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閑話.夜半の密談

 ※ツヅミ視点


 七年ぶりのベトワールと王城を堪能し、元部下たちとの手合わせを終えたある日の夜、このベトワールで最も信頼を寄せている一人であるルドベキアと酒を酌み交わしていた。


「閣下。改めて、無事のご帰還心より……」

「やめろ、ルドベキア。俺はもう大元帥じゃないし、貴族の地位すら捨てた身だ」

「ですが陛下は……」

「王妃様を失った上に、陛下に庇われる大元帥がどこにいる。俺にはもう、とっくにその資格はない」


 身勝手に責任ある職を放棄し全てを部下たちに任せたと言うのに、七年ぶりに会っても多くの者たちが歓迎してくれたのは本当に嬉しかったが、後ろめたい部分もあった。

 この国のためにと言いながら、大きな責任を部下たちに負わせた俺の傲慢さを彼らに許して欲しいとは言えない。


「では、七年の極秘任務と言うのは……」

「陛下の嘘だ。この七年、ベトワールのために動いていたのは事実だが、陛下の命令じゃない。俺はただ、自分の尻拭いをしてただけだ」


 七年前、俺はマーガレット様を守れなかった。

 だからこそ、その責任を取るため旅に出た。キユリと言う希望を巻き込んで……。


「そうですか。ですが、ただお一人で東側諸国の情勢を変えようと旅立たれるなど、水くさいではありませんか」

「お前、なぜそれを……!」

「唐突に軍団長にされた身ではありますが、この七年、愛する母国を守るために私なりに情報を集めた結果ですよ。敵対していたパキラ海賊団は、ツヅミ様がいなくなった途端その攻撃の矛先を変えた。そして、ベトワールに向けられるはずのイグランの軍勢は思っていたよりは少なく、その理由を調べれば、東側の各国がまるで交代でイグランを攻撃するかのように猛攻を仕掛けベトワールから気が逸れていた」


 七年前からの俺との繋がりをキユリ本人から聞き、アスター様やスリフトから東で出会ったらしいと言うのを聞いて、なんとなくベトワールに吹く謎の追い風の正体に気付いたと、ルドベキアは小さく笑った。


「それで、あの子は、キユリはいったい何者なのです? あの強さ、戦に対する思い、何もかもが異質で尋常ではないものを感じました。本人からは、あなたに騎士として取り立ててもらう予定だったと聞きましたが……」

「そうだな。俺は本当に、キユリをベトワールで初めての女騎士にしようと思っていた。マーガレット様のために」


 俺はグラスに注がれた酒を見つめた。


「ルドベキア。キユリ本人が、気になるなら俺に聞けと言ったんだな?」

「はい。ツヅミ様と自分の関係についてはオフレコだからと」

「そうか。なら話そう。だが、これは本当に一部の人間しか知らない話だ。アスター様に聞かれても、絶対に口を割らないと約束してくれ」

「殿下にも言えないことなのですか?」

「それがキユリの希望だ。あの子は……。いや、いい。話を聞けば理由がわかる」


 そう言って俺は、声を潜め、キユリとの出会いやマーガレット様とのことをルドベキアに聞かせた。

 そして、この七年間の話も。

 ただ一人、全てを自分の責任だと思い込み、母親のために必死に戦う少女の話を――。

 愛する家族を想い、行き過ぎた優しさに身を削る聖女と、それをただ見守るしかできない哀れな男の旅の話を――。


「……」


 全てを聞かせた後、ルドベキアはしばらく言葉を失っていた。


「大丈夫か、ルドベキア」

「は、はい……。戦場でキユリは、ベトワールには自分の宝物があると言ったのです。だから、戦うのだと。でも、今の話では……」

「キユリは普段、あんな調子で人と接するが、中身は優しすぎるただの女の子だ」

「聖母の様だと言われていたマーガレット様の唯一の娘がその優しさのために戦っているなんて、皮肉だとしか……」

「俺も、そんなつもりであの子に剣を教えていた訳じゃなかったんだがな」


 守るために教えたはずの剣を、俺はあの子に、闘うために振れと言っている。

 本当に、大元帥どころか大人として失格もいい所だ。


「ですが、いくらツヅミ様直々に剣を習っていたと言っても、キユリの戦闘能力は異常に見えます」


 言いたいことはわかる。多くの騎士や民兵を見てきたルドベキアなら、あの子の本質の異質さがより目につくのだろう。

 キユリ本人も、それを自覚した上で戦いに生かしている。

 だが、あの子の異常さはその能力じゃない。これは出会ってから、剣を教える様になりわかったことだ。


「確かに、キユリとセージは特別だ」

「特別? 弟の方もですか?」

「……ギフテッド。あの二人は、神の寵愛を受けた稀に見る本物だ」


 俺は、キユリの能力をルドベキアに聞かせた。


「ついでに言えば、セージの方が侮れない。あれは、見たり聞いたりしたことをほぼ全て記憶しているらしい」

「ほぼ全て……」

「記憶の宮殿とやらに潜れば、自由自在に記憶を呼び出せるらしいぞ」

「なんですかその能力は」

「セージの前では絶対下手なこと口走るなよ。死ぬまで恥をさらすことになるし、あいつが本気になれば本当に国ひとつくらい滅ぼしかねない」


 俺は少しふざけてルドベキアに忠告した。


「だがな、あの二人を本物と呼ぶのはそれだけじゃない。と言うよりも、二人の本物の異常さは、その努力の力にある」


 キユリは、出会った時から文字通り血の滲む努力を惜しまず続けられる子だったが、セージの命の危機やマーガレット様の一件があってからその傾向は顕著になって行った。

 生まれ持った能力だけで、雨の矢を避けられるようにはならないし、一騎当千の戦士にだってなれはしない。

 俺が見て来た人間の中でも、あの子は群を抜いてその努力を惜しまない。

 セージもセージで、姉のためと知識を(むさぼ)り、何かを一晩中考えていたかと思えば、熱を出して倒れてしまう始末だ。それでもまだ、ベッドの中でうわごとのように何かを考えてブツブツ口にしているのだから手に負えない。そして未来を変えるほどのことを思いつくのだから末恐ろしい。


「あの二人には、俺もお前も勝てやしない」

「そんな二人が、偶然スラムにいたと言うのですか?」

「どんないたずらなんだろうな。本当に」


 そして、マーガレット様との繋がり……。

 神はどこまで先を読み、駒を揃えたと言うのだろう。

 あの子を、ただの少女のままにしておくことはできなかったのだろうか。


 ――キユリ、マーガレット様の遺志を継ぐ気はないか?


「いや、全ては俺のせいか」


 俺は、最も大きな渦にあの子を巻き込んでしまった日のことを思い出し、グラスの中身を飲み干した。


「閣下は色々と言葉を並べていますが、キユリのために、あの子のそばにいるため大元帥の職に戻らないのですね」

「そんな資格はないだけだ。ただ、マーガレット様のためにあの子を見守っていく責任が俺にはあるし、いざと言う時あの子を守らなければいけない責任も俺にある」

「確かに、知られざる王家の娘専属の護衛は大元帥よりも重い責務かも知れませんね」

「セージと言う問題児も抱えてるしな」

「まるで父親のようですね」

「俺は行き遅れの独身の身なんだがな……」


 だが、三人でした旅も、ユウガオが増えてからした四人での旅も、命がけの日々だったと言うのにかけがえのないものになっていて、俺にとってあいつらは本当に家族のような存在になっているのは言うまでもない。


「ですが、あなたとキユリ、強力な見方が増えたことはベトワールにとって本当に大きな希望です」

「ルドベキア、俺は確かに今も気持ちは騎士のつもりだ。だがな、キユリのことは過信するな」

「どういう意味です?」

「常人とは違う能力を使うと言うことは、それだけ身体に負担がかかる。だと言うのに、キユリはそう言うのを顔に出さない。だから、知らず知らず俺たちがその負担を負わせてしまっている可能性がある。あの子の力は、戦場において恐ろしいまでの効力を発揮するが、所詮諸刃の剣。あるものと考えて動くのはよせ」


 まだ十七の少女の自己犠牲に、騎士が頼ってはならない。

 

「閣下」


 絶対に無駄にキユリを傷つけるなと言う俺の視線に、ルドベキアは椅子から立ち上がり片膝を折ったかと思うと頭を下げた。


「公式の場ではないからこそ、私は今一度この場であなたへの忠誠を示します。そして、導きの聖女と再び帰られた大元帥と共に、ベトワールを勝利へ導くと誓いましょう」

「ルドベキア……」

「亡きマーガレット様のため、この国を、そして忘れ形見である姫を、共に守りましょう」


 七年前と何ら変わらぬ忠誠心と、全てを預けても良いと思える頼もしさが、そこにはあった。

 俺は、ルドベキアの前で膝を折り、その肩に手をあてた。


「悪いな、友よ」


 それから、昔話に花を咲かせる夜半の密談はもうしばらく続いた。

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