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閑話.謎の少女

 俺の名前はルドベキア。ベトワール軍団長をしている。


 七年前、マーガレット様が暗殺され大混乱の最中に、突然姿を消した前ベトワール軍軍団長兼大元帥であったツヅミ軍団長に「全てをルドベキアに託す」と置き手紙ひとつで軍団長にさせられてから、ずっと戦場に立っている。

 幸いにも、私には嫁も子どももいない。戦場、戦場で全く家に帰らない夫が嫁に三下り半を叩きつけられる心配もなく、戦いに集中できる。


 それでも、ベトワールがイグランに押し込まれているこの状況をツヅミ軍団長が見たなら何と言われるだろうか……。

 

 あの人がいてくれたなら、こんなことになっていなかったのではないかと事あるごとに考えてしまう。

 そして、ついには援軍に駆け付けた陥落寸前のヴェルシュを防衛するために半年も引きこもっている私は、軍団長失格だと国王陛下や部下たちから言われても仕方がないだろう。

 そんな折、セトが陥落したという話を聞き、ついに私は部下の窮地に駆けつけることもできなかった自分の不甲斐なさに崩れ落ちた。

 だが、その翌日セトが奪還されたと知らせを受けた。

 しかも、信じられないことに、年端もいかない一人の少女が戦に参加し、たった一日でセトを奪還したのだと。

 そして、その少女は参謀総長であるサンダーソンが連れてきた噂の宝狩りの犯人だと聞いた。

 いったいどんな話に尾ひれがついてそんな大仰な話になってしまったのかと思ったけれど、彼女がここヴェルシュへ来て私はすぐに納得がいった。


 イグランに包囲され細々としか食料を街へ入れることができず、兵も民も心身ともに疲れ果てていた。

 そんな中、来る途中で肉や草を狩り、皆へ食べさせる大盤振る舞い。

 敵の偵察隊を捕まえて情報を聞き出した能力の高さ。

 そして、毎日毎日いつ寝ているのかと思うほど朝は早く起き、食事の支度をして兵や民を鼓舞し、昼はまた狩りにでかけ夜は街の外の見回りをして常にヴェルシュを守ってくれていた。

 彼女が来たことで、ヴェルシュの絶望に満ちていたはずの雰囲気がどんどん回復していった。


 名も知れぬ少女にいったい何ができると思っていたが、戦場に出るよりも早く、彼女がいることの効果を実感してしまったのだ。

 私は、五日と経たぬ内に、彼女に対する疑心よりも興味が大きくなっていた。


 戦いの前に話がしてみたいと思い、いつも彼女が夜風に当たっている場所に行ってみると、その整った顔立ちで穏やかに街を見下ろし、肩につく髪を風に靡かせていた。


「女性の夜歩きは危険だぞ」


 そう声をかけると、彼女は私を見てほんのわずかに笑った。


「何を見ている?」

「街並み。どんな街だったのかなって」

「ここは、ベトワールの城下に負けず劣らずの花の都だった」

「きっと、綺麗だったんだろうね。見てみたかったな……」

「戦争が終われば、また見られるさ」

「……そうだね」


 まるで未来では見られないかの様な口ぶりと返答の間に、やはり戦に立つのは怖いのかと思ったけれど、それも違ったらしい。

 怖いのかと言う私の質問に返ってきたのは、「怖いのは、負けて全てを失うこと」だった。

 それは、失いかけたのか、はたまた一度何かを失ったのか、どちらにせよ経験のある者の答えだった。

 そして、そんな会話の中で敵の音に気付いた彼女は、数メートルはある外壁をまるで翼でもあるのかと思うほどいとも簡単に飛び降り、いくつもの戦場で指揮をとったことのある指揮官のように兵をまとめてしまった。


「奇襲が来ます! 迎撃準備を!」

「「おぉー!」」

「ベトワールの真の実力を示しましょう! 神は常に我らと共に!」

「「うおぉぉぉーーー!!」」


 戦争に対する思いも、実際の行動も、それはいくつもの戦場をくぐってきた人間の言動そのものだった。

 そして、そのまま東の砦を落としてしまったのだから最早、あんな少女が戦えるのかなんて疑問は彼女の戦いを見なくとも払拭された。

 だが、東の砦を落とした翌日、北西の守備を固めていた俺は、さらに信じられない知らせを受ける。


「伝令! 伝令!」

「なんだ」

「それが……」

「なんだ?」

「パストゥ砦が落ちました! 負傷者数名、死者……ゼロです!」

「なんだと!?」

「聖女様が一人、パストゥ砦へと出向き敵の攻撃を避け砦を開けられたところにホウセン様が乗り込み、ほぼ二人で撤退へ追い込んだと……」


 伝令役の兵が何を言っているのかわからなかった。

 けれど、パストゥ砦攻略が終わり返ってきた兵たちが口々に「戦場で聖女様が舞っていた」だとか、「矢の雨が聖女様を避けていた」だとか、信じられない話をしていてますます状況がわからなかった。


「アスター王子」

「ルドベキア、悪いな。私の出る幕などなく片付いた」

「それは……」

「彼女だ。お前、数十、数百と迫る矢を避けられる人間を見たことあるか?」

「い、いえ……」

「だろうな。私もだ。本当に神の加護を受けた聖女だと言われた方が確かに納得が行く」

「では、兵たちが一様に言ってることは……」

「あぁ、本当に起こったことだ。まるで矢と戯れているかのように戦場をひらひらと舞っていた」

「そんな馬鹿なことが……」

「詐欺師の様な擬態、演技能力。それに加え、弓の腕は立つし、剣の才もある。サンダーソン、とんでもない奴を連れて来たものだ」


 幼い頃よりツヅミ軍団長に鍛えられた騎士としての腕前は、アスター王子も他の騎士より群を抜いている。

 それでも、その王子がそんな風に言うとは相当なのだろう。


「いったいどんな人生を送れば、あのような少女がそんな才能を……」

「さてな。スラムで育ったことくらいしかまだわからん。サンダーソンも彼女の過去を徹底的に調べたそうだが、その素性はほとんどはっきりしなかったと言っていた。仲間に山の民を連れているから、長らく異国にいたとも考えられる」

「そのような素性の知れない者を王子のお傍において大丈夫なのですか?」

「どういうわけか、ベトワールを守ることに関して彼女は誰よりも考えを巡らせている。今日の戦の後も酷い顔をしていた。できるとは言っても、あれほどの芸当をやってのけるのには相当体に負担がかかるのだろう。そんなことをどうでもいい戦のためにできるか? 下手をすれば死んでいた。何が目的なのかはわからないが、ベトワールが勝つことは彼女の利害と一致しているのだろう。その間は問題ない」


 納得はいかないが、アスター王子の言葉に納得するしかなかった。

 確かに、昨夜彼女と話した時、彼女は何かの覚悟を持ってこの戦に臨んでいるよう見えた。


「ヴェルシュが解放された暁には、彼女とゆっくり話してみたいものですな」

「そうだな。だが、あれは未成年だ。酒は飲ますなよ」

「そうでした。女性の喜ぶような甘味など戦場には有りませんが、何か探してみましょう」


 そんな話をアスター王子としていた。

 けれど、そんな彼女の強さを俺は、俺たちは過信してしまったのかもしれない――。


 ***


 戦況が動かない中、言い争いになり一人敵陣に突っ込んで行ったホウセンを追い、キユリも敵陣へと乗り込んで行った。

 微かだが、キユリがイグラン兵と戦っているのが見える。


「あの剣捌き、どこかで……」


 どこか見覚えのあるような動きをもう少し見たいとこだったが、砂煙とキユリが移動したことでその姿は見えなくなってしまった。


「ルドベキア様!」


 そんな中、しばらくすると息を切らしたホウセンが慌てて戻ってきた。


「あいつが! キユリが……!」


 いつになく焦った様子のホウセンがまくしたてるように状況を説明する。


「俺が無理に突っ込んで敵に狙われて……そしたらあいつが俺のことかばって!」


 強さを追い求めるあまり、ホウセンは周りが見えなくなることがある。戦場においてそれが場を良い方向へと持っていくこともあるが、今回は悪い方に出てしまった。


「あいつ肩に矢が刺さったのに、俺を逃すためにそのまま川の方に……」

「生きてはいるのだな?」

「致命傷じゃなかった。すぐにルドベキア様を呼んで来いって」

「わかった」


 確かに、今なら敵の意識はキユリに向いている。

 ある程度騎兵で突っ切れば上からの弓も避けられる。

 行くならこの砂埃が収まる前に行くべきだろう。


「隊を二つに割る。一部騎兵、歩兵は要塞の東西へ回り込み敵側面を突け! 後の騎兵は俺について来い! 遅れたやつはそのケツに矢が降り注ぐと思え! 行くぞ!」


 俺は素早くそう決断を下すと、全速力で騎兵を走らせた。

 王子から預かったキユリを、ヴェルシュの希望を、こんなところで死なせるわけにはいかない。

 ピクリとも動かなかった要塞が、あの少女が駆け付けた瞬間、隙が生まれた。


「ホウセン、キユリを探せ! 兵はそのまま要塞へ突っ込め! 矢が降り注ぐ前に駆け抜けろ!」

「はい!」

「おぉーーー!!」


 それからは、攻防せめぎ合う激しい戦いになった。

 前から打ってくるはずの弓兵は既にほとんど壊滅しており、堡塁(ほるい)の元まではすぐさま辿り着けた。

 しかし、梯子をかけ要塞へよじ登ろうとするが、敵もしぶとく抵抗し、なかなか登れない。


「諦めるな! ここが正念場だ! 登れ!」


 下の兵を片付けつつも、状況は動かない。

 そして、いつまでたってもホウセンが戻ってこない。

 その時、敵の伝令旗を差した兵が、要塞の中へ入っていくのが見えた。

 西からの伝令か、私が気付いていないところで何かあったのか、嫌な予感がした。


「偽りの聖女を打ち取ったぞー!」


 そして、信じられない言葉が敵の司令官から発せられた。


「馬鹿な……!」

「聖女様が……?」


 イグランの兵が上気して行くのとは裏腹に、ベトワールの兵たちに動揺が走る。


「ベトワールの聖女など偽りだ! 神の加護はイグランに有り!!」

「「うおぉぉぉーーー!!」」

「騙されるな! 我らが聖女様は、本物の神の使いだ!」

「おぉーー!」


 すかさず、檄を飛ばすが、東のトロワレー砦を落とし、パストゥ砦まで落として見せた聖女の存在がいつまでも戦場で見えないのは大きい。

 イグラン軍は士気を上げ勢いを盛り返してきた。

 反するベトワールはなんとか持ちこたえてはいるものの、これまでの勢いが完全になくなってしまった。

 それは、どれだけ戦えど、どれだけ踏ん張れど、戦場に彼女の姿はなく声さえ聞こえないからだ。


「ルドベキア様……!」

「ホウセン!」

 

 本当に死んでしまったのかもしれないと、ベトワール軍に嫌な空気が流れ始めた頃、ホウセンが馬を走らせ戻ってきた。


「ダメです。やっぱり見当たりません! 川近くでうろついてる奴がいたから捕まえて吐かせたら、身体に何本も矢を受けて川に落ちたって……」

「なんだと……!」

「死体が上がるのも時間の問題だと……。俺も川を少し下ったんですが、見当たらなくて……っ!」

「そうか」

「俺……」

「言うな。今はここを突破し落とすことだけ考えろ。皆、敵の聖女を討ったという情報を聞き士気が下がってしまっている」

「でも! 俺のせいで!」

「ホウセン! 戦っていれば、ついさっきまでそこにいた人間が一秒後には死んでいることだってある。気持ちを切り替えろ!」

「……っ!」

「戦え!」


 そう言うと、ギリっと奥歯を噛み締めたホウセンは再び戦いへと戻って行った。


「くそっ!」


 戦場で力不足を嘆くなと、何度ツヅミ軍団長に言われたことだろう。

 それでも、毎回あの時、あぁすればと後悔せずにはいられない。それが人間と言うものだ。

 だが、そんな考えに支配され戦場で命を落としては意味がない。


「ルドベキア様! 中へ入るための通路を奪取できません! このままでは、ベトワールは消耗するばかりです!」

「聖女様がいてくだされば……」

「泣き言を言うな! 歯を食いしばれ!」


 キユリが死んだと知らせを受け、早数時間、情報が完全なる真実味を帯び、兵の士気も下がり切ってきた。

 そして、直に日が暮れる。


「撤退、するしかないのか……」


 ここまで来て……。

 大きな希望を失った悲しみだけを土産に、ヴェルシュへと戻るのか?

 ヴェルシュはきっとこのまま立ち直れずに陥落する。見えた希望が大きすぎた分、どん底へと沈むだろう。

 それでもなお、軍団長としてどんな責め苦を受けようとも、ここで全軍を死なせるわけにはいかない。


「全員、てった――」

「私はここにいるぞ!!」


 撤退命令を下そうとしたその時、グリッチェ攻略の戦場に、よく通る芯のある声が響き渡った。


「下を向くな! 立ち上がりなさい! 勇敢なるベトワールの兵たちよ! 戦うのです! 奪われることのない未来のために!」


 どうやって入ったのか、グリッチェ要塞の一番上で、この戦場で唯一の少女が誰よりも勇ましくベトワールの旗を掲げ、声を上げているではないか。


「聖女様……!」

「聖女様だ!」


 絶望に見舞われていたはずの兵たちに次々と希望の光が生まれていく。


「我らの神が敵の追撃から私を守り、私をここまで導いて下さいました! 続きなさい、この旗の元へ! 誇り高きベトワールの兵たちよ! 今こそ、ヴェルシュ解放への道を切り開くのです!!」

「「「うおぉぉぉーーー!!!」」」


 地鳴りがするようなベトワール軍の声に、聖女死亡の知らせを受けたイグランの盛り上がりを遥かに越える熱気が戦場を包み込んだ。


「ルドベキア! 橋でアスターが待ってる!」

「了解した! 聖女殿!」


 絶望の戦場に現れ、なおも変わらずハツラツとした声で笑顔を見せる彼女に、私はこの国の希望()を見た気がした。


「ホウセン、行くぞ!」

「はっ!」


 聖女様のご帰還だ。

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