24.七年前の旅立ち
「ここから出せ! ツヅミっ!!」
目を覚ますと、私は牢獄の中で足を鎖に繋がれていた。
「ねーちゃん……」
恐らくツヅミが一緒に連れてきたのであろうセージは、特に拘束されることもなく牢の中にいた。
マーガレットが死んで一週間、私はその牢の中に閉じ込められていた。
食事は十分に与えられ、寝床には布団もあった。拘束されていることを除けば、スラムより良い環境だ。
ここは、ベトワールの大罪人が集まる監獄。そして、恐らく大罪人の中の大罪人が収容される地下監獄だろう。
現国王になってから、この地下監獄に収容される人間はいなくなったと聞いていた。
「頭は冷えたか?」
「ツヅミ……!」
監獄の中、出せ、ツヅミを呼べと叫び続けた後、ようやく姿を表したツヅミは、これまでに見せたことのない怖い顔をしていた。
「悪いな、他にお前を匿えるところがなくてな」
「捕まえておくの間違いでしょ」
「あのまま放っておけば死にに行っていただろ。それよりキユリ、大事な話がある」
「……話?」
「全てをお前に話した後、お前の拘束を解くと約束しよう。その後どうするかは、お前が自分で決めろ」
そこから始まったツヅミの話は、当時十歳の私が理解するには難しく、けれど、それでも私を突き動かすには十分な話だった。
「マーガレット様の死は、お前が捕まえた奴らの状況から言って、イグランからの刺客による暗殺だと断定された」
「そんなのあそこにいた私が一番わかってるよ!」
「最後まで聞け。いいか? これからベトワールとイグランは戦争になる」
「戦争……?」
人々が戦い、血が流れることをマーガレットは誰よりも嫌っていた。
「……それ、本気?」
「マーガレット様が亡くなられた今、それを止められる者はもういない。皆、この国の大事な花を失い、武器を取るしかないんだ」
そもそも、長い間好戦的な隣国イグランとベトワールが戦争をせずに済んでいたのには訳があった。
それは、私が生まれるよりも十五、六年前、イグランは領土侵略のためベトワールへ宣戦布告をした後、進軍を開始した。
突如として起こった隣国の進軍に、小国ベトワールは国中の全ての騎士と民兵を導入してこれをなんとか防いだ。
けれど、その被害は甚大で全戦力の半分以上が戦死し、また敵国の侵略に巻き込まれた街の多くの人間が犠牲となった。
なんとか防ぎ切った侵略も第二、第三と迫られればベトワールに勝ち目など到底なかった。
そこで、両国は講和条約を結ぶことになった。
けれど、これが悲劇の始まりだった。
まだまだ戦力に余裕のあるイグランと、これ以上戦うことは難しいが、敗戦国となりイグランの属国になるのも避けたいベトワールでは圧倒的にイグランの優位が保たれていた。
この国家間で結ばれる講和条約が名ばかりで、平等に成り得ないことなど誰もがわかっていた。
戦争が嫌なら金を払え、要約するにイグランの要求はその一点だった。
貿易での重い関税、兵が少ないベトワールを守ると言う名目での派遣防衛費、他国とも戦争をしているイグランへのお見舞い金、等々……。
金を毟り取る名目はなんでもよかった。
そうして終戦後、平和とは裏腹にベトワールの財政は逼迫して行った。
貴族階級はなんとか踏ん張れた経済状況も、平民には厳しく一人、また一人と仕事を追われ生活もままならない様になる者が後を絶たなくなった。
そうして、街を追われ住む場所さえ失ったならず者たちが、いつしか集まったこの場所はスラムへと変わって行ったのだ。
けれど、そんな国の在り方に疑問を呈した者が一人。それが現国王の妃マーガレットだった。
大国相手に喧嘩はできない、平和のためなら仕方がない。そう誰もが目を瞑り諦めた問題にマーガレットは立ち向かおうとしていた。
マーガレットは、ベトワールからスラムをなくし、貧困に喘ぐ子どもや人々をなくすため、イグランとの不平等条約を破棄させ、新たな条約を結ぼうとしていた。
大国との波風を嫌う一部の家臣、小国を蹂躙しようと目論むイグラン、私腹を肥やすためにイグランと手を結んだ商人たちなど、彼女をよく思わない者は少なからずいた。
「国内外問わず、命を狙われることもマーガレット様は承知していた。だが、それでもマーガレット様は戦争には断固反対だった。……しかし、マーガレット様の意志に賛成していた者たちも、今回の件でさすがに戦争容認派へと大勢傾いた」
「大元帥のくせに止めなかったの?」
「無理だ。いくら大元帥と言えど、私一人では国民の総意には敵わない」
「それで? マーガレットの仇を打つために、私に戦争に参加しろって言うの?」
「……否定はしない」
この手で犯人を殺したいと思う気持ちは間違いない。
けれど、マーガレットが嫌うことをするつもりはない。
「キユリ、マーガレット様の遺志を継ぐ気はないか?」
「マーガレットの遺志?」
「そうだ。この馬鹿げた全ての戦争を終わらせる」
ツヅミの話では、イグランにお金が必要なのはベトワールを除く数多の国と戦争をしているからに他ならない。
なら、その全ての戦争を終わらせれば良い、ということらしい。
今にして思えば、本当はもっと複雑で難しい話だったのだが、この時の私はこの程度の理解しかできなかった。
「何馬鹿なこと言ってんの? そんなの、無理に決まってるじゃん」
「策はある。だが、何年かかるかもわからないし、命の保障もできない」
「それ、勝算あるの?」
「ゼロじゃない」
今のベトワールに、イグランに勝てる見込みはない。昔あった侵略から、ベトワールはいつかに備えて兵を強化して来た。
それでも、国力や人数差を考えると防衛が精一杯で、勝つのは難しい。
「まずは、傭兵として各国を周り、イグランに勝てそうな国を探す」
「この国を……ここを出るの……? ツヅミも?」
「マーガレット様を、王妃を守れなかった大元帥など消えれば良い。幸い、全てを託しても良いと思える奴がいる。あれがいれば、しばらくベトワールはイグランに負けることはない」
「でも……!」
一緒に守ると約束したマーガレットの残した大事なものを放って、この国を出てしまって良いのだろうか……。
「他国で暴れれば、ベトワールに裂かれる戦力は減る。どこにいても、我々はベトワールのために戦えるのだ」
「そうすれば、ベトワールを守れる?」
「あぁ、必ず守れる。だが、終わりまで、果てしなく遠く辛い道のりを歩むことになる。途中で命を落とす可能性もある。だが、その果てしない道のりの中でマーガレット様を殺害した奴を見つけたのなら、お前の剣を振るえば良い。私も力を貸そう」
「ツヅミ……」
「だが絶対に忘れるな。目的は戦争の終結、復讐ではない。復讐に身を焦がすな。目的を忘れ、復讐に囚われた時は、俺がお前を殺す」
「……わかった。一緒に行く。命だとかそんなの関係ない。マーガレットを殺した奴を捕まえたいけど、それより私は、マーガレットとの約束を守る」
「本当に良いのか?」
「この国に私より戦える奴いないでしょ? ……その代わり、セージだけは守って欲しい。私に何かあったら、セージを頼める?」
「わかった。命に代えても守ると、約束しよう」
こうして、拘束を解かれる前に私はツヅミとベトワールを出る決意を固めた。
そして七年間、私たちは各国で傭兵として名を轟かせ、幾度もイグラン軍を退けた。
けれど、それでもイグラン攻略の確かな糸口を見つけられないまま、各国とベトワールへの不可侵の約束と水面下の密約を交わし、戦線がピンチになっていると言うベトワールへ私たちは帰還したのだ。
***
「ツヅミ、七年も面倒見てくれたこと、感謝してる」
「なんだ、急に。気持ち悪い……」
「そーゆーこと言う? せっかくツヅミ元騎士団長様にお礼を言ってあげたのに」
「お前はいつも急なんだよ」
「七年前、私はマーガレットだけじゃくて、ツヅミもこの国から奪っちゃったんだって改めて思ったから……」
「俺はマーガレット様を助けられなかった責任を取っただけだ。お前を誘い国を出たのも俺だろ? お前がいなかったら、ここまで事は運んでない。自分ばかり責めるな」
「うん……」
「まだまだこれからだ、キユリ」
「そうだね」
戦いはまだ何も終わってない。
マーガレット、もう少し待っててね。