13.休戦日
パストゥ砦を落とした翌日は休戦日となった。
とは言え、明日には激戦になるであろうグリッチェ要塞を攻める。
戦いは休みでも、準備に大忙しだ。
「川の橋を直して、中州に大砲? 正気?」
「そうだ。ヴェルシュとグリッチェを元々繋いでいた橋を直す。いくら勢いがあると言っても、グリッチェの攻城戦はこれまでの様にはいかない。橋を直し、アスター様にはヴェルシュからの攻略を指揮してもらう。今回は、軍団長である私が南の部隊を指揮する。ここを引くわけにはいかないからな」
グリッチェ要塞は、元々ヴェルシュを南側で守るための橋頭保で、そこが守りにどれだけ堅いかは、そこで守っていたベトワール軍が一番よくわかっている。
そのため、明日のグリッチェ攻略の作戦会議が早朝から行われていた。
「あんな精度の低いものいくらぶっ放したところで意味はないと思うけど」
「そんなことはない。大砲の威力は凄まじい」
「費用対効果って言うの? 著しく低いじゃん」
「なら橋を直すことにも反対か?」
「それは良いと思う。橋があれば今言ってた通り、南北両方から攻めることができるようになる」
「だが、問題はそこだ。そもそも南北から攻めようと思っても、グリッチェ要塞の場合、堡塁の下まで近づく事も容易じゃない」
「昨日と同じように私が出ようか?」
「いや、耳を疑うようなその活躍は私もこの目で確かめたいところではあるが、それだけのインパクトを残したなら敵も対策を打ってくるだろう」
「確かに」
「となれば、今回は正攻法で行くしかない」
「それが大砲?」
「そうだ。投石機もあるだけ投入する」
「なるほど……」
大砲や投石機など、建物を壊す際に使われる代物はどの国にも普及しているが、総じてその精度はあまり高くない。
大砲に至っては、威力ではなくその大音響で敵を驚かせているだけに過ぎない時まであると私は思っている。
「それでも落ちなかったら?」
「突撃して梯子をかけて全力で登るしかないだろうな……」
要塞を破ることは容易ではなく、恐らくこの戦いでこれまで死なずに済んだ兵が死に行くのは明白だろう。
戦略とは、死者の数まで計算に入れるのだから嫌になる。
「とは言え、ベトワールはこれ以上兵を減らすわけにもいかない。無茶な突撃はせず無理なら撤退してまた策を考える」
「ルドベキア、南の軍が押すまで北は待機か?」
「王子、北は最後の挟撃隊だと思ってください。北西の守りを緩めるわけにも行きませんから」
「わかった」
「ねぇ、私も北で待機?」
「南でその腕前を私に見せてくれると言うのならそれでも構わん。聖女殿がいれば兵の士気も上がる」
「じゃぁ南に行こうかな」
「わかった。アスター様、聖女殿をお借りしてよろしいですか?」
「構わん。ただし、それは勝手に動き回る癖がある。手綱はしっかり握っておけ」
「かしこまりました。謹んでお預かり致します」
「ひどいなー」
こうして、私は翌日も南の本隊から出撃することが決まった。
とは言え、ルドベキアの消極的な策には少し反対なところがある。
あの要塞にあの距離からの大砲は恐らくほとんど意味をなさない。それでいて兵が減るようなことも極力控えたいとなると、攻略はかなり難しくなる。
けれど、これ以上ここにとどまってもいられない。
セトがそうであったように、もうベトワールの戦線はどこもぎりぎりで、いつ前線が崩されてもおかしくない。
ベトワール以外の近隣諸国との戦が終わって、ベトワールに割かれるイグラン兵が増えたことが原因だ。
ルドベキアをさっさとヴェルシュから解放して、他の戦線へ送り出し、私も別の戦地の応援に行かなければならない。
サンダーソンが言うように、これからはイグランへ打って出なければいけないのに、こんなところでぐずぐずしていられないのだ。
けれど、ただでさえ難しい要塞をどう攻略して、私に対する対策が打たれているのだとしたら、それをどう躱すのか、私にはまだいい案が浮かんでいなかった。
「はぁ……。一人でうだうだ考えてても良い案は出ないんだよねー」
私は気分転換に会議室を出て外の様子を見に行くことにした。
「おはようございます、聖女様!」
「聖女様! ご機嫌いかがですか」
外に出ると、そこかしこで人から声をかけられる。
適当に微笑み、適当に手を上げ、その声に応えながら、南の修復中の橋を見に行く。
「せ、聖女様!」
その途中、不意に数人の子どもたちに声をかけられた。
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
私は、地面に膝をつき、視線を子どもたちの高さに合わせる。
「こ、これ……皆で集めてきました」
「うわぁ、素敵」
子どもたちが差し出してくれたのは、マーガレットの小さな花束だった。
花の国と呼ばれるベトワールで、王妃マーガレットの名前を冠する花はそこかしこで育てられていた。
そして、それは戦場下のベトワールでも変わることなく、この国の象徴として、そこかしこに咲いている。
「私のために?」
「大人たちが皆、聖女様がいればきっと勝てるって。ご飯をたくさん用意してくれたのも聖女様だって。……それで、私たち何もできないけど、少しでも聖女様に何かしたくて」
「ありがとう、すごく嬉しい。私、マーガレット大好きなの」
「本当ですか?」
「うん。あ、そうだ、これを見て」
私は懐から、一本のナイフを取り出した。
「これもマーガレットの模様でしょ」
「本当だ! 綺麗!」
木でできたナイフの柄には、マーガレットの花の彫刻が彫ってあり、中央にはインペリアルトパーズと言う宝石が埋め込まれている。
これは、マーガレットがくれた宝石の埋まったナイフに、私が自分でマーガレットの花を彫った世界でたった一つの代物だ。
「私のお守りなの。あなたたちがくれたマーガレットの花も合わせれば、私は無敵ね」
「明日も勝てる?」
「必ず勝つわ」
私はナイフをしまい、子どもたちにもう一度微笑んだ。
「さぁ、ここは危ない。街の教会に戻りなさい」
「はい」
「お花、ありがとう」
手を振り、去っていく子どもたちを見送ると、物陰から出てくる二つの足音がした。
「子どもには優しいのだな」
「王子様、立ち聞きなんてお行儀悪いですよ」
「俺は良くないって言ったんだけど、アスターが聞かなくてね」
「率先して隠れていたのはスリフトの方だろう。それに、また一人で勝手に出歩く君を探していたらたまたま現場に出くわしただけだ」
「あっそ。それより見て、子どもたちがくれたの」
私は、子どもたちにもらった小さな花束をアスターとスリフトに見せる。
「明日は絶対に負けられなくなっちゃった」
「安請け合いなどするからだ」
「勝てるかわかんないなんて言えるわけないでしょ」
「ルドベキアの作戦では不満か?」
「んー、そうじゃないけど。でも、勝利への糸口が見えないのは事実かな」
「糸口?」
「大砲じゃぬるい、でも突撃は避けたい。ここで一気に南を落とせば、イグランは絶対に引き上げる。その好機がここにあるのに、グリッチェ攻略の糸口が見えない。今は守りより攻めに転じるべきなのに、こうすれば勝てるって説得できる材料が見つからない」
セトやパストゥ砦の時のように、いつでも私の得意分野が落ちているわけではないのだ。
「そう逸るな。ルドベキアは幾千もの戦場をくぐってきた一騎当千の猛者だ。あれは戦略うんぬんよりも戦場で勝機を見出すことに長けている。ホウセンと同じだけ戦える君が加われば、明日の戦でも必ず勝機を見出す。あれを信じて戦場に立て」
「大丈夫だよ、キユリ。君が思う以上に、ルドベキア軍団長は桁外れの人だ。一緒に戦場に立てばきっと、その意味が分かるよ」
そんなものだろうかと思いつつも、わかった、と私は二人に頷いた。
これまでも絶体絶命の窮地を何度も越えてきたはずなのに、一人になってベトワールの戦場で戦うとなると、いかに自分の頭が足りないかを思い知らされる。
「ところでキユリ、これ一つだけ変じゃないか?」
スリフトに言われ、花束を見ると、ふわりと揺れた花の中に何か小さな違和感のある花を見つけた。
「あ、これ、一つだけカモミールだ。早咲きしたカモミールかな? 似てるから間違ったんだね、気付かなかった」
私はマーガレットの花束の中に混じってしまった、一回り小さなカモミールの花を手に取った。
「マーガレットの花には造詣が深いと思っていたが、見慣れていると案外見逃してしまうものだな」
「王子、お母様の名を持つ花を見慣れて見逃す、なんて……」
その時、私の中に一つの妙案が浮かんだ。
「どうした?」
「……私ってさ、詐欺師としては天才だと思うんだよね。自分でもびっくりだよ」
「神妙に、何の話だ?」
「ふっ。良いこと思いついたから先に行くね!」
「あ、おい!」
思いついたことを実行すべく、私は私を探しに来ていたはずのアスターの制止も無視して、ヴェルシュの街中へと走り出した。
***
――キィ……。
アスターたちをまいて訪れたのは、街の中に設置された捕虜収容所。
「キユリさん……」
他の兵士と一緒になると一番最初に捕まった自分から情報が漏れたことになり殺されると、涙目で訴えここで孤独に捕虜となっている男がひとり。
ここへ来る途中で私の弓の餌食になった青年だ。
名前をフウリンと言うらしい。話すとドジな生真面目で面白い。
「フウリン、調子はどう?」
「あなたに怪我させられて、あなたに手当てしてもらってるなんて変な感じですよ」
「なら次の偵察はもっと上手くやるのね」
「もう戦場はこりごりですよ。民兵になんてなるんじゃなかった……」
「兵士はもうこりごり?」
「えぇ……」
「なら、私と良いことしない?」
「な、なんですか?」
「ちょっとその服、脱いでくれない?」
「え……?」
私は、顔を引きつらせている彼にニヤリと微笑んだ。