に立ち、私はため息をついた。


「このまま待機だ。イグランのクロスボウ隊相手にひらひら避けられるのはお前だけだからな」

「訓練が足りないんじゃないの、まったく」

「世界各国を見てもそんな訓練してる国はなかっただろ。そもそも無理なんだよ」


 目的地のワンに付き、防御布陣を敷いて待ち構えていると思惑通りイグラン軍がのこのこと現れた。

 だが、渡河するにはお互い大きなリスクがあり、川を挟んだままの睨み合いが続いた。


「こんなことなら南側に行けば良かった」

「馬鹿言うな。お前は自分の手には負えないとルドベキア直々に断られただろう」


 北をツヅミが守ってくれるなら自分は南方の守備に就くとルドベキアは、南側へと軍を引き連れて城を後にした。

 その際、冗談でルドベキアについて行こうかなと話すと、ヴェルシュ包囲戦では私に助けられてばかりで不甲斐ない姿をさらしたので、自分には指揮官としてまだまだ修業が必要だと言って遠回しに断られた。

 そして――。


 ――安心しろ。何があっても、この命をかけてベトワールの領土を敵に明け渡したりはしない。頼りない軍団長と思っているのかも知れないが、信じてくれ。君と私は、同じ目的を持つ同士だ。必ず生きて、また会おう。


 そんなセリフを残し、颯爽と旅立って行った。


「まぁ、ルドベキアにはホウセンがいるもんね。それより、別動隊もっと人数割いた方が良かったんじゃない?」


 南部遠征軍も、それなりの兵力を揃えた。仮に、ミヤマクロ軍が現れたとしても、ルドベキアなら何とかしてくれるだろう。

 そんなことより、目下心配なのはこちらの戦力だ。私は、川辺にいる自軍へ視線を向けた。

 イグラン軍はおよそ五千、対する私たちベトワールの別動隊は千五百。本体は、先に北上させ目的地へと向かわせている。

 

「相手が五千程度ならば、この数で十分だ。これ以上増やせば機動力が下がる」

「睨み合いに機動力も何もないでしょ。もう私一人で行ってこようか?」

「ダメだ。お前、ヴェルシュでも力を使ったと聞いたぞ」

「それが何?」

「何度も繰り返せば身体に負担がかかるからやめとけとセージに言われただろ」

「大丈夫よ。私のことは私が一番わかってる。長い戦いになるってわかってるのに、途中で戦場から降りるようなへまはしないわ」

「キユリ」

「な、何?」


 話している最中も敵陣を見つめたままだったツヅミが、真剣な声で私の方へと視線を向けたため、私は少し身構えた。


「マーガレット様が泣くぞ」

「……戦争が長引く方が、ずっと悲しいに決まってる」

「はぁ……。お前、うちの大賢者がなんで軍師の真似事をしなくなったか理解してるか?」

「セージ? 何の話?」


 私の言葉に、盛大にため息をついたツヅミは「まったく」と言って近くの岩に腰かけた。


「本人曰く、セージの頭は、最大限の戦果を弾き出せる。戦いが終わる時、どれほどの犠牲が出るかも織り込んだ上で、勝てる最善の戦略が見えるらしい」

「知ってるわよ。それで何度も助けられてきたんだから」

「だが、セージには見えすぎる」

「見えすぎる?」


 含みのある言い方をするツヅミに、私は首を傾げた。


「軍師としてキユリと言う駒を最大限に生かした場合と、弟として姉の身を案じ駒を下げた場合とで比べて、どれだけの兵が死ぬか。お前と言うたった一人の家族と、何千、何万と言う兵を天秤にかけなければならない。それがどれだけ残酷なことかわかるか?」

「そんなの、私一人の……」

「お前がそう言うってわかってるから、セージは何も言えなくなる。お前の信念も、マーガレット様に対する気持ちも、誰より理解しているからこそ、あいつは邪念を捨てられないと言って軍師の真似事をやめた」


 初めて知る真実に、私は息を飲んだ。

 

「マーガレット様はもちろんだが、生きてる人間にも、常にお前を想っている者たちがいることを忘れるな」

「……ごめん」

「謝罪ならセージに言え」

「帰ったら謝っとく」


 姉として、ここまで気付かなかった不甲斐なさに気分が沈んだ。


「でもな、不甲斐ないことを言うが、いざと言う時お前の力をあてにしなけりゃならない場面がこの先必ずある。だから、そう言う時のために温存しとけ」

「わかった」


 ツヅミの言葉に、私は頷いた。

 つい想うばかりで想われていることを忘れ、自分のことに気が行く私は本当にダメな姉だ……。


「キユリ。落ち込んでるとこ悪いが、(やっこ)さん動くみたいだぞ」


 足元に転がる川辺の石を見つめていると、ツヅミが声色を変えた。

 顔を上げて川向うへ視線を移すと、イグラン兵が動き出したのが見えた。


「ねぇ……」

「あぁ」

「アスターたちに知らせて来る!」


 イグランの動きを見た私たちはすぐさま軍を動かすべく、動き出した。


「アスター! イグランが動いた」

「川を渡るつもりか?」

「違う」


 あの動きは――。


「あいつら、撤退するつもりみたい」

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