15.妙案
「ルドベキア! 橋でアスターが待ってる!」
「了解した! 聖女殿!」
手を上げ私の声にルドベキアが答えたのを見て、グリッチェ攻略はもうすぐだと確信した。
「さてと、こっちも準備準備」
私は、旗を立てた屋根の上から降り、周りにいる弓兵や下から登ってくる兵を適当に倒して行く。
「まさかこんな簡単にうまくいくとは、私も思わなかったよねー。やっぱ私って天才なんじゃ……!」
時は少し前に遡る――。
***
「ぷはっ!!」
イグラン兵の矢に討たれ川へ落ち、そのまま深く潜ると流されるまま、息が続く限り下流へと流された。
「敵は……いないね。グリッチェ要塞は……うげっ、結構遠くまで流されちゃた!?」
昨日、子どもたちにもらった花束からヒントを得て、内部から瓦解させるべく妙案が思いついたものの、どうやって戦場へ出ようかと思ってた折に、ホウセンが喧嘩を売ってきたのでたきつけ戦場へ出させた。
それを追うふりをして敵とぶつかり、さらに窮地のふりをして川まで追い詰められ、ドボンと川に落ちてみせた。
「んっ……! 痛ててて……」
ホウセンを庇った際に刺さった肩の矢を抜く。
計画のためにたきつけたとは言え、ホウセンに怪我をさせる気はなかった。思ったよりホウセンが落馬の際に弾き飛ばされたのは誤算だったのだ。
それでも、どこかで矢を受けるつもりでいたので、ホウセンには悪いけど私には好都合だった。
「ふぅ……」
とは言え、覚悟しても怪我をすれば痛いものは痛い。
肩だけでは真実味に欠けると思い、鎧の下に矢の貫通を防ぐ特別製の着込みを着て腹や胸にも矢を受けたけど、こっちも実際に矢が刺さった肩ほどではないにしても痛いものは痛い。
とりあえずハンカチを破って適当に傷口を覆い血が流れないようにすると、計画を実行すべく昨日フウリンから剥ぎ取って夜の内に予め隠しておいたイグラン兵の鎧兜へと着替える。フウリンは小柄で私とそう大差ない背格好なので私が彼の兵服を着ても違和感がない。
そして、自分の愛刀を鞘ごと腰から抜く。
「土産はこれでいいかな」
私は急いでグリッチェ要塞近くまで戻ると、私の死体を探しているであろう川近くを調査中のイグラン兵に紛れ込む。
「武器だ! あの女の短剣があったぞ!」
「何!? 急いでグリッチェ要塞までお持ちしろ。それだけでも、奴らの戦意を奪う武器になる。行け!」
「はっ!」
味方の顔ぐらい覚えろよと言いたいところだけれど、兜であまり見えない上に、戦士の顔ぶれがしょっちゅうかわるイグランでは下っ端の兵などそんなものなのだろう。
「川辺で魔女の愛剣を見つけました! 指揮官様に知らせを!」
「屋上にいらっしゃる。すぐにお伝えしろ!」
「はっ!」
そうして、グリッチェ要塞でそう伝えるとまんまと中に入り込めた。
敵が一人で入り込むとも思ってないのだろうけど……先入観とは実に恐ろしい。
「ま、思ったより流れが速くて結構な下流まで流されちゃったのは誤算だったけど、日暮れに間に合って良かったとするか。ルドベキアもちゃんと進軍させといてくれてるし、助かった」
今頃、私の言いつけ通りに、フウリンが川の上流で小舟を流す準備をしてくれていることだろう。
服を剥ぎ取られた上に、敵の手伝いをさせられるなんて可哀想に。……全部やったの私だけど。
「指揮官様! 魔女の愛剣を下流にて発見致しました!」
「よくやった! あの魔女め、ついに死んだか! 剣をここへ。私が確認する」
「はっ!」
そして、敵指揮官との距離を縮めたところで兜を取る。
「なーんて。ごめんなさいね、指揮官様。神様がまだ死んじゃダメだって」
「お、お前は……!」
「悪いけど、グリッチェは返してもらうわ!」
「魔女め……! 決着をつけて、え……? うわぁぁぁ!!」
「ごちゃごちゃうっさい!」
指揮官のよく分らない台詞を聞き終える前に、首筋を斬りつける。
血しぶきとまではいかないが、それなりに血は出ている。
「安心しなさい。致命傷じゃないわ……今は、ね」
「こ、この偽りの聖女め!」
「あんまり騒いで動くと大量出血で死ぬわよ?」
「誰でも良い、この女を殺せー!」
指揮官の大声に、屋内外の兵が私に気付き四方八方から湧き出て来る。
だが――。
「よっと!」
「うわぁ!」
「それ!」
「あぁ……!」
「この狭い中、四方から弓を飛ばし剣を振れば味方に当たるに決まってるじゃない。イグラン人って全員馬鹿なの?」
こうなればもう、戦場は私の手の中。攻撃を躱すだけで相打ちしてくれるなんて楽な連中だ……。
あらかた敵が倒れると、私は動けなくなっている指揮官を無視し、イグラン軍によってナイフでボロボロにされたベトワールの旗を持ち出した。敵の旗を傷つけ戦場の指揮本部に置いておくのがイグランの通例なのだ。
私は、屋上に掲げられていたイグランの旗を取りベトワールの旗を風にはためかせると、戦場の重苦しい空気を大きく吸った。
さぁ、反撃の狼煙を上げよう。全員、顔をあげなさい。
「私はここにいるぞ!!」
戦場の張り詰めた空気の中、剣戟の合間を縫うように、戦場では聞き慣れない女の声が響き渡る。
下の戦場から向けられた驚きの視線と、目を見開く表情に、ほんのわずかに口角が上がってしまう。
「下を向くな! 立ち上がりなさい! 勇敢なるベトワールの兵たちよ! 戦うのです! 奪われることのない未来のために!」
大きな大きな一輪の花を奪われたことで始まったこの戦争は、もう何ものも奪わせないための戦いなんだ。
「我らの神が敵の追撃から私を守り、私をここまで導いて下さいました! 続きなさい、この旗の元へ! 誇り高きベトワールの兵たちよ! 今こそ、ヴェルシュ解放への道を切り開くのです!!」
「「「うおぉぉぉーーー!!!」」」
水を得た魚のように勢いを吹き返したベトワール軍に、私は小さく笑った。
「全く世話が焼けるんだから」
と、言う事態だった訳だ。
***
上階にいたイグラン兵を大方片付けたのち、私は数個の煙玉に火をつけ、煙を上げる。
ヴェルシュの方へ手を振ると橋前で待機していた見張りの兵が私に気が付いた。
「キユリ、無事だったか!」
「ルドベキア!」
屋上で準備をしているとルドベキアが上に上がってきた。
「イグランは?」
「君が現れて大混乱だ。ベトワールの兵たちの勢いに押されて橋に撤退している」
「挟撃できるね」
「どこから画策し、読んでいた?」
「案自体は昨日から。確実に実行できると思ったのは、ホウセンが戦場に突っ込んで行った頃かな。私あんまり頭使うのは得意じゃないんだけどね」
「得意でなくてこれか……君は本当に恐ろしいな」
「あ、出てきた!」
下を覗いていると、鬼の形相のホウセンと鬼気迫るベトワール兵に追われ橋の方へと逃げるイグラン軍が出てきた。
それと同時に、ヴェルシュでの待機組が橋へと出てくる。
「さてと」
私は次に黒く色のついた煙玉に火を付けた。
「何をしている?」
「ちょっとした合図よ」
イグラン軍はどんどんと橋に追い込まれ、ついには、ベトワールに南と北から追い込まれる形になった。
「さて、これで勝負はついたわね」
「全員捕虜にするのか?」
「まさか。ここに捕虜を養う食料なんてないもの。全員お帰り願うわ」
その時、橋を通れないように突貫でつっかえ棒を付けた小舟が、荷物を乗せどんぶらこ、どんぶらこと川を流れてきた。
黒煙の合図に気づいたフウリンが舟をちゃんと流してくれたようだ。
「なんだあれは?」
「ルドベキア、軍を下げて」
「何?」
「いいから!」
私は、火矢を川に向けて構える。
「ホウセン! 下がれ!」
上からの呼びかけに気付いたホウセンが怪訝な顔をする。
「ま、下がらなくても下がりたくなるだろうからいいや」
その時、私の指先から放たれた火矢が橋に引っかかっていた小舟の荷物に突き刺さる。
そして――。
――……ドォーーーーン!!
その瞬間、小舟が爆音と熱風を放ち吹っ飛んで行く。
「爆薬!?」
「御名答。早く逃げないと橋ごと皆吹っ飛ぶよー!」
私は、また火矢を構える。
それに目を剥いたのはイグラン軍ではなく、ホウセンやアスターをはじめとするベトワール軍の方だった。
「ほらほらー!」
――ドォーーーーン!!
――ドォーーーーン!!
「退却ー! 退却ー!」
――ドォーーーーン!!
「あはははははっ!」
――ドガァァァーーーーン!!
その時、橋の下にも仕込んでおいた爆薬に船の火の粉が飛び移り、橋が大爆発。上にいたイグラン軍もろとも吹っ飛び川に流されて行った。
「味方を殺す気か!? あぁ……! せっかく直した橋が……!」
「実際、聖女演じるのって楽じゃないのよね。どっかでストレス発散しないとやってらんないって言うか」
「君は悪魔か……!」
「勝てたんだから良いでしょ」
ウインクをして返事を返すと、ルドベキアは、はぁ……と盛大な溜息をついた後、堪えていたものが決壊したかの様にお腹を抱え笑い始めた。
「キユリ! てめぇ、殺す気かー!!」
そして、下からホウセンの物凄い怒号が聞こえた。
何はともあれ、私たちはこうして南の難関グリッチェ要塞を陥落させた。
こうして、東と南全域のルートを奪還したことで、ベトワール軍は無制限に補給を行えるようになった。