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16.戦いの後

「まったく、君は! 全員死んだらどうするつもりだ!」

「だから、逃げてねって朝言ったじゃん」

「そういうことは事細かに事前に報告しろ!」

「暇がなかったの」

「死んだように見せると、報告くらいできただろ!」

「そっちは上手くいくかわかんなかったし、味方にも動揺がなきゃバレるでしょ?」

「全員に言う必要はないが私やルドベキアには話しておくべきだっただろう!」


 すっかり日も暮れてヴェルシュへ帰還すると、大そうご立腹なアスターが仁王立ちで待ち構えていた。

 どうやら、川に落ちて死んだという話は、本隊だけにとどまらず待機組にも伝わっていたらしい。


「いいか、君に父上から許されたのは私に対する無礼な言動のみ! 戦場で勝手に戦略を練り、上官である私やルドベキアに許可もなく実行する権利は与えられていない!」

「でも勝ったじゃん! 国王様も戦場での活躍に期待するって言ってたし!」

「言い訳無用! いいか? 金輪際、なんの相談もなく勝手に死ぬな! 爆破も禁止だ! わかったな!」


 乱暴にそう言い捨てて、アスターはどこかへ行ってしまった。


「はっはっは。あれほど感情を露わにするアスター様も珍しいな。だが事実だぞ、キユリ。今後は必ずアスター様に相談しろ」

「わかってるけどさ。絶対反対されると思ったし……」

「まぁ、それは私でも反対しただろうな」


 あぁでもしなきゃ、この好機をものにできなかった。やる価値があるからやっただけなのに。


「勝てたのに、反対なの?」

「アスター様も、私もただ心配だったんだ。君が死んだと聞いた時、どれだけ後悔したと思っている」

「付き合いの短い人間が死んだって、なんてことないでしょ? 戦場で兵が死ぬなんて、珍しくもなんともないんだから」

「兵が戦場で死んでしまうことは、確かにそう珍しくはない。だが、我々はそんなことに慣れたりはしない。誰が死んでも悲しい。それが、セトを救いヴェルシュに希望をもたらしてくれた君なら、なおさらだ」

「……」

「ホウセンなんぞ、えらい取り乱してたぞ?」


 だから団体戦は苦手なんだ。心配だとか、そんな感情は捨てればいいのに捨てられない。


「……そう言えばホウセンは?」

「あれだろ? 次軍で川を渡ってくるぞ」

「キユリー!」

「うわっ……」


 遠くでホウセンが私を呼んでる声がする。しかも、めっちゃ怒ってる。


「あれでも心配してるんだ。相手してやれ」

「嫌だよ。運良く生きてたことにしといて! 私逃げるから!」


 そう言って、私もルドベキアの元を離れ、ホウセンに見つからないように身を隠した。


 ***


 その晩、盛大な宴で盛り上がりたいところではあったが、北西のイグラン軍への警戒が解けず、宴は全てが終わってから、と延期になった。

 私は一人、ヴェルシュを抜け出し西のトロワローゼ砦へと来ていた。


「手紙、読んでくれた?」

「誰だ!?」


 忍び込んだ部屋で待っていると、興味がないので名前は知らないが、何度か戦場でまみえたことのある指揮官が部屋へ入って来た。


「こんばんは。イグランの指揮官様」

「貴様は! ただの模倣かと思えば、まさか本当に舞姫がベトワールにいたとはな……」

「ここでまた地獄の惨劇を繰り返したくないのなら、ヴェルシュから去りなさい」

「……」

「それとも、あなたもローベルのように首だけになりたいのかしら?」

「あんな下品な者と一緒にするな」

「私からすれば、街を焼き払い破壊し回るイグラン軍は全員、下品で野蛮極まりない下賤の者よ」

「なぜそこまでイグランを目の敵にする? 東の地では飽き足らず、今度はベトワールでその腕を振るう気か?」

「人の国を取ろうとする奴がなぜですって……? あははははっ! 笑わせないでよ。命を、国を取られる覚悟もなし取りに来てるとでも言うつもり? 今ここであなたを殺しても良いのよ?」

「……退却する」

「賢明な判断ね。余計な血は流さないに越したことはないわ」


 私は、座っていた窓辺から立ち上がり、「明日には消えて」そう言い残して砦を後にした。


 ***


「また一人で夜歩きか?」

「ルドベキア……。風に当たりたかったの」

「血が滲んでいる。肩の包帯取り換えた方がいいぞ」

「いいよ。包帯が必要な兵士はもっと他にいる」

「破傷風にでもなったら大変だ。手当てしてやるから、ちょっと来い」


 トロワローゼからの帰り、いつものように市壁の上で風に当たっているとルドベキアに捕まった。


「もしかして、ルドベキアの部屋に誘ってる?」

「大人をからかうな。嫁入り前の娘が……」

「ふふっ、冗談。ついね」

「君は……。来る気がないのなら、救急箱を持ってくるからここにいろ」


 ツヅミも世話焼きなところがあるが、ルドベキアも結構世話焼きのようだ。軍団長自ら、下っ端兵の手当てなんてしなくて良いのに。

 ルドベキアはすぐに救急箱を取って戻ってきた。


「キユリ、これ適当に布を巻きつけただけだろ……」

「血が止まってれば良いんだって」

「まったく君は。どうしてこんな無茶をする。いつか死ぬぞ」

「痛たたっ……。もうちょっと優しくやってよ」

「自業自得だ、文句言うな。こんな細い腕で……」


 ルドベキアは、ただ適当に巻いただけの包帯を解き、消毒をした上で丁寧に巻きなおしてくれた。


「君なら、あの状況でも避けるなり叩き落すなりできたはずだと、ホウセンが言っていた。なぜやらなかった?」

「勝つためよ」

「勝つため?」

「十割で固めた完全な嘘は、必ず相手に見抜かれる。でも、そこに真実を少し混ぜることで嘘は見抜かれなくなる。あのタイミングで本当に怪我をして、血を流したから、イグランは好機だと思って私を追撃した」


 怪我も、血も、演技ではないからこそ相手を嘘の中に引きずり込めるのだ。


「ある程度の弓兵を倒して兵を引きつければ、ベトワールの軍が突破できる道が必ず開く。血を流した私が川に落ちれば、あいつらは私が死んだと思って隙ができる。勝つために、全てが重なるタイミングがそこにあった。ただそれだけよ」

「君のような少女が、このような怪我を負ってまですることではないだろう。下手をすれば本当に死んでいたんだぞ」

「関係ないわ。命をかけなきゃ、何も守れない」

「君は……。どうしてそこまでする? 君にとって命をかける程の何かが、この戦いにあると言うのか?」

「そうね。この国には私の宝物があるから」

「宝物?」

「ふふっ、それは内緒。痛っ!!」


 おどけて笑って見せると、ルドベキアがきゅっと強く包帯を結んだ。


「まったく……。ところで、戦場で駆ける君の姿を、遠くからではあるが垣間見ることができた。弓の腕、その剣捌き、誰に教わった?」

「それも内緒って言いたいんだけど……言わなきゃダメ?」

「どこかで見覚えのある剣捌きだと、ずっと考えていた。ただ一人、思いつく方がいる」


 ルドベキアが思いついた人間は、おそらく当たりだろう。


「あり得ないと否定しようとも、戦場での君の剣裁きはまるで……」

「ツヅミ?」

「なっ……!」

「前ベトワール軍団長兼大元帥、ツヅミ。……彼が私に戦い方の全てを教えてくれたの」


 私の剣の腕は、基礎から応用まで全てツヅミに鍛えられたものだ。

 あいつを見て覚えた剣は、得物が違えど似てしまうのは当然だろう。


「なぜ、あの方が君に!?」

「私はね、ホウセンと同じなの」

「同じ?」

「正しくは、同じになるはずだった」

「だった……?」

「ツヅミに、騎士にしてもらう予定だったんだよ。ベトワールで初めての女騎士に」


 七年前マーガレットが死ぬまでは。


「どういうことだ? なぜあの方と君が繋がっている!?」


 まぁ、当時大元帥だったツヅミと、貴族でも何でもない私が繋がっていることを疑問に思うのは当然だろう。


「いや、それよりも、この七年間一緒にいたというのか!?」

「ごめん、これ以上は内緒。私とツヅミの関係についてはオフレコなの。近々、ツヅミが城に戻る予定だから、自分で聞いて。あと、アスターたちにも絶対内緒だから」

「戻って、来られるのか……?」

「うん。帰って来るよ。まぁ、現軍団長のルドベキアにとっては邪魔かもだけど」

「邪魔なものか! あの人の帰りを私がどれだけ待っていたと……!」


 冷静沈着、勇猛果敢。歴代のベトワール軍団長の中でも群を抜いて武に優れ、知恵に長けた男。

 その実力故に、軍団長のみにとどまらず、国王から騎士団の全権を任され大元帥にまで登り詰めた男。

 女性からモテたのかは知らないけど、男性諸君の憧れの的であったのは言うまでもない。

 七年前、マーガレットだけでなく、その彼までもを私はベトワールから奪ってしまった。


「ルドベキアのこと、ずっと心配してたよ」

「ツヅミ様が、私を……?」

「全部押し付けて悪いことしたって。だから、戦場でルドベキアに会ったら助けてやってくれって言われてたの」

「そうか……。不甲斐ない軍団長でがっかりしただろう」

「そんなことない。半年もここを守ってくれた。それどころか、七年間もベトワールを守ってくれた」


 ルドベキアになら任せられるとツヅミが言ったから、私は七年前ベトワールを離れる決心ができた。

 七年間ベトワールがイグランに落とされないか気が気ではなかったけれど、そんな心配は要らなかった。

 それは全て、七年間戦場で戦い続けてくれたこの男のおかげだろう。


「ありがとう、ルドベキア。あなたには、本当に感謝してるの」


 私は、ベトワールの恩人に深々と頭を下げた。


「頭を上げてくれ! 自分の責務を全うしたまでだ。それに、私は結局守るだけで精いっぱいだった……」

「七年間、守ってくれただけで十分だよ。でも、私が戻ったからにはガンガン攻めるから。一緒に戦ってくれる?」

「ふっ……。誰にものを言っている? 私はベトワール軍の軍団長だぞ」

「ふふっ。頼もしいね」


 夜風に吹かれる私たちの間には、激しい戦いを終えた後だと言うのが嘘のように、穏やかな時間が流れていた。

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