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12.キユリの本領

 神経を研ぎ澄ませ、けれど、緊張感さえ感じさせない足取りで、砦近くまで足を進める。


「聞け! 祖国を侵すイグランの兵たちよ!」


 砦まで何やら一人歩いてきたと思ったら、女の声で、しかも何か言い始めたと、砦内が一瞬でざわついたのがわかった。


「何故お前たちは我らが祖国を侵すのか! ここは我らが祖国、我らの地! 砦を捨て今すぐヴェルシュを解放せよ! さもなくば、神の鉄槌が下らん!」


 撤退勧告は一応儀礼だ。私に言わせれば、それは完全に気のせい以外の何物でもないが、こういう形式上のものがあると戦場が傾く時、敵には神の脅威が、味方には神のご加護が見えるようになる。

 戦場において、心の持ちようと言うのは実に大きい。


「ベトワールの娼婦か?」

「自分たちで戦にも出られない蛆虫(うじむし)どもめ!」


 そして、そんな言葉に罵声が返ってくるのも世の常だ。

 娼婦だの魔女だの、聞き飽きた言葉を浴びせる前に、なんで女一人で来てるかを怪しむべきだろう。

 だと言うのに、高見の見物で完全に私を馬鹿にして、動く気がない。

 仕方がないので、私は弓を構える。


「去れ! 不逞(ふてい)の輩よ! ここは我らが祖国、神は常に我らと共に有り!」


 身を乗り出し見ていた一人の兵に狙いを定め、矢を射る。


「ぐはっ!」


 矢は見事肩に当たり、兵が倒れる。


「この淫売が!」


 ――シュッ!


 そして、的の兵から矢が放たれる。

 だが、私はそれをいとも容易く躱す。


「神のご加護がある私に、お前たちの矢は当たらない」

「打て! 打てー!」

 

 ――シュッ! シュッ!


 そしてまた、数本の矢が私に目掛け飛んでくる。

 けれど、矢は私には当たらない。


「お前たちは、女一人も倒せない哀れな羊だと思い知れ!」


 そして、弓を引きまた一人の肩に命中させる。


「あの女……! 打て、打てー!」

「殺せー!」


 そして、一斉に矢が私の頭上へと振ってくる。


 ――シュシュシュシュシュシュシュシュ……!

 ――トトトトトトトッ!


 次々と放たれた矢が、地面へと突き刺さり、百にも届こうかという矢が私の元へと降り注ぐ。

 だが――。


「ぐはっ!」

「あぁっ!」


 イグランの飛ばしたいくつもの矢に土煙が上がり、何も見えなくなったところで、煙の中から矢が飛んできて次々とイグラン兵が倒れていく。

 ヒューっと風が吹き、土煙をさらっていくと、そこには無数の矢の中で無傷のまま立ち弓を引いている、彼らが娼婦と罵った女の姿があった。


「なんなのだ、あの女! なぜ立っている!?」


 ――ヒュンッ!


「くっ……!」


 私の矢は確実にイグランの兵をとらえていくのに対し、無数のイグランの矢は私に傷一つ付けられない。


「ええぃ! もう一度だ、打てー!」


 私はすぐに、足を引き、身体を傾け、ひらりひらりと矢の雨を避けていく。

 動き接近するものならば、それは私には当たらない。


「誰でもいい! あの女を殺せー!」


 矢の雨が三回降り注ぎ、私も十人以上仕留めたところで、弓兵に切れ間ができる。弓切れだ。

 そして、下に待機していた兵を送り出すために門が開かれる。


「アスター! 今よ!」


 その瞬間、控えていたベトワール軍が全速力で進撃する地響きがした。


「ここは返してもらうわ!」


 私は、すぐさま前を向き弓をそこへ捨て置くと、腰の愛刀たちを引き抜き門から出てきた兵を倒して砦の中へと入って行く。

 長剣と違い、短刀で戦う私は、戦士の中に混じる小柄な自分の体を活かし相手の隙間を縫うように敵を捌く。

 一つ一つの威力は高くなくても、大勢を相手にするにはこの方が、効率が良い。

 

「はぁっ……!」


 とは言え、あれだけの矢を避け、刀を振るうにはそろそろ息が乱れて来た。


「どけぇー! おらぁぁぁあ!」

「うわっ……!」

「なんだ!?」


 その時、後ろで何かが急激にイグラン兵へと突っ込んでくるのが目に入った。


「ホウセン!?」

「この砦は俺が落とす! 女ぁ! ルドベキア様に認められるのはこの俺だー!!」


 よくわからないけど、完全にブチ切れたホウセンがすごい形相で、兵を次々に倒して行く。

 その後ろから、アスターやスリフトたちが追いかけてくるのも見えた。

 負傷の弓兵を抱え、矢も切れた状態では、上から降ってくる矢はたかが知れているだろう。


「抜け駆けなんて卑怯じゃねーか! てめぇ、マジで覚えてろよ!」


 味方のはずのホウセンが、敵を斬りながらも私に罵声を浴びせてくる。

 随分ヤンチャだったと聞いていたが、あれではまるでチンピラだ。

 とは言え、戦力で言えばホウセンはかなり心強い。ベトワール軍が押し寄せれば、イグランの撤退は確実。そうなれば、私がやることはただ一つ。


「ホウセン! 砦の旗を取った人間が勝者だよ!」


 砦の一番上階には必ず陣地を示すために国の旗が掲げられる。

 それを落とすことは、すなわち陣を取った意味になる。

 そんなものに興味はないが、上の弓兵を少しでも減らして仲間の負傷を防ぐことが最優先される。


「んだと!? 俺が取る!」


 ホウセンを使って上階へ上れば私も少しは楽できる。


「お先!」

「待て、ごらぁ!」


 頭は弱いけれど、戦力はすこぶる強い。

 こういう状況で闇雲に突っ込んできて悪態付きながら戦えてるだけある。

 そういう奴は、嫌いじゃない。


「俺の勝ちだ、おらぁ!」

「それはどうかな!」


 我先にとホウセンが階段を駆け上がって行き、私もそれに続き上階を目指す。


「たった二人で、あいつらなんなんだ……!」

「撤退! 撤退ー!」


 その時、私たちが上階へたどり着くより早くイグラン側の撤退の指令が出た。

 ホウセンの勢いか、はたまた、より多くのベトワール軍がすぐそこまで迫っている脅威か。

 敵兵の震えあがる声がそこかしこから聞こえる。


「勝手に逃げんじゃねぇ!」

「ホウセン、終りだよ」

「まだ旗落としてねぇだろ!」

「でも、ベトワールの勝ちは確定した。私たちの勝負は次までお預け!」

「ちっ!」


 ベトワール軍の襲撃と共に、イグラン軍は撤退。

 昨夜の東の砦に続き、南の砦の一つであるパストゥ砦が陥落した。

 それに伴い、南西にあったシャントロワ砦からイグラン軍がリコン川を渡り西の本陣へ撤退。

 南にある、グリッチェ要塞は南の重要拠点であり、兵の人数も多く依然守りは強固ではあったが、ベトワールの猛攻撃に孤立することとなった――。


 ***


「キユリ、忘れ物だ」

「ありがとう、スリフト」


 戦場の後始末が全て終わり、ベトワールもここで引き上げることになった。

 舟に乗り込むと、パストゥ砦の前に置き去りにしてきた弓をスリフトが渡してくれた。


「でも本当すごいな。全部キユリのおかげ……ってか顔色悪いぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけ」


 ――キーン……。


 三回勝負はさすがに神経を使い過ぎた。酷い耳鳴りがする。


「誰も死んでなきゃ良いけど……」

「ヴェルシュに残ってる方の話か? あっちはルドベキア軍団長がいる。攻められてたとしも問題ないさ。それよりすごいのは、こっちに死者が出なかったことだ!」

「そうじゃねーだろ」


 スリフトとの会話に、隣で一緒に舟へ乗っていたホウセンが割って入る。


「そうじゃねーだろ、キユリ」


 私を睨みつけるホウセンの目は、私が何に対してそう呟いたのかを見抜いていた。


「俺は、弱い奴が嫌いだ。だけど、中途半端な奴はもっと嫌いだ」

「おい、ホウセン。なんの話だ?」

「……」


 ホウセンの言葉に、私は静かに目を伏せた。


「俺たちは戦争やってんだ」

「知ってる」

「仲間が死んでも同じこと言えんのか」

「……」

「お前はただの裏切り者だ」

「おい、ホウセン!」


 対岸へとたどり着くと、ホウセンはそう言い残し舟を降りてさっさとヴェルシュへ入って行った。


「キユリ、何かあったのか?」

「大丈夫。なんでもないよ」


 どれだけ戦場を経験しても、どれだけ腕を磨いても、胸に刺さる言葉の矢の避け方はわからないまま、深く突き刺さる。


「私たちも行こう」

「あ、あぁ……」


 それがいかに中途半端で、誰に対しても裏切り行為で、自分を縛る矛盾だと私は知っている。

 ホウセンのことは嫌いじゃない。だけど、勘のいい奴は苦手だ。

 そんな一連のやりとりの中、自嘲する私のことをただ黙って、アスターは見つめていた。

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