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19.アイリスの誘拐

「アイリスが誘拐されたとはどう言うことだ!?」


 私の横で一緒に話を聞いていたアスターが血相を変えてユウガオに詰め寄る。


「俺、探した。でも、セージ本気なら、俺見つけられない」

「キユリ、どうなっているのだ! セージとは誰だ!?」

「落ち着いてよ、アスター。セージは私の弟。あの子は王族にも国にも敵意なんてない。アイリス王子を誘拐する理由がない」


 確かに悪さや悪戯はするけど、人を拐うなんてあの子には無理だ。

 いや、そもそもアイリス王子にどうやって接触した?


「ユウガオ、あの子なんで城にいるの?」

「用事早く終わって、城まで遊びに来た。でも、城に入れてもらえなくて、暴れて城の奴に捕まった」

「何やってんのよあの子は……」

「その後、サンダーソンがセージ解放した。王様が許可して、セージ、城の本たくさんある部屋入り浸った。アイリスもそこで勉強してた」


 どうやらセージの頓珍漢な行動により、成績云々となる前に二人は城の図書室で出会ってしまったようだ。


「でも、なんで誘拐ってわかったの?」

「セージが伝言残した」


 ユウガオは、手にしていたセージの書き置きを私に見せた。


 ――アイリス王子をさらって行きます。セージ。


「なんて直球……。しかも署名付き」


 犯人は自分ですと言っているのなら、まぁ本気で隠す気はないようだし、とりあえずアイリス王子は無事だろう……。


「それでアイリス王子とセージの姿が城から消えたってわけ?」

「うん」


 ユウガオはこくりと頷いた。


「キユリ、アイリスは無事なのか? 場合によっては王族誘拐犯の家族としてお前もこの場で捕らえることになるぞ!」


 アスターとスリフトが素早く腰の剣を抜き私たちに向ける。


「私とユウガオ相手に剣を抜くって本気?」

「王族誘拐は重罪だ。それに、アイリスは私の弟だ」


 すっと目を細めるアスターは、どうやら本気のようだ。アスターがそうと決めればスリフトも同じように動くだろう。


「ユウガオ、他の人間に変化はないのよね? 城の全員が意識を失ってるとか」

「消えたのは二人で、それ以外特になかった。俺、城の中見張ってた。でも、侵入者いない」


 となれば、考えられることはひとつだ。


「あーもー、やめやめ。アイリス王子なら無事だよ、多分」

「多分?」

「いやまぁ、見たわけじゃないから確証はないけど、城を抜け出したのはアイリス王子の意思だと思うし」

「アイリスの意思?」

「なんでセージがこんなことしたのかはわかんないけどさ、はっきり言って共犯者でもいない限りあの子がアイリス王子を担いで城の警備を潜り抜けられるとも到底思えない」


 二人の身長は同じくらいだが、剣の稽古をしているアイリス王子と一日中机と向かいあってるセージじゃ体格が違う。

 うちの弟は正直、筋力ゼロのなよなよ君なのだ。


「眠り薬や何かの薬で、城内の人間を全員無効化してたら話は別だけど、それはないみたいだし。何より外を見たいってこの前アイリス王子の口から聞いたばっかりだしね」


 アイリス王子の意思でセージと一緒に城の外へ出たのだろう。


「それに、わざわざ自分の名前を残して行ってる。自分といるって、サンダーソンや私に対するメッセージだと思う」

「私との約束を破って外に出たと言うのか?」

「約束って言ったって……もう二人は出会っちゃったわけだし。ちょっと外に出たくらい問題ないでしょ。きっとすぐ帰ってくるよ」

「すぐとはいつだ? 今がどんな状況か分かっているのか!」


 普段あまり感情を表に出さないアスターが、珍しく焦って私に詰め寄って私の肩を掴む。


「帰らなかったらどうする? ……母上はそうやって暗殺されたのだぞ!?」


 マーガレットは、誰にも何も告げず城を出てそのまま殺された、と聞いた。

 彼はその彼女の最愛の息子だ。


「そう、だね……」


 どうして気付かなかったのだろう。

 自分ばかりが悲しく辛いと思い込んでいた。アスターがあまりにも普通で、国王にも許されて忘れていた。

 息子である彼に、心の傷がないはずないのに。


「ごめん、アスター」


 私はゆっくりと彼の手に自分の手を重ね、掴まれた肩から手を離させる。


「でも、大丈夫。これだけは信じて。私の弟は、アイリス王子を誘拐してない。それに、弟と一緒ならアイリス王子は絶対安全よ」

「安全? 君の弟は腕が立たないのだろ? なぜそう言える?」

「確かに剣の腕はからきしだし、武力はこれっぽっちもあてにならない。でも、あの子にはここがある」


 私は、自分のこめかみを人差し指でとんとんと叩いた。


「ありとあらゆる国の知識があの子の頭には詰まってる。出会った刹那に首をはねなきゃ、あの子には誰も勝てない」

「随分自信があるのだな」

「ま、私が育てた弟だからね」


 私は肩をすくめてそう答える。

 何より、あの子が私を裏切るはずがない。


「……まぁ良い。今君をどうこうするより、早く王都へ帰る方が先だ」


 アスターはそう言って剣を下ろした。アスターが剣を下ろしたのを見て、スリフトも剣を下ろす。


「さて、じゃぁ我慢のきかない弟を迎えに行くとしますかー」

「居場所がわかるのか?」

「全然!」

「おい……」

「いやー、アスターも会えばわかると思うけど、あの子が本気で隠れたなら多分誰が探しても見つからないって。でも、アイリス王子が一緒なら、見つけられなくても二、三日で戻るでしょ」

「弟に何かあったら君も、君の弟もただじゃおかないからな」

「はいはい。その時は、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


 私はぺいぺいっと適当に手を振りアスターをあしらうと、馬に飛び乗った。


「ユウガオ!」


 ユウガオを呼ぶと、彼も私の後ろに飛び乗った。


「行こう」


 私たちは夜の街を抜け出し、そのまままっすぐ王都へと帰還した。




 私たちは一晩中馬を走らせ、翌日の昼前に城へ着いた。

 状況把握のため、会議室にいる国王様とサンダーソンの元へ急ぐ。

 

「ユウガオはもう一度城内を探して。見つからなかったらそのまま待機」

「わかった」


 私の言葉に頷くと、ユウガオはすぐに姿を消した。


「あー……戦い続きだったってのに休憩なしはきつい! 眠い!」

「誰のせいだと思っているのだ」

「心配性なアスターのせいでしょ?」

「相変わらず君は状況がわかっていないようだな」

「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど、アイリス王子の意思で城を出たって本人が言ったら、アスターはどうするつもりなの?」

「どうとは、どういうことだ?」

「まさかその調子でアイリス王子のこと怒ったりしないよね?」

「それは……」

「自分だけ除け者にされて手が届かない歯がゆさってさ、周りが思っている以上にしんどいし焦るんだよ。うちの弟がアイリス王子の意思を無視して誘拐してたなら私たちをどんな風にしてくれても構わないけど、アイリス王子の意思だったなら、ちゃんと話聞いてあげて」

「……」


 私は、黙ってしまったアスターを置き去りにし、とっとと扉を開け会議室の中へと入っていく。


「国王様、サンダーソン」

「おぉ、戻ったか。キユリ」

「待っていましたよ、キユリ」

「うちの弟が何か馬鹿やったって?」

「城の前でさんざん暴れた挙句、図書室で大人しくする約束が、いつの間にかアイリス王子と姿を消していました」

「ユウガオから聞いた通りね。うちの弟が迷惑かけたわね」

「全くです。急いで二人を見つけ出してください。ところでキユリ、この本が書き置きと共におかれていたのですが、何か心当たりはありますか?」


 そう言って、サンダーソンが一冊の本を私に差し出す。


「これは……」


 それは、弟の好きな本のひとつで、サイコメトリーである主人公が物の記憶を頼りに殺人事件を解決するという推理小説だ。

 下級貴族だって本は高価で、そう簡単に買えるものではないのに、スラム育ちのあの子がこの世のあらゆる本を知っているなんて皮肉な話だ。


「なるほどね……」

「居場所がわかったのですか?」

「多分ね」

「アイリスはどこにいるのだ!?」


 向かった場所に検討がついたところで、さっきまで部屋の外で立ち止まっていたアスターが会議室の中へと声を荒げ入ってくる。


「行けばわかるわ」


 私は、すぐに踵を返し城の外へと飛び出した。

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