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26.新しいライ麦

 ツヅミが城内の者たちに聞かせたのは、国内の貧困を食い止めるべく、品種改良を加えられたライ麦の導入だった。

 従来のライ麦は、小麦畑に生える雑草の一種だったけれど、これをセージが大量生産できる形まで持っていた。

 これは、私たちが旅をする七年の間に、セージが上げた功績のひとつだ。

 これまで主として作られてきた小麦とは違い、このライ麦は寒さに強く、栽培を繰り返し痩せてしまった土壌でも良く育つ。

 それに加えて、ライ麦で作ったパンは小麦で作ったパンよりも長く日持ちし、栄養価も高いと言う。

 

「このライ麦をまずは王城の農地で行い、大量生産の栽培法などを確立して各領地へと広げる。だが、その際に、今のこの城には農場の管理をする者がいない」


 戦争になってから、人手不足となった王城の農地は使われ無くなり、すっかり放置されていた。


「だが、先のセト奪還、ヴェルシュ解放の際にイグランの捕虜の中に農業に明るい者、イグランでは人権が守られないためベトワールに来たいと言う者がいた。私は、それならば彼らにベトワールの民として働いてもらえないかと考えている」


 当たり前ではあるが、ツヅミのとんでも発言に謁見の間はざわついた。

 昨日今日まで敵兵だった人間を、ベトワール内、しかも王城で働かせようと言うのだから、反対する人間がほとんどだろう。


「皆、勘違いしないでほしい。彼らもまた、この戦争の被害者なのだ。イグランの兵たちが全て、好き好んで戦場へ出ている訳ではない」

「ですが、ツヅミ様。最近まで敵兵だった者を城内で自由にさせるなど!」


 ツヅミの言葉に、白い髭が立派なお爺ちゃん……多分なんかの大臣が声を上げる。

 無駄な議論が始まるなぁと思いつつ、暴露するとツヅミに怒られるので、実はもう捕虜たちは王城の農場で働いていると言うのは黙っていよう。


「問題ない。私は、この城の衛兵たちを信頼している」

「マーガレット様の件をお忘れですか! 暗殺とてあり得るのですよ!」

「ねぇ、その話長いの?」


 大臣の言うこともごもっともだ。さぁ、ここで出戻りのツヅミはどう出るのだろうかと思っていると、拳骨をくらい横で大人しくしていたはずのセージがいつの間にか立ち上がり、首を傾げていた。


「な、なんだお前は……!」

「僕は、今ツヅミが提案したライ麦の開発者。さっきからごちゃごちゃ言ってるけどさ、そうやって偉いあんたたちが何も手を打たなかったから、ベトワールは貧しくなったんじゃないの?」

「無礼な! 口を慎め小僧……!」

「嫌だね。僕は誰に従う義理もない。結局さ、国王様もツヅミも騎士たちを信頼して、民のためにイグランの捕虜を王城に入れようとしてるのに、あんたが騎士たちを信頼してないから入れたくないんでしょ?」

「そ、そう言う訳ではない!」


 始まってしまったセージの悪い癖に、ツヅミへと視線を向けると、国王に止めるなと合図を出され苦い顔をしながら行く末を見守っていた。


「捕虜を入れるって言っても、平民で戦場じゃ何の役にも立たなかった数人だよ。例え彼らが国王様暗殺を目論んでも、それくらいこの城の衛兵なら訳ないでしょ。それに、もしもの時は、あんたたちが命をかけて守れば良い。できるよね? 国王様のためなんだから」


 セージとしては煽っているだけだろうが、大臣も騎士たちも自らの立場を悪くするため否定の言葉を発せない。

 まぁ、そうでなくても先日私にあれこれ言われ、国王の首をとられかけたので、できませんとは口が裂けても言えないだろう。


「僕はね、そんなことより、戦場に出ている兵たちには少しでも美味しい物を食べて欲しいと思うし、飢えに喘いでいる国民にもお腹いっぱいに食べられるようになって欲しい」


 食事は心を満たす。空腹は、さらなる戦争を生む。

 私たちは、この七年の旅の間でそれを嫌と言う程学んだ。


「僕はまだ戦場には連れて行ってもらえないけど、戦場へ出向くねーちゃんやツヅミに少しでも健康に良くて、できるだけ美味しいものを食べて欲しいって思ってこのライ麦を作った。……それにさ、兵たちが頑張って戦って、戦争が終わった時に守っていたはずの国民が餓死してましたじゃ、話にならないでしょ?」


 セージの言葉に、大臣たちは押し黙ってしまった。

 ねぇ、マーガレット。この七年、戦場にこそ連れて行ってないけど、あの子も私たちと一緒にずっと戦ってくれてたんだよ。


「まずは国内の貧困の改善のために、大規模な農業改革。それから、戦場での食事改善、武器改良。そのための、技術改革。安心してよ。天才であるこの僕が、この国を内側から救ってあげるからさ」

「調子に乗るな! 馬鹿者!」

「痛ってーっ!」


 人を見下す様に顎と口角を上げた弟に、二度目の鉄槌が下る。


「国王陛下、大臣。私の教育が至らないばかりに、大変失礼致しました」

「はっはっは。構わん。小さな賢者の未来の展望は、既に本人から聞いていたからな。私には考えも及ばない豊かな発想と、驚くほど豊富な知識は、称賛に値する。それを、ベトワールの民たちのために役立ててくれると言うのだから、本当にありがたい話だ」

「陛下。これをあまり調子に乗らせないでください」

「僕は事実を言ったまでで、調子になんて乗ってない!」

「お前はちょっと黙ってろ」


 国王の手前、それぞれが大きな声では言わないものの、そこかしこから「あんな少年に何ができる」と言っているのが聞こえてくる。

 けれど、彼らは必ず知ることになるだろう。

 本物の天才が、この世には存在するということを――。




 色々あったが、無事に謁見を終えた私とセージは、騎士たちに囲まれるツヅミを置いて、農場へと向かっていた。

 二人分の足音が私たちの後を付けているけど、無視して良いだろう。

 ちなみにユウガオは、城内の見回りに行った。


「セージ、やり過ぎ。せっかく陛下が穏便にしようとしてくれたのに」

「ねーちゃんだって同じ様なもんだったでしょ? 聞いたよ、国王様に褒美ねだったって」

「あれは、流れでそうなっただけよ」

「王子に慇懃無礼(いんぎんぶれい)働く許可なんて流れで出るかな?」

「慇懃無礼じゃないわよ。真正面から無礼を働く許可」

「どっちもどっちじゃん」


 まぁ、へりくだりまくって、丁寧を二重三重に重ねるのも悪くはないが、一分一秒を争う戦場でご丁寧にやっていたら命がいくつあっても足りなくなる。


「優しいアイリス王子と違って、第一王子様は細かい礼儀にうるさいんだもん。それより、ハギとフウリンはどう?」

「ハギは凄いよ! 僕の知らない知識をたくさんもってる。でも、どうしてそうなるのか聞くと長年の勘って言うんだ。その辺はもっと論理的に説明して欲しいね」


 未知の知識の前にすると、セージは年相応の男の子へと戻る。

 ハギと言う存在が、また彼を大きく成長させるのだろう。


「フウリンは?」

「どんくさいけど働き者って感じ。畑仕事は嫌いじゃないみたいだし、ハギとも気が合うっぽい。ここに来た時は泣き言ばっか言ってたけど」


 ヴェルシュで別れる時も、「一緒に行ってくれるんじゃないんですか……?」と半泣きになりながら王城へと護送されていくのを見送った。

 根っから気弱なのだろう。

 けれど、ヴェルシュであれやこれやと注文つけたときも泣き言を言いながらもきっちりとやってくれた。多分、真面目な性分なんだろう。


「それにしても、王城の基地内とは言っても随分遠いわね」

「ねーちゃん、農場なんだから当たり前でしょ。城の近くじゃ、実験スペースにもなりやしないよ」


 わかってないんだからとため息交じりに言われ、そう言うものかと納得したが、国王がちょっと視察になんて言い出したら敵に狙われ放題となる。

 後で、一人では絶対に行くなと伝えておかなければ。

 そんなことを考えていると、農場が見えてきた。


「ハギ! フウリン!」


 そして、農場に見えた見知った影に声をかけると、二人も私に気付いたようで手を止めて駆け寄って来た。


「久しぶりね」

「キユリ、また会えてうれしいよ」

「キユリさん、待ってましたよ!」

「二人とも元気そうで良かった。ベトワールでの生活はどう?」

「地獄の様な日々が嘘みたいだよ。またこうしてみなで畑仕事ができるのだから、キユリには本当に感謝している」

「僕もです。衣食住全てがイグランにいた頃とは全然違います」


 どことなく前に見た時より肌艶の良くなった二人に、私は安心した。


「私は、まさかセトで生き残った私の村の連中まで捕虜として連れて来てくれるとは思わなかったがな」

「たまたま敗走兵や捕虜から見つけただけよ。それより、村人たちの家族もその内到着すると思うから、もう少し待ってて」


 イグランから家族を亡命させるには少し手間がかかる。

 そっちは別動隊が動いているから、もう少し待っていて欲しい。


「本当に、君には感謝してもし足りない」

「ここでベトワールのために働いてくれるなら、私はそれで良いよ。それに、うちの大将は人使いが荒いでしょ?」


 そう言って、私は農場の真ん中の方で、捕虜としてハギと共に連れてきた彼が営んでいたと言う村の人間と話をしている弟に視線を向けた。

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