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32.未熟な少女

(七年前――)


「治せる……だと?」

「で、でも、それは僕らの頼みを聞いてくれたらの話だ……!」


 セージの発言に、パキラの目の色がわずかに変わった。

 だが、それが怖かったのかセージはツヅミの後ろに隠れてしまった。


「ツヅミ、お前の入れ知恵か?」

「悪いが、俺はヴィジャナについて詳しくない。ベトワールは国交を結んでいないからな。だが、セージは俺が人生で出会った人々の中で最も記憶力に長けていると言っても良いだろう。生前、マーガレット様が自らの書物を分け与えていた程だ」

「王妃が? その子どもたち、何者なんだ?」

「それが知りたければ、俺らの言うことを聞け」

「……チッ。厄介な状況になったもんだ」


 状況的に見れば、何もかも私たちの有利に見えるけれど、子どもの言うことをはいそうですかと聞ける訳もないのだろう。

 私たちが騙しているとしたら、彼の船員が全員殺される可能性だってあるのだ。


「あんまり考えてる時間はないと思うよ。その人、早く処置しないと極度の脱水で長くは持たない。それに、船の中の人たちも早くした方が良いんじゃない?」

「……お前、本当に治せるのか? ここには、医者の使う道具なんざ何もないぞ」

「かも知れないって言ったでしょ。僕には実戦経験がないんだ。けど、道具は要らないし、上手く行けば船の悪魔もヴィジャナの呪いも両方治せると思う」


 そう言うと、セージはツヅミの後ろに隠れて荷物をがさごそと漁り始めた。

 

「小僧。何もないこの場所で、何ができる? まさか、自分は本物の錬金術師だとでも言うつもりか?」

「錬金術? そんなものはペテンだよ。鉄くずは金にはなれない。でも、くずだと思っているそれが、金にも等しい輝きを持つことを僕は知ってる。鉄くずには鉄くずにしかできないことがある」

「セージ、本当にできるのか?」

「ツヅミ。僕を疑うのは勝手だけど、今回はマーガレット様に感謝するんだね。船の呪いやヴィジャナについて教えてくれたのは、マーガレット様だ」


 そう言うと、荷物を漁り何かをしていたセージが「できた」と言って液体の入った小瓶を頭上へ掲げた。


「僕らの言うことを聞いてくれるなら、この薬をあげるよ。この場に全員分の材料があるとは言えないけど、港へ戻ればすぐ手に入れられる」

「得体の知れないそんなものを、俺の部下に飲ませろと?」

「嫌なら交渉決裂だね。あんたの部下は遅かれ早かれ、ここで全員死ぬ」

「……おやっさん。俺が……飲み、ます……」


 セージとの交渉にパキラが苦虫を噛み潰したような顔でいると、さっき私の目の前で嘔吐した男が、意識を朦朧とさせながらそう言った。


「何言ってんだ、ラクヨウ! そんなのダメに決まってる! おやっさんも、そんなガキの言うこと本当に信じるのか!?」

「カラマツ……」

「……兄さん、良いんだ」

「ダメだ! ヴィジャナの呪いに罹ったって決まったわけじゃない! あんなもん飲んで、お前が死んだら……!」


 アンバー色の瞳が、ツヅミの後ろにいるセージを睨みつける。

 見ず知らずの、それもまだ子どもの話を真に受ける訳にはいかないのはわかる。

 それが兄弟なら、なおさらだろう。私だって、セージに変なもの飲ませようとする奴がいたら全力で阻止する。

 だけど、兄弟だからこそ、私はセージが救えると言った言葉を誰よりも信じているのだ。


「じゃぁ、こうしない? 私とあんたで勝負して、私が勝ったらその人にセージの薬を飲んでもらう」

「俺が勝ったら?」

「薬のレシピを教える。飲むか飲まないかは、その後決めれば良いし、私たちの命をどうするかも好きにして良い」

「……随分、自信があるんだな。俺はこの船で一番強いぞ」

「それは好都合ね。私は、こんなところで立ち止まっていられないの」

「わかった。お前の話、受けて立つ」

「……兄さん」

「安心しろ。お前をあんな奴らに渡したりしない」


 抱きかかえた弟を他の仲間に預け立ち上がったその男は、細身の長身の割に、全身にしなやかな筋肉を纏っているのがわかる。

 それに、あの感じ……。


「キユリ、あいつは強いぞ」

「わかってる」


 ツヅミも同じことを思ったのだろう。

 隙のない奴と言うのは、ただ歩いているだけのその身のこなしに、本能が警鐘を鳴らす。

 私は、前に出て再び剣を構えた。


「殺す気で来い。俺はお前を殺すぞ」

「できるもんならやってみなよ」


 そして、深く呼吸をする間もなく、私たちは大地を蹴った。


 ――キンッ! カンッ!


 力試しに真正面からぶつかれば、とんでもない迫力と威力で押し返される。

 だと言うのに、不意を突こうにも、その長身からは考えられないほど死角がない。

 この男、本当に強い……!


「大口を叩いた割にそんなものか?」

「防戦一方のあんたに言われたくないわよ!」

「そうか……なら、本気で行こう」


 数分の剣戟はただの手合わせ。

 こいつがまだ、本気までいくつかの段階を持ち合わせていることくらいわかっていた。


「はぁっ!」

「ッ……馬鹿力……っ!」


 だが、本気と言った言葉が嘘か本当か、一打の重みが急に変わった。

 

「その細腕で、俺の剣を受けるか」

「私はこんなところで負けたりしない!」


 そう言いながらも、剣を受けるごとに手が、腕が、その重さにしびれを感じる。

 こんなありふれた剣じゃ、受け続けることもままならなくなりそうだ。

 それなら……。


「受けるだけでは勝てないぞ」

「わかってるってーの!」

「なら、本気で来いっ!」


 相手の剣の握りがさらに強くなったその時、私は男の視界から姿を消した。


「……どこへ?」

「カラマツ! 上だ!」


 私の剣の切っ先が男へと届こうとすると、周りの仲間が彼に危険を知らせた。


「良く動く小娘だ」

「気付いたって遅いわ!」


 頭上からの攻撃は、大抵の場合避けるしかない。

 そうなればもう、首はこっちのもの……!


「甘い!」

「嘘ッ!?」


 だと言うのに、カラマツと呼ばれたその男は、半身を下げたかと思うと、半身分の反動を使い勢いで私を叩き落とそうと剣を振るってきたのだ。

 真横から直撃した剣をとっさに受けたけれど、その威力で私の身体は吹き飛んだ。


「くっ……!」

「キユリッ!」

「ねーちゃん!」


 地面に叩きつけられた私は、肩を強打し一瞬息ができなくなった。

 だが、ツヅミとセージの焦った声に視線を上げると、カラマツの剣先がすぐ目の前に迫っていた。


「終わりだ、死ね!」


 やばい、本当に死ぬ……!

 そう思った時、私の中で二つの光景がフラッシュバックした。


 ――ねぇ……ちゃん……。


 ()らなきゃ、殺される――。

 

 ――キ、ユリ……。


 奪わなくちゃ、奪われてしまう。

 何よりも大事なものが――!


「……!」

「こいつっ!」


 そこから、何があったのかはよく覚えていない。

 けれど、私はただ、相手の息の根を止めなくちゃと言う鬼気迫る何かで突き動かされていた。


 もっと早く。もっと強く。もっと、もっと……!

 今すぐ、この男の息の根を止めなくちゃ!

 守らなくちゃ……!


 ――キユリ、これだけは約束して。

 ――約束?

 ――そう。決して……――。


「やめるんだ! キユリ!」

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」


 気が付いた時、私は剣を投げ捨て、懐に忍ばせていたナイフの切っ先をカラマツに馬乗りになり、その首元にわずかに触れさせていた。


「……ッ……はぁ……」


 私は、何を――?

 ツヅミの声が聞こえなきゃ、殺してた……。


「はぁ……はぁ……」

「お前、なんで泣いてる?」

「……っ!」


 セージの時も、マーガレットの時も、私は何も守れなかった。

 でも、守ると誓った。私の一番大切なものを守ってくれたマーガレットが愛したものを――。

 なのに、私はどうしてこんなに弱いのだろう……。

 

 私は、ナイフを下ろし、カラマツの上からどいた。


「……お願いします。セージの言うことを聞いてください。あの子なら、絶対にあなたたちを助けられる」


 そして、カラマツとそれを見ていたパキラたちに対し、深く頭を下げた。


「私は、この戦争を終わらせたい。だけど、一人じゃ何もできない……。だから、力を貸して下さい」


 私がしようとしていることは、命の奪い合いじゃない。

 この命ひとつで終わる戦争であってくれれば話は簡単だったけれど、そうはいかない。

 だからこそ、私は前に進まなくちゃいけないんだ。強くなって全てを終わらせるために……。

 私は、自分の不甲斐なさに涙を流しながら、パキラが顔を上げろと言うまで、頭を下げ続けた。

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