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27.神様の贈りもの

「随分小さな大将だな。……だが、正直驚いた。あれほどの専門知識を持っていることはもちろん、我々から知らないことを聞くたびに自らの中にある豊富な知識と掛け合わせて、新しい発想を生み出して行く。子どもと言えど、あそこまで柔軟には考えられんよ。まぁ、確かに口の利き方はちと生意気だがな」


 そう言うと、ハギはくすくすと笑った。

 生意気ではあるけど、どこか憎めない。それがセージの良さだ。

 ハギたちも短い間にそれをわかってくれたのだろう。


「あの子の存在は、まるで神様の贈りものだな」

「神様……。そうかも知れないわね」


 神様なんて信じていない私も、あの子の存在だけはそうなのかも知れないと認めざるを得ない。

 

「僕は、ずっとこき使われてますけどね……」

「フウリン。お前さんは真面目過ぎて、セージにからかわれておるだけだ。だが、仕事の真面目さは、私たちもセージもちゃんと認めているよ」


 うなだれるフウリンの背中をハギが叩いた。


「それに、お前さんも聞いただろう? あの子が見据えている未来の話を」

「そうですね。でも、本当にそんなことが可能なんでしょうか?」

「さてな。だが、夢を見なければ夢は叶わないし、あの話は決して虹を掴むような話じゃない。我々がこうしてこの地へ来たのも、きっと運命だ。信じてやれるだけのことをやってみようじゃないか」

「そうですね」


 戦場で見た、自らの命を差し出した絶望の老人は、敵地であるベトワールで未来を見ていた。

 そして、フウリンもまたどこかわくわくした様子でセージを見ていた。

 

「ハギ、フウリン! さぼってないで仕事してよね。僕の研究が進まないじゃないか!」


 だが、そんな会話がなされているとも知らないセージは、いつもの横柄な態度で生意気に指図をしている。

 ハギとフウリンに仕事へ戻したセージは、そのまま私の横で腰に手をあてて、農作業の様子を見ていた。


「セージ。あんた、人ばっか使ってないで少しは自分も動きなさいよ」

「ねーちゃん、僕は誰よりも頭を使ってるんだよ? その上で、体への負荷が高い農作業なんてやったら、どんなに栄養価の高いライ麦や燕麦を作って食べても痩せこけちゃうね」

「またそんなことばっか言って」

「僕の代わりに頭を働かせてくれる人間がいたなら、僕も身体を動かすよ」


 誰に似てこんなひねくれ者になってしまったのか……。

 だが、実際セージほど賢い人間はそういないからしょうがないのだろう。

 それに、セージに体力仕事をさせたところで何の戦力にもならないことはわかりきっている。口が裂けても本人には言わないけど。


「じゃぁ、その賢過ぎる賢者様の頭が、次は何をしようと考えているのかお聞かせいただいても?」

「パンの改善だよ。硬すぎるパンはもう少し柔らかくして、形も丸型では運びにくいから、騎士や兵士たちが持ち運びやすくて食べやすい棒状に変える。他にも、塩漬けだらけの保存食も見直さないと。あぁ、それから――」


 ぶつぶつと口にしながら改善案を弾き出して行く弟はもう、私のことなど置き去りにして、世界中の書物や知識が詰め込まれている記憶の宮殿とやらに潜り込んでいるのだろう。

 本人曰く、思考にふけることが至高にして至幸らしい。


「聞いてないだろうけど、私は野暮用を済ませにに行って来るよ」


 返事のないセージにそう言い残し、私は改革が始まりつつある農場を後にした。

 私たちに付いて来ていた二つの足音が、私の方へと来るのを確認しつつ――……。




 農場から離れ、しばらく歩いた後、私は王城の中庭に接する廊下で足を止めた。


「いい加減隠れていないで、出て来てはいかがですか?」


 振り向きざまに、誰もいないはずの来た道へと声を発する。

 私がここを上手くできるかどうで、私たちの、諸外国全体の未来が変わる。


「姿をお見せになられないのでしたら、そのままで結構です。お初にお目にかかります。モクレン枢機卿の従者の方々」


 そう口にすると、フードを被り白地の胸元に二本の剣の刺繍が入った服を着た男が二人、姿を現した。

 

「お初にお目にかかる。戦場の舞姫」

「貴殿、我々の存在にいつから気付いていた?」


 フードをしたまま顔すらまともに見せず、名乗りもしないなんて、教会の連中と言うのは本当に不躾だ。


「教会の暗部の追跡を、そう簡単に気づきはしませんよ。ヴェルシュを解放し、王城へ戻って来る途中に立ち寄った街から、くらいでしょうか」

「……最初からではないか」

「戦場が長いと、どうも人の気配には敏感になってしまいまして。東側にいた頃も、教皇様には随分目をかけていただきました」


 戦場で神の言葉とのたまい兵士たちを鼓舞する私を、彼ら、ハチス教の中枢の人間は懐疑的な目で見ている。

 そのくせ、旅をしている最中に総本山がある場所で教皇へ会いに行ったら門前払いをくらった。

 戦場での私の実力を知っているからか、暗部を差し向けては遥か遠くから偵察して来ていたが、こうして接触を図って来るのは初めてだ。


「猊下の監視に気付いていたとは」

「舞姫の度々の噂は本当の様だな」

「どの様な噂を耳にされたかは存じませんが、総じて、人々の噂とは尾ひれ背びれに腹びれまで付いて一人歩きするものですよ」

「……」


 私の言葉に、二人の内の一人の視線が、私を舐める様に下から上へと移動するのが見えた。

 ハチス教会は、その昔世界地図を書き換えられるほどの権力を握っていた時期があった。そして、そのハチス教会の暗部と言えば、世界最高峰の暗殺組織。

 各国と一線を画した場所に存在するようになった彼らの力が、今やどれほどなのかは私にはわからないが、できることなら屈指の暗殺部隊である彼らと一戦交えるのは今後のためにも避けたいところ。

 神の声を聞く女が、どれほどの噂に成長したのかはわからないが、彼らにはその大半が尾ひれ背びれだとご理解いただきたい。


「私など、生まれながらに賜った能力以外は、スラム育ちのただの小汚い田舎者です」

「……生まれながら、か。戦闘能力と擬態の才、お前の能力とはどちらだ?」

「それは、どちらでもあり、どちらでもありませんよ」

「言う気がないのなら構わん。全てはモクレン様が確かめることだ」


 言う気がない訳じゃない。

 これはただの事実だ。


「舞姫、モクレン様がお前に会うとおっしゃっている」

「それは、会いに来て欲しいと言うラブコールですか?」

「魔女と言われ断罪されたくなければ、口を慎め。お前が、偽りの聖女かどうかを会って判断されるそうだ」


 どうしてこうも冗談が通じないのか。

 そもそも、私と会うのを拒んだのはそっちじゃないか。

 けれど、ベトワール、イグラン、その他多くの周辺諸国をまたぎ治外法権として存在するハチス教の、枢機卿クラスの人間と話ができるのは大きな収穫だ。

 教会が独自に持っている騎士団に、戦争へお出まし願おうとは思っていない。けれど、彼らには世界を救うためにやって欲しいことがある。


「謹んでお受けいたしますとお伝えください。本物の聖女が、神の導きを告げに行くと。近い内に、必ず」


 私の返事を聞くと、暗部の二人は帰って行った。


「……はぁ」


 誰も見ていない世界の片隅で、今後の世の中の行く末が左右されるかもしれない事態が起こったことに、ほんの少し緊張していたのか、珍しく無意識にため息が出た。


「キユリ」


 ため息と共に壁に寄りかかると、柱から私を呼ぶ声がした。


「ユウガオ。見てたの?」

「もしものために隠れてた」

「ありがとう。これでまた、作戦が大きく動き出したね」

「あいつら、教皇の差しがね?」

「どうかな。けど、枢機卿クラスと話ができれば、きっと未来は広がる」


 私がそう言うと、ユウガオはどこか悲しそうな顔で目を伏せた。


「ユウガオ?」

「……キユリたちいたら、山の民の未来、変わってた」

 

 大好きな家族や、ウリ族の人々に守られ、ただ一人生き残ったユウガオは、時々イグラン軍が攻めて来た時のことを思い出すらしい。

 無力な自分を責め、もしもあぁだったら、こうだったらと考えてしまう気持ちは良くわかる。


「ユウガオ」


 私は、ユウガオの手を引いて彼の頭を自分の肩へと抱き寄せた。


「間に合わなくて、ごめん」

「キユリ、何も悪くない」


 山の民の粛清は九年前。私はまだスラムにいて、世界のことなんて何も知らなかった。

 けれど、子どものように小さく見えるユウガオの姿を見るといつも、もしも私がその場にいたら何かが変わっていたのだろうかと考えてしまう。


「私、もっと強くなるからさ」

「キユリ、もう強い」

「もっとだよ」

「じゃぁ、俺も頑張る」

「うん。変えよう、未来を」


 ぽんぽんと頭を撫でると、ユウガオは動物の様にすり寄った。

 セージより年齢は上だけど、うちの次男はまだまだ甘えん坊で、いつか全てが終わった時、彼の傷も癒えていると良いなと思うばかりだ。

 何より、可愛い弟たちには平和な世界で自由に未来を生きて欲しい。

所説ある話の中のひとつではありますが、今の棒状のパン(バゲット)を作らせたのは、ナポレオンだそうです。

兵士達のポケットに収まるように細長い形のパンをと言うのは効率重視だったのか優しさだったのか……。

みなさんは、どっちだったと思いますか?


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