25.国内事情
「また謁見……」
アイリス王子やツヅミたちと一緒に城へ戻ると、すぐに国王に謁見すると言う流れになった。
「毎回毎回形式ばって謁見ってなんなの? めんど……。私パス。セージ連れてツヅミが行ってきなよ。どうせツヅミに用でしょ」
「お前も行くに決まってるだろ、馬鹿者」
誘拐騒ぎからアイリス王子が無事に帰還したと思ったら、七年間も姿を消していた元軍団長で大元帥でもあったツヅミが一緒に現れたので城の中はもうてんやわんやだ。
ツヅミ、セージ、ユウガオ、私の一行はとりあえず控室で待機となった。
「私はもう国王様には謁見したし、今回の件はセージがアイリス王子と共謀したことで、私は関係ないじゃん」
「言葉を選べ。それに、お前はセージの姉だろう」
「それを言うなら、ツヅミは私とセージの保護者でしょうが」
「お前、数ヶ月経っても減らず口は健在だな」
「……あなたたち、廊下まで聞こえていますよ」
コンコン、と言うノックとともにサンダーソンが控え室に顔を覗かせた。
「全く、前回の謁見の件でスリフトと揉めていたかと思ったら今度はツヅミ軍団長ですか。キユリ、あなたも往生際が悪いですね。必要なことなのだから諦めなさい」
相変わらず独り身とは思えない皺ひとつない衣服に身を包んだ現参謀総長様は、困った顔を浮かばせながら私のことを軽くいなすと、ツヅミの方へと向き直った。
「ツヅミ軍団長、戻られたのですね」
「軍団長はやめてくれ、サンダーソン。俺はもう、貴族の身分すら捨てたただの一般人だ」
「おや、すみません。昔の癖が抜けないものでして。ではツヅミ殿、用事の方は終わったのでしょうか」
「あぁ。諸々の所用は済ませてきた。遅くなって悪かったな」
「いえ、全てはこの国のためです、感謝致します。ところで、既にキユリをスカウトした際に貴殿にもお会いしていますが、ここでは久々の再会と言うことになります」
「わかっている」
「七年前突然姿を消したと思ったら、まさか宝狩りの犯人になっているとは大変驚きでした」
「おい、語弊のある言い方をするな。あれはキユリが一人でやってたことで、俺やセージたちは黙認してただけだ」
「第三者からすれば、同じことですよ」
ツヅミに比べればサンダーソンの方が若いと言うのに、対等な空気が醸し出される。
誰に対しても常に飄々としているサンダーソンは、なんというか、動かざること山の如しだ。
「ところでサンダーソン。私たちとツヅミの七年前の関係とか、マーガレットの件は国王様以外には絶対内密にしてね」
サンダーソンは、私たちの過去を知る数少ない一人だ。
と言うのも、宝狩りのスカウトの際に全てを打ち明けたからだ。
ベトワール軍参謀であるサンダーソンには、これからの私たちの計画を知っていてもらう必要があった。
なぜそこまでするのか、私たちの過去を話さなければならなかったからだ。
「わかっていますよ。ですが、私としては特に秘密にするようなことではないと思いますがね」
「あるよ! 大あり! 絶対ダメ!」
あの日犯人に私の顔を見られたのか、それはわからない。
雨の中で見えていなかった可能性を考えると、こちらの情報を安易に出すべきじゃない。
イグランはもちろんだけど、私は国内に犯人がいる可能性も完全には捨てていない。
何も知らない犯人があの歪な足音で出向いてくれる可能性だってある。
そうである以上、情報は最小限のメンバー内にとどめておきたい。
ほとんどの過去はサンダーソンに話したが、足音のことは、彼にも語っていない秘密だ。
何より、マーガレットと私の繋がりをアスターに知られるわけにはいかない。
「あなたの過去について、私から誰かに話すことはありませんよ」
「他言したら息の根止めるから」
「はいはい。ところで、キユリ。あなたは、犯人を見つけたら問答無用で殺すのですか?」
「どうかな……」
スラムを出てから、七年間の長い旅の中、私は色々な物を見て、聞いて、感じてきた。
「なんでマーガレットを殺したのか、くらいは聞くかも」
「理由によっては復讐はしないと?」
「しないって選択はないよ。命を奪うのか、奪うまではしないのか、それだけ」
「怖いですね」
最初は絶対殺すと息巻いていたけれど、旅を通して色々な経験をして、人の命を奪ってはいけないといつも言っていたマーガレットの言葉の重みを知った。復讐は復讐しか生まないことも……。
最後は、その言葉の重みと、犯人の言い訳と、私の理性がどう動くか。
結末は私にもわからない。
「まぁでも、そんなことより今はこの戦争を終わらせることに集中したいかな」
戦争で住むところを失くし、食べ物に困っている人は大勢いる。
これ以上マーガレットの宝物を壊されるわけにはいかないのだ。
「あなたとツヅミ殿がいれば、戦況は大きく変わって行くでしょう。私も参謀として、尽力致します」
サンダーソンは、ではまた後でと言って控え室を出て行った。
相変わらず、その振る舞いは本物の貴族に引けを取らないどころか、誰よりも優雅で気品に溢れている。
「サンダーソンは七年前と変わらないな」
サンダーソンがいなくなると、ツヅミが感慨深げに言った。
「そう? 老けたでしょ」
「それは俺たちも同じだろ」
「ちょっと、なんで俺たちなの? 老けたのはツヅミだけでしょ? 私とセージは老けたとは言わないの。大人になったって言うのよ」
「あー、はいはい。どうせ俺だけおっさんだよ」
拗ねる様にツヅミは、テーブルに肘をついた。
「そう言えば、ユウガオ。宿題はできた?」
「うん。アイリス、山の話たくさん聞いてきた。俺も、この国のこと色々聞いた。アイリスは、セージと同じくらい話しやすい」
「そう。良かったね」
山の民は、生まれた子どもを部族の全員で育てる習慣がある。
だから、ユウガオは年下の扱いにも慣れているし、本当は人と繋がることが嫌いじゃない。
セージともすぐ仲良くなったし、アイリス王子とももっと仲良くなって、ベトワールのことを知って欲しい。
それから、私たちは従者に呼ばれ謁見の間へと来ていた。
先日謁見の間に来た時とは違い、大元帥ツヅミのお出ましとあってか、城中の人間が集まっていた。
「久しいな、ツヅミよ」
「カクタス国王陛下。七年前、無断で城を出たこと、長らく城を空けたこと、ここに深くお詫び申し上げます」
「顔を上げよ、ツヅミ」
国王は、ゆっくりと椅子から立ち上がると謁見の間に集まった人たちの顔を見渡した。
「皆、よく聞いてくれ。ツヅミが七年前姿を消したのは、私が極秘任務をツヅミに言いつけたからだ」
堂々とした態度で、真実ではないことを語る国王に、ツヅミはわずかに目を見開いた。
けれど、大元帥の地位にあったツヅミが自ら姿を消したことに憤りを感じている者も少なからずいる。きっと、マーガレットを殺され逃げたのだと噂した者もいただろう。
だが、国王がこうして命令だったと言えば、今更何しに戻って来たと言う声は静まるし、ツヅミがこの国で動きやすくなる。
七年前、ツヅミは国王にも何も言わず、ちょっとした置き手紙だけで城を出てきたと言ったけれど、あの人はそんなツヅミをずっと信じていたのだろう。
「七年もの間、よく無事でいてくれた」
「陛下……」
私の時もそうだったけど、あの人は私たちを決して責めたりしないのだ。
優しさに溢れた平和の王は、まさにマーガレットの愛した男と言う感じで、その器の大きさに無意識に敬意を覚える。
「長旅の話は、またそのうち聞かせてくれ。騎士たちも、お前と話したいことが山ほどあるだろうから、その後で良い」
そう締めくくり、椅子に座り直すと、カクタスはセージたちに目を向けた。
「話は変わるが、お前が七年の間で見つけたその小さな賢者から、今後について話を聞いた。王城の農地解放、捕虜の保護や雇用など、面白い話だった。できれば、ここにいる皆にも話を聞かせてやって欲しい」
「それなら僕から――……いだっ!」
さっきまで一緒に頭を下げていたはずのセージがそうですかと立ち上がろうとしたので、腕を引っ張ると、私と同時に危険を感じたツヅミがセージの頭に拳骨を落とした。
と言うか、いつの間に国王と話なんてしていたんだ。
「申し訳ございません、陛下。城での振る舞いを教えていなかったものでして……。そちらにつきましては、私の方から皆に説明致します」
「僕の天才的頭脳が……!」と言いながら頭を抱え悶えているセージを横目に、ツヅミは困窮している国内の食糧事情の改善などについて話を始めた。