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3.初陣の結末

 それからはあっという間だった。

 残りの兵を相手に、テンションアゲアゲなベトワールの兵が、ばっさばっさと快進撃。私の出番は全くなかった。

 野営地にいたイグラン兵はみんな捕まってしまったし、森から出られたのも、あの兵士一人だけのようだ。

 こんなはずでは……。


「おい」


 そして、最初から何もピンチではなかったが、形的にベトワールの兵に救出された私は、眉間に皺を寄せ仁王立ちのアスターを前に逃げ道を失っていた。


「やってくれたな」

「け、結果、勝てたでしょ?」

「喜ばしいが、全く喜ばしくない!」

「あはははっ! キユリ、君最高だよ!」


 相変わらずスリフトがアスターの横でお腹を抱えて笑っている。


「私だって計算外よ! 残りの数は私がやる予定だったのに! こんなことなら、とっとと寝るんだった!」

「お話中申し訳ありませんが、よろしいですかな? アスター様、キユリ」


 戦に勝って勝負に負けた的な状況を嘆いていると、苦笑いを浮かべたヤロウが来た。


「君の作戦通りにはならなかったようだが、野営地を取り戻すことができた。大敗北から立ち直る第一歩になったよ。ありがとう。導きの聖女」

「聖女はやめてよ。そんなんじゃないの知ってるでしょ? でも、味方に犠牲者が出なくて良かった」


 とは言え、戦いはまだ終わりじゃない。

 取り戻したのは野営地のみ。

 ここから奪われたセトを取り戻しに行く。


「それで? ここからどうする?」


 まだ終わっていないことを十分に承知しているアスターが、持ってきた地図を広げる。


「とりあえず、森に置いてきた弓矢、それと相手の兵の武器や装備を全部回収してきて。今夜、もう一回同じことするから」

「今夜?」

「セトを取り返しに行く」

「昨日の今日だぞ! それに、援軍もいない。そんな無謀なこと、兵を失うだけだ!」

「ねぇ王子、今朝の作戦の意図わかんなかった? 昨日の今日だから意味があんの。それに、街にいたベトワールの民はどうするの? 見殺しにするつもり? ……運が良ければ、きっとまだ生きてる」


 前線を後退した際に、奪われるように都市を蹂躙されたと聞いた。おそらく、逃げ遅れた住民もいるだろう。

 そして、死ぬより辛い目に合っている可能性も……。

 一刻も早く助け出さなければ。


「今回の犠牲者は多くて四人。それ以上は出ないようにするから」

「四人?」

「あんたとヤロウ、スリフト、私。今回は敵陣のど真ん中で奇襲をかける。とは言っても、今回の主役はヤロウね。あんたとスリフトと私はヤロウの援護ってところかな」

「アスター」

「……何?」

「私の名前だ。君が覚えていないようなので教えてやった」


 どこまでも嫌味な男だ。こんな奴が本当にあのマーガレットの息子なのか、疑がいたくなる。


「あー……はいはい。アスター、スリフト、私ことキユリが援護になります」

「……」


 自らアスターと名乗ったからそう呼んだら、アスターのこめかみに筋ができた。


「キユリ? 君の身分からすると、様は付けようね。彼はこの国の第一王子だ」


 すかさず後ろで控えていたスリフトがフォローに入るが、正直誰かを敬う気などさらさらない。


「あら、そうなのですか? 教養がなくてお恥ずかしいですわ。ですが、心優しき王子様なら、いつまでも名前を憶えてもらえない私のような一市民のことなど気にも留めないと思いますわ、スリフト様」

「君は本当に面白いね。俺のことは気軽にスリフトで構わないよ。俺は堅苦しいのが苦手だからね」

「スリフトは優しいし、すっごく心が広いのね」


 あんたとは大違いねと目で語り、ふんっとアスターから顔を背けると、すぐ隣でヤロウが、子どもの喧嘩を見るような生暖かい視線でこちらを見ていた。あれは、完全に子どもの喧嘩を見守る父親の目だ。


「何見てんの? ところで、現場で指揮をとれる騎士を四人出して欲しいんだけど」

「わかった。すぐに選出しよう」


 ヤロウは人選のためにすぐにテントを出て行った。

 すると、アスターがトントンと人差し指で机を叩いたので彼の方に視線を向けた。


「……本当に勝機はあるのか? 君が思う以上に戦況は最悪だし、今朝のようにある程度動ける怪我人を戦地に出したとしても数の差は十倍近くあるぞ」

「敵の油断、いくつかの利、戦術、単純な個の戦力。数を埋める手段なんてのは、いくらでもあんのよ。今回の件は、サンダーソンも承知してる。それより、昨日から寝てないでしょ。夜に向けて少し休んで。その間に、私は少し出かけてくる」

「待て。勝手な行動は許さん」

「はぁ……。ひとつ忠告しておくわ。私はね、国に忠誠を誓う騎士や兵とは違う。私は、私の目的のために自分の意思でここにいるの。おぼっちゃまの言うことを聞く義理はないわ」


 アスターの方を振り返ることなく、そう言い残して私は一人テントを出た。

 

「ヤロウ、私は少し出かける来る。夕暮れまでに今から言うものを用意してほしいの。それと交代で休みをとって」

「出かけるってどこに?」

「偵察よ。女の私一人の方が、戦場じゃ都合が良いの。この馬借りるね」


 私はその辺に繋いであった一頭の馬にまたがって、野営地を後にした。


 ***


 夜。すっかり日は暮れ、灯りは松明の光のみとなった。

 日が暮れて私は偵察から戻り、日中に都市近くまで移動した軍に合流した。


「重っ……! あんたたち、いつもこんな重いもの着て戦ってるの!? やっぱ脱いで良い?」


 そして、他の兵たちと同じ格好になるべく騎士の装備を付けてもらっていた。


「自分で言い出したんだろ。ほら、こっちが前、兜は大きいなら布入れろよ」


 スリフトが手伝ってくれているところ悪いが、こんなもの着ていたら作戦に支障が出る気しかしない。


「こんなの着てたら動けないって!」

「導きの聖女が、騎士と同じ装備を身に着けることに意味があるんだろ?」

「そうだけど……! やっぱなし!」

「ダメだよ。それに、これがあれば、ある程度は守ってくれるから。ほら、ちゃんと着て」

「こんな重たい物身に付けてるから負けんのよ!」

「イグランもベトワールも使ってる物はさほど変わらないよ」

「……」


 こんな装備をしなくても、剣も矢も避ければ良いだけだ。

 そんな気持ちでムスッとしている私を尻目に、スリフトがちゃっちゃと私の身体に装備を付けていく。


「キユリ、準備はできたか? 頼まれていたものは全て所定の位置に……君が着ると新兵だと丸わかりだな。ぶかぶかだ」


 いつまでも簡易テントから出てこないので様子を見に来たヤロウが、私を見てふっと笑った。


「ねぇ、これもっと小さいのなかったの?」

「それでも小柄な兵の物を用意したんだが、女性の君では無理があった様だな」


 マントでも羽織って装備なんてつけなきゃ良かった……。


「作戦の方はもう兵に伝えてくれた?」

「あぁ。……なぁ、やはり敵陣へはアスター王子とスリフト、私の三人が行けば良いのではないか?」

「言ったでしょ。私には私の役割があるの。心配しなくても、主役の出番を取ったりしないわよ」


 戻ってから少しヤロウと話したが、娘と同じ年頃の私が戦場に出るのは気が気ではないのだそうだ。

 今夜の作戦を伝えた時も、三人いれば私は必要ないだろうと敵陣に乗り込むメンバーから外そうとした。子を持つ彼なりのちょっとした親心なのかもしれない。


「あれを本当にやるのか? 私が?」

「当たり前よ! 世界を震撼させてやるぜ、くらいの気持ちでやってね」

「だがな……」

「良い? 大切なのは衝撃と畏怖。いつの時代も戦場においてこれは変わらないの。相手に考える隙を与えちゃダメ。今回の件は、いかにも屈強って感じのあなたがうってつけなのよ、わかった?」

「とんでもなく気が重いが、承知した……」


 しぶしぶと言った感じのヤロウだったが、戦場において相手の心理をいかに突くかというのは戦況を大きく左右する。

 戦争というのは、馬鹿正直に正面からぶつかっていれば良いというものではない。

 要するに、重要な場面で必要なのは、状況を相手に信じ込ませるだけの演技力なのだ。

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