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2.初陣

「二度とごめんだ!」


 深夜、日暮れ前に城を後にした私たちは、なんとか夜明け前に無事に合流地近くまで川を下り、辿り着いた。

 急勾配で急流・激流なんでもござれで有名なジョーガン川を視界もまともに確保できない中「きゃっほー!」とあっという間に流れたら、アスター王子は大変ご立腹、スリフトは酔ってダウンしてる始末だ。全く頼りない。


「暗いうちに着く必要があったんだからしょうがないでしょ」

「戦場へ辿り着く前に死んでいた!」

「死んでないじゃん」

「おぇ……気持ち悪い……」

「ほら、スリフトは水飲みな。日の出前にはベトワール軍と合流しないと。アスター、細かい場所はあんたの方が知ってるでしょ?」


 スリフトの背中をさすりながら、イライラしているアスターに話を振る。


「あん……た? 君、その言葉遣い、少しは立場をわきまえたらどうだ?」

「はぁ? 王子だか何だか知らないけどね、知ったこっちゃないのよこっちは。あんたたちが弱っちーから私が戦場にわざわざ来てあげたんでしょーが!」

「弱……ち? 弱いとはなんだ!」

「事実でしょ? 無駄に戦争おっぱじめたと思ったらいつまでも、だらだらだらだら……! 挙句の果てに負けそう? それを弱っちーって言わなくてなんて言うのよ!」

「兵たちは皆、精一杯やっている! 無法の大国イグラン相手に七年も国を守っているのだぞ!」

「あぁそうね! ロームやマルタ、プロイスとも戦ってるイグランがベトワールに割いた何割かの兵相手にね! 随分ご立派ですね!」

「なっ……!」

「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。今は揉めてる場合じゃないだろ? 軍を探さないと……おうぇ……!」

「ちょっと……大丈夫?」


 アスターとの喧嘩の仲裁に入ったスリフトが一番大丈夫じゃなさそうで、仕方なく話を切り上げた。


「こっちだ」


 アスターも納得はいっていない様だったけど、話を切り上げさっさと歩き出した。


 



「アスター王子、お待ちしておりました。サンダーソン様から話は聞いております」


 日の出の直前、無事にベトワール軍と合流すると、ここの責任者だろうそれっぽい四十代くらいの、いかにも武人ですと言った感じの騎士が出てきた。おそらく、彼がここの大将なのだろう。


「ヤロウ。兵は皆、少しは休めたか? 随分な敗戦だったと聞いた」

「申し訳ありません。前線を任された身でありながらこの結果……。それに加え、多くの部下を失いました」

「命に対して気にするなとは言えないが、イグランの数に対して、ベトワールの兵はよくやっている」

「国王にも同じ言葉を頂戴しました。あなた方がそうやって怒って下さらないので、兵は皆自分で自分を叱るしかなくなるのですよ」

「ベトワールの民の行いは全て、王族の在り方で決まる。家臣の功績は家臣のもの。家臣の失態は王族のもの。母上の口癖だったからな」

「マーガレット様らしいですね。ところで、アスター様と一緒に来る娘から作戦を聞けとサンダーソン様の伝言ですが、そちらの少女が……?」


 参謀総長であるサンダーソンの言いつけのため、特に何を言うでもないが、戦場には不釣り合いな少女をどこか訝し気な目で見てくるヤロウ。


「あぁ。作戦は私も聞いていないのだ。君、作戦を説明してくれ」

「……」

「……キユリ」

「作戦ね、王子様」


 私を信用していないのだろう、アスターは全く私の名前を呼ぼうとしない。ちょっとむかつくから無視したら、しぶしぶと言った様子で名前を呼んだ。


「キユリよ。よろしく」


 簡単な挨拶をして、責任者っぽい人に手を差し出す。


「ヤロウだ。よろしく」


 大きな手に、しっかりと鍛えられた、いかつい筋肉。腕相撲では全く勝てそうにない。


「正直、作戦って程でもないんだけど。夜のうちに動ける兵だけで構わないから、全員弓を持って森の木の上に隠れて欲しいの」

「雨の矢か……。しかし、どうやって敵を森へ誘導する?」

「そこは私に任せて」


 ***


 そうして、作戦は今に至る。


「兵の方々、少し遅くないですか……?」

「あ、あぁ……」


 昨夜寝ていなかったため、静かに目をつぶり簡単な休息をとって少し経った頃、次なる部隊を向かわせるべく、イグラン兵に話を振る。


「すまないが、私はここを少し離れる。外にはまだ兵がいるから、安心して休んでいてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 そう言うと見張りをしていた兵が、再び二個小隊の兵を連れて森へ入っていく。

 三個小隊が帰ってこない時点で待機するなりルート変えるなりしなよ……。

 ここにいるのは殆どが戦に慣れてない民兵と、その民兵上がりの軍曹あたりだろうから仕方ないけどさ。


「あの、そう言えば、王子が来て態勢をどうのと、ベトワールの兵が話していました……」

「何!?」

「申し訳ありません、気が動転してすっかり忘れていたもので……」

「いや、無理もない。それよりも知らせてくれてありがとう。守備を残し、全員出撃する!」


 良きタイミングで、新しい情報を漏らし、また兵が森へ入っていく。

 最初にいた兵の人数から六割程度になった頃、森から傷だらけの兵が一人戻ってきた。


「大変です! 森の中にベトワールの残党が! 迎撃され、全滅です!」

「なんだと……!」


 全然兵が戻ってこないと思ったら、思いのほか上手くやってるらしい。

 作戦に気付いたイグラン軍が森から戻ってきたら残党処理でもしようと思っていたけど、そろそろ固い板に座ってるのもお尻が限界だし、お昼前でお腹もすいてきた。私も動くことにするか。


「よっと……ん?」


 椅子から立ち上がった時、遠くの方で何やら音がした。

 馬の足音と、大地を揺るがす様な雄たけび。


 イグランの兵が戻ってきた? いや、でも、さっき全滅したって言ってたし……?

 暗い森の中でそうなったように見えただけ?


 戻ってきた兵も含めて戦うのは、人数的にさすがの私も分が悪い。


「我らが聖女をお守りしろー!」

「「うぉーーーー!!」」


 だんだん近づいてくる音にそんな声が混ざっていた。

 テントからちらりと顔を出し外の様子を見ると、そこには森で待機しているはずのアスター、ヤロウの隊がいて、怪我して参戦していないはずのベトワール兵までも後ろの方に混じっているではないか。

 騎馬の上で頭を抱え一緒に走っているアスターと、お腹を抱えて笑っているスリフトも見える。


「こりゃ、昨夜(きのう)やりすぎたかな……」


 ***


「だが、それでは君がイグランの軍の真ん中で孤立することになる。どれほどの兵を殲滅できるかわからない以上、万が一君がイグラン人でないとわかった時、命の保証はしかねるぞ」


 概ねの作戦を伝え終えると、ヤロウが真剣な表情で私を見つめた。


「私の命の保証なんて必要ないわ。自分の身くらい自分で守れる。それより、戦線を押し戻さなくちゃ、兵と民の命が脅かされることになる」

「しかしだな……」

「この作戦なら、少なくとも相手の数を数百は減らせる。もちろん危険はあるけど、上手く行けば私が残った半数を討つわ。大して訓練もされてない民兵程度なら、どうとでもなる。そうすれば、そこには必ず次の戦いへの希望が生まれる。どっちに転んでも、犠牲は私と言う命の一か零。悩む話じゃないでしょ?」

「大半って……。一人でニ、三百を相手にするなど無理に決まっているだろう! それに、今日の戦で兵はボロボロだ。現実は、そう上手くはいかない!」

「上手くいかせるの。だから私はここに来た」

「君のような年端もいかない子どもに何ができる!」

「今ここで、あなたを殺すこともできる。ねぇ、騎士様?」


 予備動作もなく、相手の懐まで迫り、首筋にナイフの先を触れさせる。


「……っ!」


 ヤロウの額から一筋の汗が落ちたところで、私はナイフをしまった。


「ヤロウ、ぽっと出の私を信用できないのはわかる。でもね、使い捨ての駒だと思って使えば良い。戦地の指揮官であるあなたは、私の命を犠牲にできるし、その権利がある。……まぁ、私は死んだりしないけど」

「キユリ、君は年端もいかない女の子だ。私には君より少し年下の娘がいる。だから、君の意見は承服しかねる。……だが、サンダーソン様にも君の言うことを聞けと言われている以上、今回は君の作戦に従おう。しかし、大敗北の後だ。仲間を大勢失い、兵たちの士気は下がり切っているぞ?」

「あぁ、それなら、大敗北で心がぽっきりおられた兵たちの士気をあげて戦力増強と行きましょうか。……空もちょうど良い頃合いだし」


 にこりと笑みを浮かべ、小首を傾げた後、私は兵が集まっている場所へと向かった。




 辺りをきょろきょろと見渡し、適当な高さの台を見つけ全員から見えそうな位置でその上に立つ。


「注目! 全員座ったままで良い。彼女の話を聞いてくれ」


 台に立った私の横で、ヤロウが号令をかけ兵士たちの注目を集める。


「皆さん! 主よりの御使いが今日、私の前に舞い降りました」


 突然現れ、話し始めた私に、兵はなんだなんだと身を乗り出して、話しに集中する。


「今回の敗北を、我らがベトワールの神は、大変嘆き悲しんでおられます。我らが愛する祖国を、なぜ、イグランは犯さんと欲すのか。なぜ、罪のない者たちの命を狩り冒涜するのか……。御使いは、今ひとたび怒りの(いかずち)を彼らに下すため立ち上がれと、私のような貧しい農民の前に姿を現しおっしゃられたのです」


 呼吸を置き、兵の気持ちを最大限に引き付ける。

 そして、言葉と共に音もなく涙を流し、時折声を震わせる。


「七年前、ベトワールから我々の大切な花を奪われた悲劇を繰り返さないために、もうニ度と大切な人を、愛する祖国を失わないために、皆さんを勝利へ導けと、私はここへ神に使わされたのです。長き冬に怯え、絡め取られたその足を奮い立たせ、戦地で散った者たちに春を見せるため、どうかもう一度立ち上がって下さい。あなた方が、この戦いにどれだけの疑いを持とうとも、主は勝利を約束されました。明日、私も共に戦場へ立ちます」


 神への信仰が厚いこの国で、神とは実に都合の良い存在だ。

 さぁ、涙を拭いて。私が知る中で、誰よりも気高き人の凛とした声を真似て。


「聞け! 勇敢で、誇りあるベトワールの兵たちよ! 栄光ある未来のために、もう一度立ち上がるのです!」


 ぎりぎりまで間を持たせ、視線を惹きつけろ。兵士たちの目に、再び光が宿る瞬間を見逃すな。


「今宵の慟哭は神の声。明朝の静けさは勝利の前兆――」


 そして、空も良い感じに唸り始めたその時――。


「神は、我らと共にあり!」


 その瞬間、ゴロゴロとなり始めた空から雷がピカリと光った。

 私の言葉と共に、轟く雷鳴に。心身ともに弱っている彼らにとって、今、この光景がどのように見えるかは想像に難くない。


「主よ……」


 神に対する小さな呟きが、徐々に彼らの中に広がり、その声はいつしか明日の希望を叫ぶ雄たけびへと変わった。

 敵陣まで聞こえないか一瞬心配になったけれど、結果は上々だろう。

 その後、後ろに控えていたヤロウに明日の作戦を兵たちに伝えてもらう。

 そして、私は傷ついた兵一人一人の元へ回り、時には父を心配する娘のように、時には傷ついた恋人を労わるように振る舞い、痛みに苦しむ兵を前に「なぜこんなことを……」と涙を流しながら、包帯を替えたり、優しく手を握ったり、夜通し献身的に尽くした。

 仕上げに、すっかり雷雨が止んだ晴れ空の中、朝食のお茶にアルコールを少々入れれば手筈は上々。


 ***

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