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閑話.籠の鳥Ⅰ

 ※アイリス視点


 僕の名前はアイリス。ベトワール王国の第二王子だ。

 これは、僕が未来永劫の親友と出会った時のお話――。


 イグランとの戦争の最中、父上から兄上に新しい護衛が付いたと聞かされ、僕はすぐに彼女の姿を見に行った。

 女性騎士とはどれほど屈強な戦士なのだろうと思っていたけれど、彼女は僕の予想とは大きく違い、小柄な女性だった。

 そして、微笑んだ時の雰囲気がどこか母上に似ている気がした。

 僕に光を示してくれるところもどこか……。


 ――では、アイリス王子、貴族学校の試験で、実技または筆記のいずれかで最優秀をお取りください。力であれ、知識であれ、己の身は己で守れると示すのです。


「よし、今日もたくさん勉強するぞ!」


 学校で優秀な成績を残し、キユリの弟と会うと約束した日から、僕は剣術の稽古の時以外は図書室へ入り浸る様になった。

 夜は私室でユウガオから山の民の話を聞いたり、僕がベトワールの話をしてあげたりした。

 異国の知らない民の話は、面白い話や興味深い話ばかりで、第二王子として国の在り方を考えさせられるものだった。

 きっと、母上はこうした生まれや民族の違いを受け入れ合う国作りをしたかったのだろう。

 ユウガオから聞いた話をして、兄上と父上と、母上の話ができたら……。そう思うけど、きっとそれは無理だろう。

 僕は、幼くして母を亡くした可哀そうな第二王子だから。父上や兄上も、ずっと僕を子どものままの僕で見ている。


「ユウガオは、毎日僕が話し相手で飽きないだろうか……」


 そう思いながら図書室にある窓から外を見ると、城の中を見回っているユウガオの姿があった。

 キユリの言いつけで、毎日王城の内外を見回ってくれているらしい。


「僕もいつかあんな風に外へ出られたら……」


 自由に外を駆けるユウガオの姿に、僕は羨望の眼差しを向けた。

 けれど、窓の外は僕には眩しくて、この図書館の隅の一角がちょうどいい。

 それに、キユリとの約束もある。今は勉強に集中しよう。

 僕は、図書室の机に教科書を広げた。


「それ、間違ってるよ」


 しばらく勉強を続けていると、机に向かう僕の頭上に影が差し、聞きなれない声が耳に入って来た。


「え?」

「ここ。あと、ここ。それから、これは問題自体が悪問だね。君の教師は、あまり頭が良くないみたいだ。それじゃぁ、貴重な紙がもったいない。教師を変えた方が良いんじゃない?」


 突然の影に顔を上げると、僕と同じくらいの年齢の少年が宿題を指さしてそう言った。


「それとも、僕が教えてあげようか? 王子様」

「なぜ、僕が王子だと? それに、君は誰だ?」


 右の口角を上げ、僕を見下ろす彼に、僕は警戒心を抱き椅子からいつでも立ち上がれるように半身を引いた。


「城内で堂々と本を読める人物で、かつ子どもなら、二人の王子のどちらかでしょ。でも、アスター王子は今ヴェルシュにいるから、答えは第二王子のアイリス様。年齢的にも間違いない。それと、逃げられる態勢を取ったのは良い判断だけど、それなら僕の声を聞いた途端に逃げるべきだね。僕が武器を持っていたら、もう手遅れだよ」

「ッ……!」


 ニヤリと笑う彼の言葉に意識を取られ、気付いた時には、彼が右手に持つペンが僕の喉元に来ていた。


「冗談だよ、ごめん。これ、お詫びのしるし」


 殺されるのかと冷や汗が落ちたその時、彼はペンを喉元から引き、手の中に収めたかと思うとその手から一輪の白い花を出して僕に渡した。


「花?」

「見てて」


 そして、ふっと花に息をかけると花の色が白から青へと変わった。


「色が! どうして……?」

「王子様、知らない相手から物を受け取っちゃダメだよ」

「え? ……うわぁ!」

 

 花の変化に、僕の心が疑いから好奇心へと変わったその時、彼はまたニヤリと笑った。

 そして、花から顔を上げた瞬間、手の中の花がボンッと音を立ててはじけ、勢いよく何かの粉が舞った。


「な、なんだこれ! はっくしゅん!」

「あははははっ!」

「くしゅん! くしゅんっ!」


 空中に舞った粉を必死で手で振り払うが、息を吸い込むたびに鼻の奥がくすぐられ、くしゃみが止まらない。

 何かを盛られた? 彼は敵なのか?


「え、衛兵……!」


 そう言えば、衛兵は? なぜ、この状況に衛兵が来ない?

 僕はくしゃみをこらえ、図書室内にもいるはずの衛兵を呼ぶ。


「無駄だよ。彼らは今夢の中だからね」

「な、何を……! はっくしゅん!」

「何をしているのですか?」

「やべっ!」


 やっと僕の周りを舞う粉が落ち着いて来た時、聞きなれた声の登場に僕は安堵を覚えた。


「大人しくすることを条件に、図書室への出入りを許可したはずですよ」

「何もしてないって」

「では、なぜアイリス王子は粉まみれなのです?」

「ちょっとした遊びじゃん。あまりにも警戒心がないからからかっただけだよ。ただの胡椒だから安心してよ」

「胡椒? そのように貴重なものをあなたと言う人は……。アイリス王子、ご無事ですか?」

「すまない、サンダーソン」


 やっとくしゃみも治まった僕のところへ来たサンダーソンは、僕の身体に着いた粉を払ってくれた。


「出入り禁止にしなければなりませんね」

「ちょっと待ってよ! この状況で僕が敵だったら罰されるのは衛兵の方でしょ? その危険を僕はわからせてあげたんだ。僕よりまず、職務怠慢を責めるべきでしょ。それに、僕にここの本を読ませることはベトワールにとって何よりの価値になる。参謀のくせに、そのチャンスを見逃す気?」

「本当にあなたは口が立つ人ですね……」


 小さくため息をついたサンダーソンは、僕の元を離れ彼のすぐ目の前まで近づいた。


「もう一度言います。大人しくしていると約束できるのならば、図書室への立ち入りを許可します。できますね?」

「……わかったよ」

「それと、変なものをアイリス王子に渡さないこと」

「変じゃない。これは立派なじっけ……」

「じっけ?」

「いや、なんでもない。もうしないって。王子様とも仲良くする」

「あなたは何を言っているのです。アイリス王子と仲良くなど、分をわきまえなさい」

「紙を無駄にするような愚かな貴族の教師より、僕の方がよっぽど優秀なのに。なんなら、僕が勉強を教えてあげようか? 歴代で一番頭の良い王子様を誕生させてあげるよ」


 平民から参謀まで登り詰めたサンダーソンに、城内であのように口をきく人間はいない。

 それは、貴族でさえも彼の実力を認めているからだ。

 彼はまだ子どもだから、そう言い捨てることもできるけど、無邪気になんの迷いも躊躇もなく一国の参謀に対して話す彼に、僕はなぜだか無性に心惹かれた。


「サンダーソン、彼は誰なんだ?」


 教えてくれと視線を向けると、サンダーソンは少し苦い顔をした。


「ご説明が遅くなり申し訳ございません。アイリス王子、この者はアスター王子の新しい護衛になったキユリの弟にございます」

「キユリの弟……。君が、キユリの弟?」


 思ってもみなかった出会いに、僕は目を丸くした。そして――。


「会いたかったんだ! 君に!」


 僕は彼の手を取って強く握った。


「ちょっ……何!?」

「あぁ、いや、だが僕らがここで会ってしまったのはまずいかも知れない。兄上とキユリにとってあまり良くない事態だ」

「王子様、ねーちゃんと会ったの?」

「あ、あぁ」

 

 それから僕は、サンダーソンに下がるように伝え、キユリたちとした約束をセージに話した。

 ちなみに、衛兵たちにもお咎めがないようにとサンダーソンに伝えた。


「それで、優秀な成績を取ったらって約束したんだ」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって……」

「会っちゃったものはしょうがない。どうやったって、過去は変えられないんだから。でも、僕に会えて王子様はラッキーだったね」

「ラッキー?」

「僕がいれば、少なくとも勉強は完璧にしてあげる。剣術はユウガオに教われば良いよ」

「君が、勉強を……?」

「僕は天才だからね。さっきの花、見たでしょ?」


 確かに、先ほどのペンを花にするのも、花の色を変えて粉を出すのもどうやったか僕には見当がつかない。


「成績だけじゃない。僕なら、王子様の願いを叶えてあげられる。知識は、世界を変える」


 腰に手を当てて堂々と語る彼に、僕は手のひらに咲く青い花を見つめた。


「僕の願い、世界……」


 セージが何を思ってそんなことを言ったのか、僕にはわからなかったけれど、胸の底で渦巻く何かがセージの手を取っていた。

明けましておめでとうございます!

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