表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

23.アイリスの本音

()ってーーー!!」


 大きなたんこぶができることなど容易に想像できる音の鉄槌、もとい拳骨をくらいセージが頭を抱え地面へ崩れ落ちる。


「何すんだよ!」

「何すんだはこっちのセリフだ! あれ程ベトワールで暴れるなと釘を刺したのに、お前、消えたと思ったら王子相手に何をしているのだ!」

「勝負だよ! 心配しなくても二、三日動けなくなるだけだってば! むしろ今の拳骨で僕の国宝級の頭脳が……!」


 二、三日動けないのは大したことだぞ、我が弟よ……。

 そう思いながら、止まった喧嘩に私は隠れるのをやめてセージたちの方へと歩み寄る。


「キユリ! セージの手綱はしっかり引いておけとあれ程言っただろ!」

「昨日まで戦地にいて別行動してたんだよ? それを言うならツヅミだってそうでしょ」


 窓から豪快に、暴風のごとく現れた男、ツヅミ。

 セトから帰還した際、王都に戻ってきたとユウガオが言っていたが、その後またセージとは別行動してどこかへ出かけたのだろう。


「あれ程待っていろと言ったのにお前は!」

「やることなかったし、ねーちゃんに早く会いたかったし、何より城の図書室だぞ! 知識が僕を呼んでた!」

「知識欲馬鹿はこれだから困るんだ」

「うっせー! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ。ツヅミのバーカ!」

「本当にツヅミなのか……?」


 セージとツヅミが通常運転の口喧嘩を繰り広げていると、聞いたことのないアスターの狼狽えた声がした。

 ツヅミは、アスターの前だと我に返り、すぐさま片膝をついた。


「ご無沙汰しております、アスター王子、アイリス王子。スリフトも、元気そうで何よりだ」

「お前、この七年どこにいたのだ! いや、それよりも、なぜお前がこの者たちを知っている?」

「まじで、ツヅミ軍団長だ……」


 ツヅミに詰め寄るアスターと、私の横であんぐりと口を開けているスリフト。


「七年もの間国を空けたこと、伏してお詫び申し上げます。この七年、私にも色々とありまして、キユリたちとは異国の地にて雇われ傭兵として共に戦地で戦った仲であります」

「……言いたいことも聞きたいことも山程あるが、今は良い。父上から、お前は極秘任務で国を出たと聞かされている」


 極秘任務ねぇ。国王も上手いこと言ったもんだ。


「ねぇ、久々の再会中悪いんだけど、僕と王子様の勝負はツヅミの乱入で僕の勝ちってことで良いのかな?」


 どんな理論だ、弟よ。さすがのお姉ちゃんも、その理論は意味わからん。


「良いわけあるか、馬鹿者!」

「待ってくれ!」


 謎理論を展開したセージに、二度目の拳骨が落ちそうになった所で、アイリス王子がセージを庇う様に前へと出た。


「ツヅミ、セージは何も悪く無いんだ。兄上、今回の件は僕がセージに頼んだのです。母上の亡くなった場所を見てみたいと……」

「何を言っているのだ、アイリス。その者にたぶらかされたのか?」

「違います、兄上! 本当に……本当に僕がセージにお願いしたのです。僕は、何も知らないから……。母上の亡くなった場所にも連れて来てはもらえず、学校以外城から出ることも許されない。今国が置かれている状況も、僕の前では皆話すのをやめてしまう。父上も兄上も、いつもどこか遠い。父上や兄上が優しさで僕に何も言わないと、わかってはいるのです。けれど、僕だって王家の一人として、兄上の弟として、共に責任を果たしたいのです!」

「アイリス……」

「言いつけを破り、勝手に城を出たことは謝ります。ですが、僕はもう、何も知らない可哀想な第二王子では嫌なのです!」


 マーガレットが死んだ時、アイリス王子はまだ五歳。現実を受け止めるには早いとされたのだろう。

 そして、誰もが知らず知らずのうちにそのままの扱いでここまで来てしまったのかもしれない。


「アスター、私がここへ来る前に言ったこと覚えてる?」


 ――アイリス王子の意思だったなら、ちゃんと話聞いてあげてね。


「君は、最初からわかっていたのか?」

「血の繋がりなんてなくても、セージは私の弟。兄弟のそう言うのは、同じように経験してるから」

「そうか……」

「しっかりしなよ、お兄ちゃん!」


 思い切り背中を叩くとアスターは不愉快そうに私を見だが、その眼光はいつもの様に鋭くはなく、ひとつため息をついてアイリス王子に視線を向けた。


「すまなかった。そこまでお前が追い詰められているとは思いもしなかったのだ」

「兄上……」

「お前を大事に思うあまり、お前の意思を置き去りにしていた。帰って父上と、三人で話をしよう。大事な話から日常のくだらないことまで。お前の話も聞かせてくれるか?」

「……はい! 兄上の戦場での話も聞かせてください!」

「わかった」


 こうして、セージの第二王子誘拐事件は無事にことなきを得た。

 次の戦場へと向かうまで、多少の猶予はある。

 きっと、家族水入らずで話をするのだろう。


「あの本を置いておけば、ねーちゃんならわかるって思ったよ」

「最終回で王子が亡き母親の思い出の地を巡る、だっけ? うっかり私が忘れてたらどうすんのよ」

「ねーちゃんが王都に帰還できない可能性もあるし、アイリス王子が満足したら帰るつもりだったよ」

「私がアスターに殺されるところだったわよ」

「ねーちゃんが? それは無理でしょ。あの王子様、ちょっとは勘も良いし剣の腕も立つみたいだけど、ねーちゃんを守るには役不足だよ。殺すなんて絶対できないね」


 一波乱も終わり、城へ帰る道中私の横でセージが不服そうに前を歩くアスターを見つめながら言った。


「確かに殺すのは無理として、セージ、私は守られる立場の人間じゃないよ。アスターは、自分の命さえ守ってくれればそれで良い」


 私がそう言うと、セージははぁとため息をつき、アスターの隣を歩くアイリス王子へと視線を移した。


「……アイリス王子さ、僕と同じだって思ったんだ」

「同じ?」

「自分が大事にしたいものと、大事にしたいものの大事にしたいものが違う」

「ん? ……どゆこと?」

「ま、ねーちゃんには一生わかんないよ」


 はぁー、とまた盛大なため息をついた弟は、ぶつぶつと何か文句を言いながら一人歩いて行ってしまった。


「弟ながらよくわからん……」


 アスターには弟だからと偉そうに言ったけれど、やっぱりわからないこともある。


「キユリ、アスター王子はどうだった?」


 セージとの会話が終わると、先ほどまでスリフトと久しぶりの再会に話を咲かせていたツヅミが横へやって来た。

 代わりにセージがスリフトと何やら話している。


「どうって……まぁ、マーガレットは嘘つきだなって」

「マーガレット様が嘘つき?」

「だって、可愛くて素直な男の子って真逆だし、聞いてた話と全然違った」

「アスター様は周囲に壁を作る傾向があるが、あれでとてもお優しい方だ。どうせ、お前さんが失礼な態度でもとったのだろう?」

「そこは否定しないけどさー」

「これからやれそうか? アスター様の側で」


 少し私を心配する様に、ツヅミが私へと視線を向ける。


「大丈夫だよ。マーガレットの息子とか関係ない。ベトワールの国王、そして二人の王子、私たちはその駒を取られるわけにはいかない。……七年前のようには、絶対にさせない」

「お前が大丈夫なら良い。辛くなったら言え。こんな大それた計画にお前を巻き込んだのは俺だ。嫌ならいつでもやめて良い」

「七年間それ言い続けて、まだ言う? やっとベトワールに戻って来て、今更やめるわけないでしょ」


 あの日、マーガレットを殺され、激情に身を任せ命をも顧みず単身イグランへと乗り込んで行こうとしていた私を止めたのはツヅミだった。


 ***

 

 七年前――。


「……殺す。殺す、殺すッ! 見つけ出して、絶対殺す!」

「待て! キユリ!」

「離して、ツヅミ!」


 マーガレットの亡骸を前に、理性のなくなった私は、ただマーガレットを殺した奴を見つけ出すことしか頭になった。


「行ってどうする!」

「マーガレットを殺した奴を見つけて殺す! 暗殺の命令した奴も、その仲間も、全員!」

「少し落ち着け!」

「止めないで!」

「待て!」

「邪魔するならあんたも殺す」

「キユリ!」

「どいて……!」


 あの時、私は本気で目の前のツヅミを殺そうとしていた……と思う。

 マーガレットの花模様のナイフを取り出しツヅミへ向けると、ツヅミはチッと舌打ちをした。


「世話が焼ける!」


 ナイフを構え、走り出した私にツヅミはそう答えると、私の視界から姿を消した。


 ――ドンッ!


「っ……!」


 そして、みぞおちへ入った一発に、私はそこで意識を失った――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ