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17.ヴェルシュ解放

 翌日、トロワローゼでの約束通り、イグラン軍は朝早くヴェルシュを撤退して行った。

 この日、イグラン軍の撤退により、半年間続いたヴェルシュ包囲戦はベトワール軍勝利で幕を下ろした。

 長年の膠着状態を押される形で敗戦が続いていたベトワールにとって、セト奪還、ヴェルシュ解放は久々の完全な勝ち星となり、敗戦国になるのだと覚悟を決め始めていたベトワールの国民にとっても、これは非常に大きな光となった。


「皆、半年間良く耐え抜いてくれた。明日からはまた戦いの日々になる。しっかり食べ、しっかり休んでくれ!」


 昨晩延期になった宴会が、完全なるヴェルシュ解放となり、大盛り上がりで開かれていた。

 酒は飲めないが、私も隅の方で人気がなく余っていた半分干からびたパンと干し肉をかじる。


「いた……! キユリさん……!」


 長い戦いから解放された街はボロボロながらも、ここから復興していくのだと希望に溢れていた。

 そんな時、私の方へこそこそと歩いてきて声をかける青年が一人。


「フウリン、お疲れ」

「お疲れじゃないですよ。僕もう牢に戻してもらえませんか……!」

「なんで? 一般人の格好してれば案外バレないもんでしょ? バレてないならそのままで良いじゃん。今なら逃げられるよ?」

「バレたらベトワール人に殺されますって……! それに、もう僕に逃げるところなんてありませんよ!」

「家に帰れば? 家族とかいないの?」

「僕は孤児なので家族はいません。働き口もなく、仕方なく割の良い民兵に志願したんです……。正直、イグランでの暮らしより捕虜になってからの牢暮らしの方が良い暮らしでした……」

「あんた……」


 とほほ、とうなだれるフウリンの不憫さに苦笑いを浮かべるしかできない。


「それなら一緒に、ベトワールに来る? ちょうど手伝ってほしいことあったんだよね」

「手伝って欲しいこと……? キユリさんのお願いは怖いんですよ」

「昨日のこと言ってんの?」

「そりゃそうですよ! 夜中にいきなり身ぐるみ剥がされたと思ったら、今度は市民に紛れて荷物運べって言われるし、夜通し舟の突貫工事手伝わされるし、挙句の果てに何が乗ってるのかもわからない舟の番を一人押し付けられて……。しかもそれが爆薬だったなんて! どれだけ怖かったと思ってるんですか!」


 そう。フウリンから兵服を奪っただけでなく、つっかえ棒付きの舟を作らせたり、弾薬を乗せた舟を黒煙の合図で川に流すよう指示をしたり、今後の命の保障と引き換えでフウリンに手伝ってもらったのだ。


「でもおかげで勝てた。あんたには仮ができたと思ってるよ。だから、命の保障ついでにベトワールへ来れば兵として戦争に出ることもないし、働き口も紹介してあげるって」

「僕みたいなイグラン人がこの戦争の最中にベトワールで働くなんて無理に決まってるじゃないですか」

「それなら大丈夫よ。もう一人捕虜のイグラン人がいるし、厳重な警備が敷かれてる場所の端の方で働くことになるだろうし」

「なんですかそれ……。めちゃくちゃ危なそうな気配するじゃないですか」

「大丈夫だって。敵意だとか変な動き見せたら死ぬだろうけど、そうじゃないならベトワールではかなり安全な場所よ」

「奴隷の様に働かされるんじゃ……!」

「あんた思った以上にネガティブね……。生活の保障はされるし、人権の尊重も約束する。ベトワールはイグランほど厳しい国じゃないよ」

「ご飯はちゃんと食べられるんでしょうか……」

「それこそあんた次第ね。ガンガン働けばたくさん食べられる様になる」


 そう聞いて、フウリンは少し考える素振りをした。


「イグランに戻って飢え死にするくらいなら、このままあなたに守られてベトワールに行った方が長生きできそうですね」

「そう言うこと。悪いようにはしないわ」


 ちょうどイグラン人でベトワールに大した敵意を持っていない人材を探していた。

 生活のために戦場へ出たフウリンは、私にとってうってつけの人材なのだ。


「キユリ、ここにいたのか。主役がこんな隅で何してるんだ?」

「私は騒がしいのが嫌いなのよ、スリフト。それより、二人とも良い所に来た」


 フウリンとの話がまとまると、兵や市民を労って回っていたはずのアスターとスリフトがやって来た。


「彼は……。なぜ捕虜が外に出てる……?」

「ひぃぃっ! キユリさん……!」


 フウリンの顔を知っているアスターがそれに気づいて、フウリンと私に鋭い視線を向ける。


「何言ってんの。グリッチェの陰の功労者は、彼よ?」

「何言ってるはこっちのセリフだ」

「ひぃ……!」

「ちょっと、アスターの顔が怖すぎてフウリンがビビってるから。その眉間の皺やめて」


 アスターの視線が怖くて私の後ろに隠れるフウリンと、また勝手な事をしやがったなと言いたそうなアスターの視線に挟まれる。


「だからね、イグランに潜入するための兵服を貸してくれたのも彼。橋に引っかかる舟を夜通し作ってくれたのも彼。イグラン軍が橋に集まった時にタイミングよく爆薬の乗った舟を流してくれたのも彼。グリッチェ攻略に欠かせない仕事を彼こそがやってくれたのよ」

「ほう……。危うくベトワール軍も巻き込まれるところだったあの爆薬を流したのは君か……」

「ち、違います……! 確かに流したのは僕ですが、僕はただ合図で流しただけで何が乗ってるかなんて知らなかったんです……! キユリさんに、やれば今後の命も保証してやるって言われて……!」

「君は敵軍の兵まで取り込んだのか」

「あの時はこれが最適解だったのよ。ちなみに、彼、捕虜として城に連れて帰るから」

「また勝手なことを……」


 ベトワールには捕虜を養う余裕はない。

 そのため、民兵などは安い身代金と引き換えにイグランへお帰り願う。

 わざわざベトワール領地に連れいて行くこともなければ、余程の大物でない限り城に連れていくことはもっとない。


「この件に関しては、サンダーソンに許可もらってるわよ」


 だが、今は事態が事態なので国内の状況改善も急務。

 そのためベトワールに牙をむかないと思われる優秀な人材は捕虜としてベトワールで働いてもらう。

 現地でのその人材集めは、私に一任されている。


「何を企んでいる……」

「アスター、戦争中だからって戦争だけしてれば良いってもんじゃないんだよ」

「そんなことわかっている」

「ま、与えられることが当たり前の人にはまだ難しいか……」

「なんだと?」

「このお勉強はまた帰ってからね」


 どの道、帰ってから説明した方が色々早いのだ。


「あ、あの……」


 アスターとの話が終わると、フウリンが私の背中からおずおずと顔を出す。


「何?」

「さっきからずっとこちらを睨んでる人がいるんですが……」

「睨んでる? ……げっ」


 フウリンの指さす方向へ視線を向けると、そこにはこちらを物凄い形相で確かに睨んでいるホウセンがいた。


「や、やっぱり僕ここで殺されるんじゃ……!」

「いやぁ……あれは、多分私だね」

「まだホウセンと話してないのか? 自分のせいでって反省してるんだろ? 話してやりなよ」

「スリフト、あれが反省してるって顔に見える?」

「どうだろうね。俺が知ってる限り、彼はいつも怒った顔だからね」

「我々同様、君に騙された上にグリッチェの橋で殺されかけたからな。それはもう、大そう怒ってるのではないか?」

「まじかー……」


 はっきり言わないスリフトに変わり、アスターが横から口を挟む。


「君の責任だ。さっさとケリを付けろ」

「逃げていいかな?」

「ダメだ。今後も戦地で一緒になることもある。わだかまりがあるならさっさと解決しろ」

「わだかまりねー……」


 そんなものはないはずなんだけど。


「キユリ、ちょっと顔貸せ」


 超絶しかめっ面のホウセンが、私と目が合うと早足に近寄ってきて一言そう告げた。

 仕方がないので、私はホウセンの後ろをついて行くことにした。


「怪我、悪かった」


 どうやら、あの怪我の一件がわざとだとは誰もホウセンに話していないらしい。


「別に。橋で仕返し出来たし」


 ししし、っと悪戯に笑うとホウセンははぁ、とため息をついた。


「キユリ、俺と勝負しろ」

「やっぱそう来る?」

「今じゃねぇ、その内だ。その腕、今はあんま使えねーだろ」


 昨日の今日で矢が刺さって平然と戦えるほど人は頑丈ではない。そこは、ホウセンでもわかってるらしい。


「ルドベキア様にも、今の俺じゃお前には勝てないって言われちまったしな……」

「落ち込んでるの?」

「そんなんじゃねぇ! そんなんじゃねぇけど、今回俺の失態を拭って、ベトワールを勝利に導いたのはお前だ。俺じゃ勝てなかった」


 やっぱ落ち込んでるじゃん、と口から出そうになった言葉をグッと飲み込んだ。


「あのさ、ホウセン。……俺たちは戦争やってんだ」

「あ?」

「ホウセンの真似したんだけど? 似てない?」

「全然似てねぇッ!!」


 ついこの間船の上でホウセンに言われた言葉を、ホウセンのものまねと共にお返ししたがあまり似てなかったらしい。


「ホウセンは強いよ。それは誰が見ても明らかだと思う。でもね、戦争は個人がどれだけ強くても、それで勝てる戦は限られる」


 一騎当千なんていうが、一騎当千の騎士だって相手が万なら勝てやしない。


「武に長けた者、知に長けた者、攻撃に長けた者、守りに長けた者、色んな人間が集まって戦争をしてる。闇雲に突っ込んでも勝てない。常に冷静に、周りを良く見て。勝機を見極める目を養って」

「目……」

「ルドベキアの近くにいるんだから、いくらでもそんな機会あるでしょ」


 ツヅミやアスター、スリフトが信頼を置くルドベキアだ。その気になって見ていれば、戦場での目は必ず培われる。


「でも、そんな勝機を見逃さないどころか、作り出せちゃうのが私なわけで。発破かけられて突っ込んでいくあんたを利用してわざと怪我してでも勝機を作っちゃえる私にホウセンが勝てるわけないのよねー」


 ホウセンに「ふっふーん!」と胸を張って見せる。


「わざと……?」

「あ……」

「待て、わざと怪我したってなんだ」

「な、なんの話かな?」

「変だと思ってたんだ。身を挺して庇わなくてもお前なら矢は叩き落せた。それに、その後イグランの服着て敵に紛れ込んでたし!」

「ぐ、偶然だよ、偶然!」

「お前、いつから画策してた?」

「し、知らないー!」

「あ、おい待て! キユリ、てめぇ!!」

「おい、キユリ、子どもたちが聖女様を呼んで……」

「ルドベキア、良い所に! 後よろしく!!」

「後……?」

「キユリィィィーーー!!」


 この後、私がわざとうっかりこぼした真相の全容をルドベキアから聞いたホウセンは一日中鬼の形相で私を探し周っていた。


 ***


「ふぅ……。ヴェルシュの街に眠るすべての魂よ、安らかに眠れ」


 そして、騒がしく過ぎ去った日の翌朝、セトと同じようにヴェルシュの街にも天使の歌が降り注いだと街は大騒ぎになった。

ヴェルシュ包囲戦、いかがでしたでしょうか。

ヴェルシュ包囲戦は、キユリのモデルでもあるジャンヌダルクが活躍したと言われている「オルレアン包囲戦」を参考にしています。

戦況や戦いの流れは史実を参考にオリジナル要素を入れていますが、地形や砦の位置などはそのまま持って来ていますのでご興味ある方はぜひ調べてみてください!

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