28.接触
その日の夜、私はセージとユウガオと共にツヅミの部屋へと来ていた。
アスターも誘おうかと思ったけど、今日は国王様やアイリス王子と家族水入らずでいるところだろうから邪魔はしないことにした。
「ツヅミ、モクレンが動き出した」
「何!?」
「今日、暗部の連中がやっと姿を見せた」
「そうか。ついに……」
「この交渉が上手く行くかどうかで、世界の未来が変わる」
「交渉役のキユリと俺は、責任重大だな……」
「元大元帥が何言ってんのよ」
七年前、ツヅミに言われてこの国を出てからずっと目指していた未来だ。
今更引き返すことは無いし、交渉が失敗したからと言って殺されるわけじゃない。
「だが、教会は本当にこの話に乗って来ると思うか?」
「さぁね。教会の人間が、少なくともモクレンが、利害ではなく信仰心の下に世界を見ているなら、揺れるでしょうね」
信仰とは名ばかりで、裏では金儲け主義だと言うのならこっちから願い下げだ。
けれど、私が知る限り、少なくともベトワールにあるハチス教会の人間たちは、私が縄でつるし上げなければならない様なことはしていない。
彼らの正義……いや、教義を信じるしかない。
「提督が港に着き次第、教会へ乗り込む」
「あいつも連れて行くつもりか!?」
「その方が、話が早いでしょ」
「それはそうだが……」
「もしもの時は、ちゃんと守ってあげてね」
「あれは殺しても死なねーよ」
待ち人は数日以内にベトワールへ到着するだろう。
この戦争は、ただの国と国との戦いじゃない。それぞれの場所で生きる人たちが協力し合わなくちゃ、終わらせることはできない。
「陛下とアスター様には、お伝えするのか?」
「王様にはツヅミから伝えといて。アスターは……面白いから黙って連れて行こ」
「お前なぁ……」
「何よ。戦場でこき使われてるんだから、それくらい良いでしょ」
私が口を尖らせると、ツヅミはまぁ良いとため息をつき、神妙な面持ちで私を見つめた。
「……なぁ、キユリ。マーガレット様とお前の関係、本当にアスター様にずっと黙っているつもりか?」
「何、急に? 言わないわよ。私はスラムで生まれて、王族とは何の縁もゆかりもない。戦時中に、サンダーソンとの縁がたまたま繋がっただけ」
「だが……」
「全てが終わったら消える女の過去なんて、言う必要ない」
「放っておきなよ、ツヅミ。ねーちゃんがマーガレット様との繋がりを話せば、全ての始まりを教えることになる」
「だが、キユリはそのために命までかけてるんだぞ」
「だから何? 僕が見た感じ、あの王子様にねーちゃんは守れない。秘密を知ったところで足手まといになるだけだよ」
「セージの言う通り。戦争が始まることになった責任は必ず私がとるから、偽りの娘の話なんてする必要ない」
「偽りではないだろう! お前とマーガレット様は確かに……!」
静かな怒りを滲ませる声で、ツヅミは机の上で強く拳を握っていた。
「あんた、出会った頃の自分の発言と真反対のこと言ってるってわかってる?」
「俺は、誰よりも近くでマーガレット様とキユリを見て来た。今はもう、浅慮だった昔の俺とは違う」
「わかってるよ、ツヅミ。ありがとう。……もしも、全ての責任を私が果たすことができたら、その時はあんたの判断でアスターに伝えて。私からは、きっと言えないから」
この戦争が終わり、全てに決着がついた時、きっと私はこの世から消えるだろう。
魔女として、イグランの敵として、民衆の留飲を下げるため、派手に暴れた戦場の舞姫の命は終戦を告げる鐘となり散る。
ツヅミやユウガオ、そしてセージさえ知らない私が決めている私の最期。
「それより、数日あるとは言ってもやることは多いし、ルドベキアも一度戻って来るんでしょ? 新旧の軍団長が揃うんだから、城内の警備の強化ちゃんとしといてよ」
「あぁ、わかっている」
「セージも、たまには剣の稽古くらいしなさいよ」
「ねーちゃん。ベトワールのために山積した課題の山を片付けようって言う可愛い弟に、寝る間も惜しめって言うの?」
「そんなこと言ってないでしょ。少しは身体を動かしなさいよって話」
「それなら大丈夫だね。農場と図書室を往復するだけでもこの無駄に広い王城じゃ、かなりの運動量になる」
「あらそう。じゃぁ、ユウガオに伝言頼んだり資料持って来てとか頼むんじゃないわよ。ユウガオもわかった? セージのお願いは聞かないこと」
「……わかった」
「ねーちゃんって、時々鬼だよね」
「文武両道のアイリス王子をたまには見習いなさい」
屁理屈を並べる弟を適当にあしらい、私たちは解散した。
それから数日の間、私たちは次の戦いへ向けての作戦会議や、セージの研究の手伝い、ツヅミ主導の警備強化や兵の訓練などをしていた。
ツヅミ帰還の知らせを聞いたルドベキアは、馬を全速力で走らせ王城へと戻って来て、ツヅミを見て泣き崩れた。
だがまぁ、騎士団のトップまで登り詰める人間と言うのは少なからず頭が筋肉でできているのだろう。
翌日には、元軍団長と現軍団長との一騎打ちの勝負が始まり、それを見学しに来た騎士たちが巻き込まれる形でいつの間にか訓練と言う名の格闘技戦が始まっていた。
ツヅミの傭兵仲間として、いつの間にかユウガオも参戦していたが、まぁ楽しそうだし良しとした。
ここにいる騎士たちにとっても、山の民であるユウガオの存在は良い刺激になるし、山の民には独特の戦闘方法があるので勉強にもなるだろう。
それに、私にとっても幸いだったのは、ルドベキアがホウセンを別動隊として残してきたため、王城で逃げ回らなくて済んだことだ。
一方、セージはと言えば、作物研究や武器類の改造の合間にサンダーソンと兵法について話し合っていたりと、こちらもこちらで忙しそうだ。
そして、そんなセージになぜかアイリス王子が付いて回っている。まるで、親を追いかける小鴨の様だ。
「殿下。弟君がうちの弟に付いて回ってるけど、良いの?」
「君の弟は、アイリスにとって天使らしい」
「天使?」
「王城の外だけでなく、国の外のことにも見識があり、学校だけでは学べない様々な知識が彼の頭の中には詰まっているのだと、目を輝かせ力説された。まさに、狭い世界でしか過ごせない自分に、神が使わせた天使なのだそうだ」
「あの子が天使ねぇ……」
否定はしないが、どちらかと言えば悪魔の間違いな気がする。
「外の人間に近付くなど危険だと最初は反対しようと思ったが、彼は様々な学問に精通しているとサンダーソンのお墨付きな上に、王族を害そうと言う悪意はないと判断した」
「悪意はなくたって、いたずらや危険な実験は盛大にやるわよ、あの子」
「……それについては、アイリスがいることで逆にセージの抑止力になるとツヅミに言われた」
「なるほどね」
セージは、好奇心や興味に駆られ危ないことをする場面もあるが、他人を巻き込まないと言う理性も一応兼ね備えている。
ツヅミの判断は概ね正解だし、私としても同世代の友達と呼べる存在をセージには作って欲しい。
「勉学の成績次第では、セージと離すことも検討すると伝えたが、武術以外のことなら彼はどんな家庭教師より頼りになるとアイリスが言うので、しばらくは本人同士に任せてみることにした」
アイリス誘拐事件の一件の後、アスターたち家族がどんな深い話しをしたのかはわからない。
けれど、アスターなりに弟の気持ちを汲んであげたいと思っているのだろう。
「ところで、アスター。明日から数日、ちょっとツヅミと出かけるから付き合ってほしいんだけど」
「どこへだ?」
「ファレンの港」
「ファレン? 港になど何の用がある」
「会わせたい人がいるの」
「君の傭兵時代の仲間か?」
「まぁ、そんなところ。ベトワールにとって、最強の味方となる男って感じかな」
私の言葉に、アスターは眉を寄せたが、ツヅミが戻ってきたことで私のことを信頼してくれたのか、それ以上の追及はなかった。
誰だとか、港で何をしているとか、質問攻めにされると思ったが、あっさりわかったと了承された。
翌日。ツヅミとアスター、スリフトと共に私はベトワール北部にあるファレンの港へと向け王城を後にした。