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37.葉脈作戦

「あなたを見ていると、なぜかかつてのマーガレット王妃を思い出します」

「……マーガレット、王妃をですか?」

「破天荒で猪突猛進。だけど、その言葉には恐ろしいほどの熱があり、誰もが説得されてしまう」

「私は、熱弁したつもりはありませんが……」


 確かにマーガレットは、これと思うと猪突猛進なところがあった。

 そんでもって、話を聞いている内にいつの間にか彼女の話を承諾してる自分がいる。

 でも、私にはあんな風に人を動かせるカリスマ性はない。


「これだけのものを揃えて目の前に出されれば同じことですよ。……大元帥。これはあなたの入れ知恵ですか?」

「パキラや各商会を取り込んで来たのは私だ。だが、ライ麦で人々を救うことを考えたのは、ここにいるキユリと彼女の弟だ」

「あの小さな賢者ですか……。パキラ提督、あなたはなぜそこまでベトワールに肩入れを?」

「イグランのせいで俺の平穏な生活は奪われた。俺はなにも、好きで海賊やってるわけじゃねぇんだ。本当に平和になるってんなら手を貸すまでだ」

「そのために命をかけると?」

「理由が足りねぇか? そうさな、俺の大事な思い出をほいほい語りたくはないが、ベトワールには船員たちの命の恩人と、背中を守り押してやりたい奴がいるってだけだ」

「……なるほど」


 そう言うと、モクレンはもう一度、机の上に並んだ証書を見つめた。


「ツヅミ大元帥。もしも、ベトワールがイグランに勝ったら、イグランはどうなるのでしょうか」

「国王ナルシサスには全ての責任を取ってもらう。だが、イグランの国民を蹂躙したり、国を乗っ取ることは決してしない。カクタス国王陛下もイグランの民たちが一日も早く平和を取り戻すことを望んでいらっしゃる。俺はもう大元帥じゃないが、仮にベトワールがイグランに報復をしようと言うのなら、俺が全責任を取り必ず止めると誓おう。マーガレット様の時のようにはさせない」

「……まったく、夢物語ですね」


 そう言ったモクレンは、アスターへと視線を向け、その後私の方へと顔を向けた。


「舞姫。聖女の名を語る、戦乙女。猊下があなたに会うのを拒むはずです……。あなたを魔女と断罪するには、その先の未来が尊くもったいないとさえ思えてしまう。まるで悪魔の囁きに思えてならない」

「生身の悪魔に会えることなんて、早々あることじゃありませんよ」

「悪い冗談はおよしなさい、舞姫。……神の言葉を借りるあなたを、主はいつも見ておられる。それを忘れてはいけません」

「わかっています」

「……葉脈作戦。乗りましょう」

「……え?」

「何を驚いているのです。せっかく話に乗ると言っているのに」

「いや、教皇様に相談してみるとかそう言う流れじゃ……?」

「猊下に相談する必要などありませんよ。我々はただ、ベトワールからのライ麦の寄付を各地へと運ぶだけ。それを他の物へ変えるために、時折商会に物々交換を頼み、各国の商会が勝手にライ麦を売り、栽培した。イグランでも、我々が育てたライ麦を貧しい者たちへ配り、勝手に民がそれを増やすだけ。教会はただ、これまで通りの生活を営んでいるだけなのですから、猊下に相談することなど何もありません」

「枢機卿……」

 

 その顔に穏やかな笑みを取り戻したモクレンの発言に、私は少し面食らった。


「人は全て神の子。命を尊重し合い、手を取り、助け合って生きていけと主はおっしゃられています。相応の理由がない限り各国とは争わない、干渉し合わないことが定められていますから、イグランの戦争に我々が口を出すことはできません。ですが、消えゆく命から目を背け続けることなどできるはずはないのです。私たち教会は、一日も早く平穏な日々が世界に訪れることを祈っています」

「……交渉成立ですね」


 それから、私たちは今後の流れについて話し合った。

 ただ話を聞いているだけのアスターは少しもの言いたげだったけれど、一応身分を隠している彼に発言権があるはずもなく、話し合いは終わった。


「枢機卿。良い返事を聞けたこと、本当に感謝する」

「ツヅミ大元帥、いや、今はツヅミ殿とお呼びしましょう。ツヅミ殿、マーガレット様の遺志を継がれたこと、教会の人間として感謝いたします」

「一日も早く平和を取り戻せるよう努力すると、約束しよう。では、我々はこれで」

「あぁ、お帰りの前に舞姫と少し話がしたいのですが、よろしいですか?」


 外へ出る扉の前へ来たところで出た、二人きりでと言う意図を含んだモクレンの言葉に、ツヅミは少し返事をためらった。


「良いわよ」

「だが、キユリ……」

「大丈夫。先にみんなで外出てて」


 心配そうなツヅミの肩を叩き、私は彼らを外へと促した。

 モクレンから殺意は感じないし、交渉が済んだばかりで私を手にかける理由もメリットも教会にはない。

 

「さて、舞姫。誰もいないので少し本音で話しましょう」


 ツヅミたちが教会を出て扉が閉まったのを確認すると、モクレンはその顔からまた穏やかな表情を消し去った。


「殿下の手前、あなたを追求することは避けましたが、神に使えるものとしてこれだけはあなたに聞いておかなければならない」

「なんでしょう、枢機卿」


 その目に鋭い光を宿したモクレンは、すっと目を細めた。


「あなたはなぜ、神の言葉を偽り語るのです。偽りの聖女よ」

「私は聖女を名乗った覚えは一度もないんですけどね……。あなた方からしたら、神の名を口にし、その言葉を借りる私など魔女そのものでしょう。私もそう思います」

「自らを魔女と認めると?」

「はい、あるいは、いいえ。どちらになるのでしょうね」

「主の前で、話をはぐらかすものではありませんよ」


 ここでそうだと言ったら、彼はどうするつもりなのだろう。

 鋭い眼光を向けられてはいるが、殺意はなく、怒っているのとも違う。


「最初の質問に応えましょう、枢機卿。私は、戦の象徴となるために、聞こえもしない神の言葉を借りているのですよ」

「戦の象徴?」

「戦場に舞姫あり。東にいた頃、イグランの兵がそう言っていました。東の諸外国でも、舞姫は有名です。そしてベトワールでも、私はその名を轟かせ、戦の象徴となる。なので、イグランからしたら私は魔女となるでしょう。既に戦場じゃ魔女以外にも言われ放題ですから」


 私は茶化すように肩をすくめた。


「でもそれで良い。イグランにとって私は何よりも憎しみの対象となり、ベトワールや諸外国にとっては希望の光となる。けれど、戦争が終わった時、憎しみの対象が消えることで敗戦国イグランの民の留飲が下がり、勝利した国は光を失う。痛み分けです」

「あなたは……」

「戦の象徴がその命を散らすことで、本当の意味で人々は終戦を迎える。憎しみが次の憎しみを生まないためには、痛み分けをするしかないんです。誰かが、責任を取るしか……」


 終戦と言う生ぬるい言葉で、憎悪を抱いてしまった人間の心は止まらない。

 私はそれをこの七年で嫌と言うほど見て来た。

 だからこそ必要なんだ。善も悪も、人が抱くその全ての感情を受け止める象徴が。


「なぜそこまで……?」

「ただの自己満足ですよ、枢機卿。私は弟たちに、平和な世界で自由に未来を生きて行って欲しい。出生も身分も関係ない世界でただ自由に……。だから、本当の意味で戦争を終わらせたい。そのためなら、神様に喧嘩も売るし、魔女や悪魔にだってなれる」


 この未来は、マーガレットと見た夢。


「最後は、同じく戦の象徴たるナルシサスと刺し違えるつもりでいるけど、もしもうかっり生き残っちゃったら、その時は枢機卿が裁いてくれます? 戦争は終わったんだって、みんなに知らしめてよ」


 お願い、と言って笑うと枢機卿はまたその顔から穏やかな笑みを消してしまった。


「舞姫……いや、キユリ。あなたは……」

「少なくとも、ベトワールの戦争は、私のせいで始まってしまった。だから、私がちゃんとこの戦争を終わらせなくちゃいけない」

「あなたのせいで始まった……? 待ってください。マーガレット王妃がスラムで亡くなった理由が、あなたにあると?」


 私は、懐から出したイアンぺリアルトパーズの付いたナイフをモクレンに見せた。


「これは……! いえ、詳しく聞くのはやめましょう。国に属さない私が、一国の王家のことを知るのは身に余ります」


 聡明なモクレンのことだ。今の一瞬で、ある程度のことは理解したのだろう。

 モクレンは、何かを振り払う様に頭を振った。


「キユリ。仮にあなたが象徴たる者になれたとして、マーガレット王妃のために命を散らし、スラムの弟君をおいて行くのですか?」

「……嫌なこと言うなぁ。でも、あの子はもう私がいなくても生きていける」

「拾った命を捨てると?」

「保護者としての責任は十分果たしました。拾ってしまった責任も……」

「……。あなたの様な人をわがままと言うのですよ」

「十分知ってます。きっと恨まれることもわかってます。……ねぇ、枢機卿。わがままついでに、もう一つお願い聞いてない?」

「あなたがそう言うと、少し身構えつつも耳を傾けてしまうのはもう、私は魔女に魅了されたと言うことなのでしょうね」

「私は偽りの聖女。偽りの魔女。魅了されて良いじゃないですか。どうせ期間限定なんだから」

「はぁ……。聞きましょう」

「あのね――……」


 それから、私の話を聞いたモクレンは、驚きと呆れの表情で盛大なため息をついた。

 そして、独り言だと言って、イグランの動きについてとても重大な情報を教えてくれた。

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