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35.モクレン枢機卿

 不意に七年前のことを思い出しながら馬を進めていると、おもむろにツヅミが馬を寄せてきた。


「キユリ、パキラは殿下に何と言っていた」


 そして、アスターたちに聞こえない様に小声で私にそう問いかけてきた。


「ツヅミ。あんたね、いつもいつも私が他人の話盗み聞きしてると思ってるんでしょ?」

「あ、いや、そう言うことではないが……。パキラが何か殿下に失礼なことを言ってないかと心配になってな」

「アスターかパキラに直接聞けば?」

「わざわざ追い出されたのに、答えてくれるわけないだろう」

「……はぁ。別に大した話じゃなかったわよ」


 バレない様に白々しく馬を寄せてきたと思ったら、そんなことかと盛大なため息が漏れる。

 まぁ、ツヅミからしたら、アスターも昔の少年のままなのだろう。

 まったく、どいつもこいつも……。


「大した話じゃないとはなんだ?」

「ツヅミが気にするほどの話じゃないわよ」

「気にするほどじゃないのなら教えてくれれば良いだろう」

「私の周りには今も昔も過保護な保護者ばっかりって話」

「は?」

「ま、それも悪くないけど」

「待て。本当に何の話だ?」

「さぁね。それより、教会に着いたらアスターのこと頼んだわよ。私に何があっても、最優先はアスターの命だから」

「……わかってる」


 真面目なトーンで話を変えると、ツヅミはこれから起きるかもしれない事態を想像したのか、少し緊張感を見せた。

 イグランの東側大陸。そのありとあらゆる場所で、神の名を借り戦場を駆け味方には聖女と言われ、敵には魔女だの悪魔だの呼ばれた私を、教会はどう思うか。

 一歩間違えなくても魔女裁判にかけられる可能性は大いにある。

 もし、教会が私を本気で捕まえようとすれば、私は戦争どころではなくなってしまう。

 それに、彼らが私を魔女としたなら、同行していたツヅミやアスターたちもどうなるかはわからない。

 だからこそ、私たちは優先順位を決めておく必要があるのだ。


「ま、話の分かるやつなら交渉の余地はあるはずだし、気楽に行こう」

「……そうだな」


 心配そうな顔をしているツヅミに、私は肩をすくめ馬を進めた。




 それから、私を呼んだモクレンのいる、ベトワールで一番大きな教会に着いたけれど、いつ行くとは言っていなかったせいか出迎えはなかった。


「目的地は教会か……?」

「アスター、スリフト。悪いけど、しばらく顔が見えない様にこれ羽織ってフード被っておいて」


 私は、王城から拝借して来たマントをアスターとスリフトに投げた。


「なぜ顔を隠す必要がある」

「あんたたちが誰かなんてバレてるけど、まぁ一応向こうに言い訳を用意しておかないといけないから」

「良い訳? 何の話だ?」

「ここは教会。戦場で神の名を借りる私は、いつ魔女と言われるかわからない。場合によっては関係者も裁判にかけられる。でも、一応顔を隠しておけば、教会側も誰だかわりませんでしたできっと逃げても見逃してくれる。いくら教会だって、王族とことを構えたくはないだろうからね」

「君は、今から何をするつもりだ?」


 私の言葉に眉を寄せるアスターに返答ではなくニヤリと含み笑いを見せ、私は教会の中へと足を踏み入れた。

 信者が自由に出入りできる大きな扉をくぐると、木製の長椅子が並び、その向こうに神の子を産んだとされる聖母の像があった。


「随分大きな聖母像ね」

「ここはベトワール最大の教会だ。君も神に祈ってはどうだ」

「全力で遠慮させてもらうわ」


 教会の奥へと進み、飾られている静かにたたずむ聖母とやらを見上げた私の横で、アスターとスリフトは膝を折り神へと祈りを捧げた。

 熱心な信者ではないにしろ、ベトワールの人間ならほぼ全ての人間がハチス教徒。この行動は、当たり前の流れなのだろう。

 マーガレットも、こうしていつも熱心に神に祈りを捧げ、ベトワールの人々と国の平和を祈っていた。

 だと言うのに、そんなあの人を神様とやらは守ってはくれなかった。


「……」

「何をそんなに見つめている」


 聖母の像を見ているといつの間にかお祈りを終えたアスターが立ち上がり、私を見ていた。


「別に。神ってのが本当にいるのなら、どうして私たちは戦争なんかしてるのかって、問いただしたくなっただけよ。悪のない世界を作れば良かったのに、ってね」

「主の作りし世界に、本来悪などないのですよ。誰かの善行を他の誰かは悪行と感じる。ただそれだけなのです」


 神様とやらに会えたなら絶対文句言ってやると息巻いていると、出入り口とは別の、教会内部へと繋がっている扉から見慣れない細身で穏やかな顔に笑みを浮かべる初老の男が姿を現した。そして、後ろに控える人間が二人。


「お待ちしておりましたよ。戦場の舞姫」


 後ろの二人は、先日接触を図って来た暗部の二人だ。と言うより、今の今まで私のストーカーをしていた二人と行った方が正しいだろう。

 どうやら、この男がモクレンで間違いないらしい。


「お初にお目にかかります、モクレン枢機卿。私はキユリ。この度はお招きいただきましてありがとうございます。ここにいる者たちは……いえ、ここに来るまでずっと我々を見守っていらしたのですから、説明は必要ありませんね」


 暗にあんたらの追跡にはずっと気付いてたぞと釘を刺すと、モクレンは顔色一つ変えず暗部の二人を下がらせた。

 どうやら、すぐにでも私を捕まえるつもりはないらしい。


「東の大陸で諸外国をイグランの脅威から守っていた聖女がベトワールへ来たとなれば、教会としてもあなたの動向を監視せざるを得ないのですよ。猊下もあなたを大変気にしておられます」

「監視については、神の御名をお借りした時から覚悟しておりました。まぁ、その割に教皇様には会っていただけませんでしたけど」

「あのお方は教会の者以外には会いませんよ」

「だから代わりにモクレン枢機卿が?」

「いや。あなたを呼んだのは猊下ではなく、私個人です」

「あなたが? なぜ、私を……?」


 思いがけないモクレンの言葉に、私は少し身構えた。


「個人的にあなたに聞きたいことがありましてね。ですが、その前に場所を移動しましょう」


 モクレンは、ちらりと私の隣にたつアスターを見た。

 いつまでも王子を立たせておく訳にはいかないと言うことだろう。

 私たちはモクレンに案内され、教会内部にある来客用の部屋へと場所を移した。

 

「枢機卿、私に聞きたいことがあると言いましたが、私はあなたの話を聞きに来たわけじゃありません。その辺、お分かりですよね?」


 聞きたいことだけ聞いてさよならと言われかねないので、私は、モクレンが話し出す前に先手を打つことにした。

 だが、私の言葉にモクレンは穏やかな笑みを崩さないまま、部下の用意したお茶をすすった。


「東の大陸の各国で傭兵として名を上げていたあなた方が、ベトワールへ来て妙な動きを見せ始めた。元大元帥とパキラ海賊の船長が今この場に居合わせていることも、私としては不思議でなりません。商船が運んでいた荷物についてもです。そう言った事の経緯と、あなた方がこの先で何を成そうとしているのかをお聞きできるのであれば、話を聞きましょう」

「要求は承知しました。けれど、私たちの話をする際は、人払いをお願いいたします」


 この部屋に来てから、殺意は感じないけれど、どこかで私たちを見ている人間が複数いることに気が付いた。きっと、隠し部屋か何かだろう。

 ツヅミも気付いているのか、警戒している。


「あなたの前で、隠密や覗き見は通用しないようですね。申し訳ありません。聖女と名高いあなたの顔を見たいと言う者たちがいたものですから」


 悪びれた様子もないモクレンは、再びお茶をすする。


「私の話が終われば、彼らも仕事へ戻ります。私の話は聞かれても問題はありませんので、このまま続けさせていただきます」

「……ご自由に」


 ペースを崩さないモクレンに私は呆れながらも、さっさと話せと先を促した。


「では、少々昔話をいたしましょう」


 そうしてモクレンが話し出したのは、私がまだスラムにいた頃のとある教会の話だった――。

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