18.パキラ海賊
「やっと帰れるー!」
「誰のせいだと思っているんだ」
ヴェルシュが解放された翌日、やっと解放された喜びのムードも束の間、午後には街の復興に乗り出す準備へと変わった。
私たちは、一日休息をとった後に、すぐにヴェルシュを出発した。そして、そこから現在二ヶ月以上が経ちやっと王都への帰路へついていた。
と言うのも、ヴェルシュからリコン川に沿って一度北上し、ベトワールへと入り込んだいくつかのイグラン軍を掃討。そして、同じことを今度は南下しながら行っていた。
川沿いを取られると言うのは戦況に大きく影響を与えるため、今のうちに奪取しておく必要があった。
……と言うのはルドベキアやアスターが作った建前で、本当のところはヴェルシュの橋を私が盛大にぶっ壊したために、修理にかなりの時間がかかるらしく、渡河地点を他に確保しておく必要があったからだ。
「君のせいで余計な手間がかかった」
「王子、なんでも私のせいにしないでよ。それに、ここで片づけておけば後が楽だし、自分の国に他国の兵がいたら嫌でしょ?」
「あの橋の修理にいくらかかると思っているんだ」
「そっちの話し? また宝狩りでもして稼ごうか?」
「やめろ……。もっと穏便にできんのか」
「いやいや、一番穏便でしょ。悪い奴らから金巻き上げて、持ち主のわかるものはちゃんと返してるし、ついでに治安維持も叶う」
「君は治安維持が目的であのようなことをしていたのか?」
「そう聞かれると、そうじゃないけど。副産物的にそういう効果もあったでしょ?」
「君の行動原理は常に理解できん」
「案外単純なんだけどなー」
いつものことだが、移動中の馬の上で緩い会話が織りなされる。
伏兵を探すのに最小限の人数で行動していたため、敵を掃討するのに少し時間を取られてしまったが、これで約三ヶ月ぶりに王都へと帰ることができる。気が緩むのも仕方がないのだ。
ルドベキアも、ヴェルシュの方が落ち着いたら王に謁見しに戻ると言う話だったので、私たちが城へ戻る頃には一緒になるかもしれない。
「アスター様、王城から伝令です」
「なんだ?」
「イグランのミージャ海域にて海賊が多数出現。今後イグランとの大きな海戦に発展する可能性があると見られますが、詳細は不明」
おっと、私がもたもたしている内に次なる布石も動き出したらしい。
「海賊? パキラの艦隊か?」
「恐らく。ですが、以前確認したものよりさらに規模が大きくなっているとのことです」
「そうか、わかった。伝令ご苦労」
「はっ」
伝令役の兵が下がると、スリフトがアスターの横に馬をつける。
「パキラって戦争が起きる以前は、ベトワールの海域で暴れまわってた海賊だろ? 戦争が始まってから規模ばっかりでかくなっていくのに、妙に大人しいって前に参謀が不思議がってたな」
「戦争が始まった直後、イグランとの大きな戦いを繰り広げたかと思ったら姿を見せなくなって、引退したか死んだものと思っていたが……まだ現役だったとはな。何はともあれ、パキラ海賊がイグランと一戦交えると言うのならありがたい話だ」
「そうだな。イグランの戦力が他に割かれるなんて願ってもない話だからな」
「元々、海賊がいるおかげでベトワールはイグランとの海上戦を避けられている部分がある。このまま潰し合ってくれれば、ベトワールにとっては良い追い風になる」
「後は、そのままベトワールに仕掛けてこないことを祈るばかりだな……」
それはありえないと言い切れるが、この先、事がどう運ぶかは私にもまだわからない。
「二人はその海賊のことよく知ってるの?」
「知ってるも何も、パキラ率いる海賊団はこの国じゃ有名人だからな。ツヅミ前軍団長も手を焼いていた。なぁ、アスター?」
「我々は、直接対峙したことはないが、騎士団との戦闘を見たことがある。だが、パキラは海賊ではあるが、この国で仕事に溢れた平民を積極的に雇ったり、海で悪事を働く商船を襲ったり、国の手が回らない所を守っていた節もある。パキラとツヅミは敵でありながらわかり合っていた様に思う」
「ま、簡単に言えばベトワールのダークヒーローだな」
「ふぅーん」
国王より歳を取った爺さんがダークヒーローと言うのもどうかとは思うが、確かにあの人は義に厚いタイプだ。
「でも、今はダークヒーローより自分たちのことだな。アスター、派兵としての戦いはこれで終わりだろ?」
「来る前のサンダーソンの話通りなら次から軍を率いた大規模遠征だろうな」
「キユリのおかげで早く終わったってのに、また遠征か」
「スリフトはあんまり戦場に出るの、乗る気じゃなさそうだね?」
「まぁな。ベトワールのために尽して戦うってのは貴族の責務として当たり前だけどさ、何もアスターが最前線で戦う必要はないだろって、護衛役としては思わざるを得ないからな」
「王子である私が率先して戦場に立つのは当たり前のことだ。万が一があっても、父上とアイリスがいれば国はどうにかなる」
「お前、マーガレット様の墓の前でそれ言えるか? 何度お前が訓練で怪我してマーガレット様に泣かれたことか。俺、若干トラウマだからな」
「母上は心配性な人だったからな。だが、母上ならきっと許してくださる」
そう言えば私の時も、私の怪我を見ては卒倒して半泣きで手当てしてくれたな。
「ま、そうならないために俺がいるんだけどさ」
「もしもの時の壁など必要ない」
「お前はそう言うだろうな」
「スリフト」
「わかってるって。せいぜいそうならないように無茶しないでくれ」
主従の前に友人である二人は、いろいろ複雑な様だ。
「それよりキユリ、遠征の間ユウガオはどうするんだ?」
微妙な空気を変えるためか、スリフトが私の方へと話を振ってきた。
「あの子が了承すればだけど、城に置いて行くわ。私はユウガオを戦場に出す気はないもの。それより問題なのは弟の方かも……」
「弟? そういえば今、弟君はどうしてるんだ?」
「王都で留守番中よ」
「確かアイリス様と同じ歳だと言っていたな? 一人で大丈夫なのか?」
「あー……まぁ、大丈夫なんだけど、大丈夫じゃないと言うか……」
「なんだ? 歯切れが悪いな」
「説明するより会った方が早いわ。どうせ帰ったら二人には会わせるつもりだったし」
私が帰るまで大人しくしてくれていると良いのだが……。
「キユリの弟って想像つかないな」
「そう? まぁ、血は繋がってないから、性格も見た目も全然似てないよ」
「血繋がってないのか?」
「うん。あの子は私がスラムで拾ったの」
「拾った?」
「まだ乳飲み子だった頃にスラムへ捨てられてたあの子を見つけて、それから私が弟として育てたの」
「そうだったのか」
「スラムじゃ乳幼児の食べられる物はないし、衛生状況も良くないから、本当はすぐに教会に連れて行くべきだったんだけど、妙に懐かれて私もひとりぼっちだったから……。そのままなんとなく、ね」
あの子のために毎日必死に物を盗んだり、娼婦のお姉さんにお金渡して母乳あげてもらったり、子どもを売り捌こうって悪い奴ら退治してたらなんとなーく逃げ足が早くなって喧嘩も強くなって……今に繋がってる。
「ま、あの頃は素直で超絶可愛かったのに、今じゃ悪さの天才って言うか、好奇心の権化って言うか……」
善悪の分別はぎりぎりあるが、頭が良い分厄介なのだ。
「なんか弟も強烈そうだな……」
「も? スリフト、それどう言う意味かな?」
「いや、あの、多才そうな姉弟だなと……」
「二人とも遊びはそこまでだ。次の街で今日は休息を取る」
私の突っ込みにスリフトがあたふたしていると、アスターが話を遮った。
目を凝らすと、道の向こうに街が見えて来ていた。
そして、事件が起きたのはその日の夕方のことだった――。
「キユリ!」
翌日には王都へ帰れると言う場所にあるこの街で、一晩を過ごそうかと言う時にユウガオが街まで来たのだ。
その様子はどこか慌てている様で息を切らしていた。
「ユウガオ、どうしたの?」
「まずいこと、起きた」
「まずいって?」
「セージが……」
「あの子また何かやったの!?」
「アイリス、誘拐した」
「……は?」
街に入ってから感じていた妙な気配についてかと思ったが、全く違う角度の話に私は数秒時を止めた。