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34.過保護な保護者たち

(七年前――)


「ちょっとちょっと! ねーちゃんを泣かさないでよ。それに、近いうちとか言ってるけど、全員の治療にはまだ数日はかかるよ。勝手に日程決めないでよね」


 私たちの様子を見ていたセージが、合間を縫って話に入って来た。


「ヴィジャナの呪いだけじゃなくて、あんたたちは船の悪魔にも取りつかれてる。僕が指示した様に、ちゃんとレモンやライムなんかの柑橘を定期的に海上でも摂取しないと、どんなにここで治してもまた死人が出る」

「わかってるよ。セージ大先生様。そのために、艦隊には商船の奴らも巻き込む。イグランに商売を邪魔されて怒ってる奴らは山ほどいるからな」


 病気にも医療にも詳しくない私では、セージの話はよくわからなかったが、彼らがヴィジャナの呪いにかかったのは、そもそも長い航海で船の悪魔……いわゆる栄養失調になり健康状態が良くなかったことが原因なのだそうだ。

 なんでも、その解決方法がレモンやライムらしい。


「キユリ、数日かかるなら俺がお前に戦闘を教えてやる」

「カラマツが? 私より弱いのに?」

「てめっ……! 俺の剣くらって吹っ飛ばされてたくせに、そう言うこと言うのか!」

「冗談よ。私、ツヅミ以外との実戦経験がほとんどないの。そう言う点で、カラマツからは学べることがたくさんあると思う」

「今度はいやに素直だな。まぁ、船員集めりゃかなりの訓練になるだろうから、みっちり勉強していけ」


 カラマツと対峙して、その切っ先が目の前に迫るまで、私はこの旅が命の奪い合いだと言う認識をちゃんとしていなかった。

 と言うより、頭でわかっていても、実感がなかった。

 一歩間違えれば、私の命は簡単に終わる。そして、相手の命も簡単に終わらせられるのだ。

 本当の戦場に立つ前に、それに気づけて良かった。


 それから、船員たちの体調が回復するまでの間、私はセージの手伝いをしながら合間に戦闘訓練を重ねた。

 ツヅミとばかり手合わせしたせいで、わかりやすい癖があるとカラマツに指摘されては、弱点を突かれ吹き飛ばされた。

 だが、取り分け暗闇で真価を発揮する私の能力には、カラマツも驚いていた。

 自分の弱点や長所を生かした戦い方は、騎士として正当な訓練や戦いしかしていないツヅミとはだいぶ違っていて、ツヅミが教えてくれるのが騎士道だとしたら、カラマツが教えてくれるのは総合格闘術と言ったところだった。




 その日、翌朝の出発を控え、私たちは提督の船で過ごす最後の夜を迎えていた。

 明日になれば、私たちは提督が手配してくれた商船でイグランの東側の大陸へと渡る。

 この船にいたのは短い間だったはずなのに、初めてできた仲間たちとの別れが惜しくなっている自分がいて、なかなか寝付けずにいた。


「夜風にでもあたるか……」


 すやすやと寝息を立てる弟を起こさないようにそっと布団を抜け出すと、私は甲板へ出た。

 だが、甲板に出ると先客がいたようで、話し声が聞こえてきた。


「ツヅミ。お前さん、本当にあの子を戦場へ出すつもりか?」

「今更止めろってか?」

「いや、あの子の覚悟は聞いた。お前が言ったからって、そうですかと聞き入れはしないだろう」

「俺がキユリを巻き込んだ。だから、必ずこの命に代えても俺があいつを守るつもりだ」

「数年も経たない内に、お前さんが守られる側にならなければ良いがな……」

「……そこは、全力で努力する」


 静まり返った夜の船上で、蝋燭の小さな灯りを頼りに、ツヅミと提督は酒を酌み交わしていた。


「何があっても支えてやれ。あの子の心を。戦場の悲惨さを目の当たりにするには、キユリはまだ若すぎる」

「……そうだな」

「あの子がただの少女に戻りたいと言ったなら、受け入れてやれ。マーガレット王妃だって、きっとそれを望んでる」

「あぁ。わかってるさ」

「例えお前さんたちに何があっても、ベトワールの海は俺が守り続けてやるから安心しろ」

「悪いな、友よ」


 私は、二人の会話に目をつぶり空を仰いだ。

 そして、気付かれないようにその場を後にし、すぐに部屋へと戻った。


「ねーちゃん?」

「ごめん、起こしちゃった?」

「明日のこと考えたら、眠ってもすぐに目が覚めるんだ」


 そう言うと、セージは目を擦り身体を起こした。


「ツヅミと提督、何話してたの?」

「なんで二人が話してるってわかるのよ」

「男は夜中に酒を飲みながら本音を語るって、前に酒場のおじさんから聞いた」


 スラムにいた頃、平民街にある酒場のおじさんが掃除や皿洗いをする代わりに、何度かご飯を分けてくれたことがあった。

 きっとその時に聞いたのだろう。酒場は情報の宝庫だといつしかセージが言うようになったのも、その影響か……。


「無茶するなよって話してた」

「そうなんだ」

「ねぇ、セージ」

「何?」

「明日のこと考えたら目が覚めちゃうのは、怖いから?」


 私は、セージの隣に腰かけ、さらさらと柔らかい弟の髪を撫でた。


「僕を置いて行こうとしてる?」

「……そうじゃない。でも、安全な場所にいて欲しいと思ってるし、セージの気持ちを尊重したいと思ってる」

「じゃぁ、僕はやっぱりねーちゃんと行くべきだと思う」

「べきって?」

「僕、前から漠然とこうだったら良いなって思ってたことがあったんだけど、この船に来て、やりたいことがはっきりわかったんだ」

「やりたいこと……?」


 本が好きで、知識を集めることに夢中な弟が、彼の中で漠然とでも何かを思っていたことを、私はこの時初めて知った。


「僕は、世界の医者になる」

「世界の医者……。お医者さんになりたいの?」

「違うよ。世界のって言ってるでしょ」

「どういうこと?」


 聞きなれない単語の繋がりに、私にはそれがどう言う意味なのかわからなかった。


「最初は、僕を助けてくれたねーちゃんのために頑張って勉強しようって思ってたんだ。だけど、具体的に何をすれば良いのか僕にはわからなかった。ねーちゃんは喧嘩も強いし、病気もしなくて、僕の出番なんて全然ないからさ」


 私にもたれかかり、ちょっと拗ねるように言うセージの気持ちに、私はただただ嬉しくなった。


「でも、この船で船員たちを助けることができた時、これだって思った」

「だから、お医者さんでしょ?」

「人を救うのも確かにそうなんだけど、ちょっと違う。ねーちゃんが戦争を終わらせるって言うなら、僕は次の争いが生まれないように、貧困や土地、環境の問題を治せる人になりたいって思ったんだ。戦争が起きない世界を目指す、すごく広い意味で人を助ける医者になりたいって。それがきっと、僕がねーちゃんのためにできることだって思ったから」


 弟の口から出た、私には想像もつかない程壮大ですごい夢に、私は驚嘆した。


「そのためには、色んな国を見て誰よりも多くのことを勉強しなくちゃいけない。だから、僕はねーちゃんと行く。僕は、僕にできることをしようと思う」

「セージ……」


 弟の気持ちに、自分は何て身勝手だったのだろうと反省した。

 何よりも大切な私の宝物が、ただ笑って生きていける世界をと思っていたのに……。

 守るべき存在だと思っていた小さな命は、いつの間にか大きくなって、私の手を離れて自分の足でしっかりと立ち、未来を見ていた。


「この先で何があっても、僕がねーちゃんを支える。ねーちゃんがもし戦場を離れたいと思ったなら、その時は僕も一緒に行く。他の方法で、何かできないかって一緒に考える。僕たちは家族だから、何があっても一緒だよ」

「……っ」


 本当は、戦場に行くことを誰よりも怖がっていたのは私なんだ。

 それを、セージもツヅミも提督も、みんな見抜いていたんだろう。

 口では偉そうなことを言っていても、またマーガレットとの約束を破ってしまうんじゃないかと怯えている。

 もっと強くならなくちゃ……。

 私は、優しすぎる弟を抱きしめ、静かに涙を流し、その日は久々に二人抱き合って眠りについた。




 翌日、私たちはイグランの東にあるマルタへと向かう商船に乗り込み、提督たちと別れた。

 不安だらけの旅立ちの第一歩は、強力な仲間との出会いで、それから提督は本当にパキラ海賊を大艦隊と言われるまでに成長させ、人知れずベトワールの海を守り続けてくれた。

 だが、イグランの海軍船をベトワールへと差し向けないために、常にイグランの海域で戦いを繰り広げていた彼らの情報が、イグランによって諸外国との情報のやり取りが封じられている西端のベトワールへ届くことはなかった。

 

 ***

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