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31.それぞれの想い

「何のつもりだ、小僧」


 アスターの行動に、提督の眉がピクリと動いた。


「これは、ベトワール第一王子としてではなく、アスターと言う一人の人間としてするべきことをしているまでだ」

「……」


 提督は、ただ無言で深々と下がったアスターの後頭部を見下ろしていた。


「不平等な講和条約により多くの貴族や平民たちが我々の手からこぼれ落ちて行ったこと、母が亡くなった時、戦争になるのを止められなかったこと、未だ戦況を優位にできないでいること、全て言い訳はしない。最後に取るべき責任は、必ず取るつもりでいる。だが、戦場に立っていれば、再びあなたに会える保証はない。だから、この場を持って伝えておく。七年間、ベトワールを陰から守り支えてくれたこと、本当に感謝する。ありがとうございます」


 ――この戦争の責任は、私が全部取らなきゃいけないの……。


 アスターの言葉に、なぜか七年前に提督と話した時のことを思い出した。


「ったく、どいつもこいつも……。おい、キユリ! そこの護衛二人連れて外出てろ」

「なんで?」

「いいから! 男同士の話ってのが、時にはあるんだよ。それと、護衛二人はそのまま振り向くんじゃねーぞ」

「……わかった」


 なんだそれと言いたいところだけど、聞かれたくない何かがあるのだろう。

 私は、アスターを気にするスリフトの背を押し、ツヅミと共に船内から甲板へと出た。


「おい、海賊団の船長とアスターだけ残して本当に大丈夫なのか!?」

「提督がアスターを傷つけることはないから、黙って待ってなよ」


 懐疑的なスリフトを尻目に、私はツヅミの隣で壁に寄りかかり耳を澄ませた。

 ちゃぷちゃぷと波が船に当たる音の中に、小さく漏れ聞こえる提督とアスターの声……。


 ***


「小僧。お前が一人の人間としてと言うのなら、感謝なんざいらねーから、俺からの頼みを一つ聞いてくれ」

「頼み?」

「あぁ。俺の頼みが難しいか難しくないかは、お前さん次第だがな。やることは簡単だ」

「聞こう」

「キユリを支えてやってくれ」

「……それだけか? 命を守れとか、王子の権限で戦場から外せとかではなく?」

「そうだ。あの子は自分の命くらい自分で守れるし、お前さんには想像もつかない程の覚悟で戦場に立ってる。それを俺に止める権利はねぇ。だがな、優しすぎるあの子に、戦場は辛過ぎるはずなんだ。だから、そばにいるお前が支えてやってくれ」

「……」

「なんだ、不満か?」

「いや、善処しよう」


 ***


 会話の一部始終を聞いて、私はため息をつきながら空を見上げた。

 七年前と比べれば、私も色々な面で成長したと思う。それでもきっと、提督の中での私は、まだ十歳の少女なのかも知れない。


「待たせたな」


 空を見上げて数十秒。

 話を終えた提督とアスターが甲板へ出てきた。


「男同士の密談は終わり?」

「変な言い方するんじゃねぇ。それより、王子と大元帥連れて、一緒に行くところがあるんだろ?」

「そうだった。時間もないしさっさと行こ」

「待て。さっきから、行くところとはどこだ? パキラに用があって来ただけじゃないのか?」


 船を下り、置いてきた馬の元へ向かおうとすると、アスターが聞いていないぞと行き先を追求してきた。


「キユリ。俺も、アスターの護衛としてこれ以上どこへ行くかへわからないままなのは賛同できない。できれば、どこに行くのか教えてくれないか?」

「スリフト、そんなにピリつかなくても、危ない所に行く訳じゃないわ。何より、ツヅミがいるんだから安心でしょ」

「それはそうだけど……」

「そうね。強いて言うなら、私の大っ嫌いな概念(存在)の顔を拝みに行くって感じかな」

「ますますわからないんだが……」


 スリフトの不安を余所に、私は馬へと飛び乗り、教会へと馬を進めた。


 ***


 七年前――。


「懐かしい顔が来たと思ったら子連れとはどういうつもりだ? 大元帥のツヅミさんよ。それはお前の隠し子か?」


 マーガレット暗殺事件の数日後、城下の街を出たセージと私は、ツヅミに連れられ薄暗い洞窟のような場所にいた。

 今朝方、港でイグランからの宣戦布告の話を聞いた私は、城下を出発する時のことを思い出していた。


 ――いいか、キユリ。まずは、パキラ海賊を説得しに行く。

 ――海賊?

 ――そうだ。これが上手く行かなければ、俺たちの戦いはここで詰む。

 ――出だしからそんなんで本当に大丈夫なの?

 ――可能性はゼロじゃないって言ったろ? だが、全てが綱渡りなのは否定できない。

 ――付いてく相手間違えたかも……。


 綱渡りの旅の初め。私たちは最初の協力者を求め、初めて海を見た感動も早々に吹けば飛ぶような小舟に乗り、打ち付ける波を何とかこらえながら崖沿いを進むと、そこには大きな船が停泊している洞窟があった。


「この子たちは俺の子ではないが、連れだ。それに、俺はもう大元帥じゃない。貴族の地位も捨てたただの人の身で、昔の縁があるお前に頼みがあって来た」

「王妃を殺された責任でも取らされたか? そんで、行き場がないから得体のしれない連れ子と海賊にでもなろうって腹か?」


 ツヅミに連れられまだ始まったばかりの旅だと言うのに、洞窟に入り小舟を下りるなり早々、私たちは剣を手にした海賊に囲まれていた。

 だが、なぜだろう。私たちを取り囲む彼らの様子が、どこかおかしい気がした。


「違う。ベトワールは間もなくイグランと戦争になる。もう既に、宣戦布告がなされた」

「戦争?」

「そうだ。だが、ベトワールは最初こそイグランを押し返すが、勝利は難しいだろう」

「だから逃がしてくれと?」

「違う。俺は、亡きマーガレット様の遺志を継ぎ、全ての戦争を終わらせる! だが、それには時間がかかる。その間、ベトワールの海をお前に守って欲しい」

「何を言い出すかと思えば……。お貴族様の夢物語も大概にしろよ、大元帥。お前の戯言に付き合っている暇は俺たちにはない。子どもたち諸共殺されたくなけりゃ、さっさと帰れ」

「ツヅミの言ってることは、戯言じゃない!」


 手下たちの後ろで、ツヅミを鼻で笑った男に、私は思わず声を上げていた。


「私は……、私が戦争を終わらせる! だから、力を貸して! お願い!」

「じょーちゃん、大元帥に何をそそのかされたか知らないが、お前みたいなのが戦場に出ても死ぬだけだぞ」

「……そんなのわかってる。でも、私には戦場に立つ義務がある。誰でもない私が責任を取らなきゃいけないの!」

「責任?」

「ここにいる人たち全員倒して、あなたの首へ迫ったら力を貸してくれる?」

「威勢だけは良いようだな」

「ツヅミ、手を出さないで」

「やれるか?」

「大丈夫。私は、こんなところで負けない」


 私は、来る前にツヅミからもらった剣を構えた。

 これまでも、スラムで多勢に無勢なんてことはよくあった。ナイフを持っている奴だって大勢相手にしてきた。

 私なら、きっとやれる。


「誰からでもかかっておいでよ。私が全員倒して、そこの大将の首もらうから」

「このガキッ!」


 それから、私は初めてツヅミ以外の人間に本物の剣を振るった。

 木剣や素手で戦うのとは訳が違う。一歩間違えれば、命など簡単に奪えてしまう本物の剣を――。


「はぁっ……!」


 キンキンと剣のぶつかる音が、薄暗い洞窟の中で響いていた。

 けれど、十人近くを相手にしていると言うのに、ツヅミ一人と戦闘訓練をしている以上の手応えを全く感じなかった。

 そして――。


「うっ……ガハッ……!」


 さっきまで剣を振るっていた男が、突然嘔吐したのだ。


「ラクヨウ!」

「兄、さん……!」


 嘔吐によって男が倒れ込むと、そばにいた背の高い一人が彼に駆け寄った。


「な、何!?」

「ねーちゃん、下がって!」


 予期せぬ状況に驚いていると、セージが大きな声を上げた。

 剣を構えたまま、ツヅミとセージの元まで下がると、セージがマントの端を口に当てた。


「感染症かも知れない。近づかない方が良いよ」

「感染症……?」

「何だと? どういうことだ、セージ」

「船の大きさの割に、僕たちを囲む人数が少なすぎると思ってたんだ。でも、船上からの見物人がいるわけでもない。その上、あの人たちは戦おうってわりに覇気がない」


 言われてみれば、そんな気がする。

 大きな船の割に、人数は最小限が外にいる感じで、船の中から賑やかな声が聞こえてくるわけでもない。

 セージの言葉に、もう一度彼らをちゃんと見てみると、身体は痩せているし、嘔吐した男を見て怯えている風にも見えた。

 違和感の正体はこれか。


「パキラ! お前たち、何があった!」

「お前らには関係ない。死にたくなけりゃ、さっさと帰れ」

「ねぇ、おじさん。最近、ヴィジャナの船に接触したんじゃない?」

「ヴィジャナの船? 本当なのか、パキラ!」


 ヴィジャナと言えば、確か海を遥か南の方へ進んだ場所にある国だったような……。


「おい、小僧。なぜ、ヴィジャナだと思った」

「港で商人たちが、ヴィジャナの噂をしてた。船の悪魔の次はヴィジャナの呪いかって」

「なるほどな。ガキのくせに随分耳聡いな。だが、ヴィジャナの船と接触したからなんだってんだ」

「……僕なら、みんなを治せるかも知れない」


 今思えば、これがセージと言う、先日六歳になったばかりの小さな賢者が誕生した瞬間だったように思う。

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