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36.孤児の集まる教会

「今からおよそ十年前、とある教会の前に孤児が捨てられていたそうです」


 モクレンの話では、元々教会には孤児が捨てられることはままある。

 だが、その十年前とやらから捨てられる孤児の数が異様に増えた。

 そしてもっと不思議なのは、その捨てられている様。普通なら金のない親や娼婦が育てるのに困って、孤児は最低限の身ぐるみで捨てられるのだそうだ。


「けれど、その教会に捨てられる孤児たちは、必ず食料品などと共に教会の者が掃除に出る夜明け頃、門扉の前に捨てられているのです。彼らは、ほとんどが乳飲み子で、どこから来たのかを聞く術はなかったそうです。ですが、当時不思議に思った修道女が、捨てられた孤児の中で言葉を話せる年齢の子どもにどうやって教会へ来たのかと尋ねたそうです。すると、みなが口を揃えてこう言ったそうです」


 穏やかな笑みのまま、モクレンは一息置いて私を見つめた。


「優しいお姉ちゃんが連れて来てくれた、と」

「それ、城下街ブルームにある教会の話ですよね? ブルームじゃ有名な話です。孤児が増えたのを聞きつけた王城が、彼らを育てる資金を全て出したって。当時、スラムでも噂になってました」


 ブルームと言う同じ地域の中にあるとは言え、スラムと教会ではかなりの距離があった。

 それでもあの教会は、ハチス教徒の貴族が多くの寄付をしていて、人の良い修道女がいることで有名で、その話はスラムにまで届いていた。


「でもまさか、一人の人間が孤児を教会に集めていたなんて」

「……そうですね。私もその話を聞いた時、驚きましたよ」

「どこぞの闇娼館の母様(かかさま)なんじゃないですか」

「だったら話は早かったのですがね。来た場所を覚えていた孤児たちによると、どうやらスラムから来たようなのですよ。城下の、あなたが生まれ育った。ご存じありませんか? その優しいお姉ちゃんを」


 モクレンが本題を切り出したところで、聞きたかったのはそれかと、私の中で合点がいった。


「捨てられた孤児と一緒に置かれていた食料類は、全てスラム近くの平民街で売られていたものだったと調べもついているのですが、肝心な孤児たちの恩人が見つからない。そして七年前、スラムからの孤児の来訪は、ぱたりとなくなってしまった。同時に、孤児たちと一緒に置かれていた食料とは別に、定期的に届いていた匿名での物資も届かなくなってしまった」


 いったいどこの誰なのかとわざとらしく首を振るモクレンに、私は顔色一つ変えず、誰にも聞こえないほど小さなため息をついた。


「知りませんね。その優しいお姉ちゃんが、十年前にいたのなら、私も今頃教会の孤児になってたでしょうね」

「そうですか。スラムに捨てられた孤児が、どのような結末を迎えるかは想像に難くない。けれど、金のない親はそれを分かった上で、孤児をスラムに捨てる。だからこそ、孤児を救ってくれた()()に、一目会い感謝を申し上げたかったのですが……」

「それは残念ですね。ですが、そもそも子どもの話だけを鵜呑みにして、スラムに聖女がいたなんて少し話が飛躍しすぎなのではありませんか? あの掃き溜めに、聖女などと呼ばれる人間は存在できませんよ」

「……」


 私の言葉に、モクレンは沈黙した。だけど、私は本当に聖女など知らない。

 仮に私が聖女だったなら、セージを自分の寂しさを埋めるために自らの隠れ家へ連れて行くことはしなかった。

 スラムに子どもが増えると自分たちの食いぶちが減るからと、教会に押し付けたりもしなかっただろう。

 善意や慈悲なんかじゃない。

 まぁ、私がスラムに捨てられた子どもたちをブルームの教会に連れて行ってるって話したばっかりに、マーガレットが教会へ乗り込んで行った時はさすがに驚いたけど、おかげで彼らは何不自由なく暮らせたことだろう。

 

「仮にその聖女様とやらが本当にいたなら、助かった孤児たちが今も無事に生きているだけで十分なのではないですか。きっと、聖女様は見返りなんて求めていませんよ」

「恩人を探すのは諦めた方が良さそうですね」


 名乗り出る気がないと察したモクレンは、話を切り上げてくれた。

 ただでさえ言う気はないが、アスターたちがいるこの場では少しでもマーガレットと繋がるような話は避けたい。


「では、お約束通りあなたがたの話をお聞きましょう。舞姫」


 そう言って、モクレンが軽く右手をあげると、こちらへ向いていたどこからかむけられている視線の気配が消え、その場を離れる足音がいくつか聞こえた。

 どうやら本当に私に対して聞きたいことがあっただけで、危害を加えるつもりはないらしい。

 アスターたちの前で捕縛劇が始まったらと警戒していたけれど、杞憂だった様だ。


「お気遣いありがとうございます。……枢機卿、単刀直入に言います。イグランが絡む全ての戦争を終わらせるために、ハチス教会の力を貸していただきたいのです」

「ほう……」

「……!?」


 気を取り直し、私はここへ来た本題を口にした。だが、その言葉に驚いたのはモクレンより、言葉こそ発しないアスターとスリフトがの方だったのが横目に見えた。

 良い反応だ。私たちが何をしようとしているのか、ちゃんと聞いていてもらわないと困るんだ。

 ベトワールが向かう先は、決して王妃の復讐ではなく、王妃の目指した平和な世界なのだから。


「わかっておいででしょうが、ハチス教会は各諸外国に拠点を置きながらもどの国にも属さない治外法権の組織。あなたは、その我々に、ベトワールに肩入れしろと言うのですか。舞姫。特定の国のためにハチス教会が動くことは、決してないのですよ」

「ご安心ください、モクレン枢機卿。騎士団を出せと言っている訳ではありません。それに、あなた方が肩入れするのは、貧困に苦しむ全ての国の人々です」

「全ての国……?」

「ハチス教会は、国をまたぐ治外法権組織。国とは違う、あなた方にしかできないことがあるのです。戦争が終わっても、争いの根源をどうにかしない限り、戦の芽ははまた生まれる。だから……」


 私は、机の上にライ麦の束を置いた。


「ライ麦?」

「それは、私の弟が品種改良したライ麦。従来の小麦とは違い、寒さに強く、栽培を繰り返し痩せてしまった土壌でも良く育ちます。また、食品にした時の栄養価も高い」


 まぁ、ここまでは私にくっついていた暗部たちから聞いているだろう。

 

「今後、このライ麦をベトワールで大量生産します。ですが、ご存じの通りベトワールは諸外国との貿易をイグランに妨害されているため、他国へ輸出する術を持ちません。けれど、あなた方ならそれが可能ですよね」


 ハチス教会は基本的に国をまたぐために、物資の行き来を独自の輸送ルートでさせることがある。

 もちろん、検疫を行う国もあるが、食料の行き来など日常茶飯事で誰も気にも留めない。

 その上で、私たちは既にイグラン以外の国へと手回しを終えている。品種改良され、貧困救済を見込めるライ麦を送る代わりに、ベトワールの支援物資を教会を通じて届けてもらう。


「これは、各国の大規模商会との協力契約証書です」


 そこには、陸海で幅を利かせる各商会長のサインと、各国の王や大臣のサインが記載されている。

 本当は各国が一斉に立ち上がり、イグランに反旗を翻せば話は早いのだが、西の孤独なベトワールとは違い、東側は多くの国が政治的、民族的、文化的に複雑に絡み合っていてそうもいかないのだ。

 だからこそ、それぞれの国とベトワールとの協力協定を水面下で取り付けた。

 

「……確かに、我々のルートを使えばライ麦くらい運べるでしょう。各国がそれらを自分たちの国でさらに栽培すれば、飢えに苦しむ人々は救われる。けれど、そうして諸外国が息を吹き返せば、イグランの民はますます……」

「枢機卿、これを」


 私は、幾重にも重なった協力契約証書の中から、ある一枚を取り出した。


「これは……!」


 それは、イグランの商会の証書だ。

 もしも教会と商会が繋がっていることがバレれば、商会長の首は飛び、商会など文字通り消し炭となるだろう。

 それでも、国王ナルシサスの意向に反旗を翻し立ち上がろうとしている人々が、あの国の中に存在する。

 諸外国の中で、一番貧困に喘いでいるのは間違いなくイグランなのだから……。

 マーガレットなら、必ずイグランの民も救うと言うはずだ。


「私が戦争を終わらせるまでのもうしばらくの間、イグランを含め、戦争によって飢えに喘ぐ人々の命を繋いで欲しいのです」


 神の説法だとか、聖書の教えだとか、そんなのは私にはこれっぽちもわからない。

 だけど、本当に本気で、人を愛し命を粗末にするなと言ったのら、(あんた)の力で動かしてみせてよ。

 証書を見つめ動かないモクレンに、私は部屋の隅に飾られた聖母像へ視線をやった。

 話の下手な私と違って、マーガレットならきっと、言葉を尽くして教会も説得してしまうのだろう。


「汝、大地に水を与えよ。種をまき、芽を吹かせ、命の花を紡げ……」


 確か、教会の教えの中に、そんな一節があるとマーガレットから聞いたことがある。


「大地に張った根を通り、あなたがたは各国の草葉へと養分を運ぶ。そして、消えゆく命の花を繋ぐ。……名付けて、葉脈作戦。いかがですか?」


 お得意の微笑みを消し去ったモクレンは、さっきまでとは全く違う瞳で私を見つめた。


「……はぁ」


 そして、とても重く長い溜息をついた。

インフルエンザにかかって死にかけてました。

みなさんも、体調には十分お気を付けください……!

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