11.トロワレパン砦
見事追撃に成功し、陥落させたトロワレー砦を破壊し、ヴェルシュへと戻ると街は大歓声に包まれた。
喜ばしい気持ちとは裏腹に、勝手に行って勝手に落としたので、アスターに怒られるのは目に見えていた。
「ごめん? ごめんなさい? しょーがないじゃん? どう言っても、無理だよねぇ……」
どう口を開いてもダメな気がする。敵から馬を数頭と使えそうな武器諸々を押収したので、これでなんとか勘弁してもらいたい。
「キユリ! 無事だったか!」
一番最初に出迎えてくれたのは、北を守備していたはずのルドベキアだった。
早馬で伝達に来た兵から、案の定北側も責められたと聞いたが、顔を見るに大した損害もなく追い払ったのだろう。
「多少負傷者は出たけど、全員無事よ」
「北も君の言う通り攻めてきたが、トロワレーが落ちたと聞いたらすぐに撤退して行った」
「勝手に出てごめん」
「なに、元々東から攻める予定だったんだ。少し予定が早まっただけだと思えば問題ない。まさか増援が到着する前に終わるとは思わなかったけどな」
よくやった、と言う清々しいルドベキアの笑顔に、私も笑って答える。
「おい」
来た。
束の間の談笑に水を差すようにいつもの声が頭上から聞こえてくる。
「どうせ怒られるだろうけど、先に言っておく。ごめん」
勝てる見込みが十分あったにせよ、指揮系統丸無視で、小隊長クラスしかいない兵を連れ、あまつさえ市民まで巻き込んで出撃したのは非を認めざるを得ない。
こういう時は素直にとっとと謝るに限る。
「わかっているなら良い。先は長い、命を粗末にするな」
「……わかってる」
「だが、指揮系統丸無視、王子付きが王子の護衛を放棄し勝手にふらふら、挙句市民を巻き込むのはどう考えても認められん」
「わかってるなら良いって、今言ったじゃん!」
「やはり良くない!」
「良くなくない!」
「ほらほら二人とも。喧嘩するなら後でな。ルドベキア軍団長とまだ作戦会議が残ってるだろ?」
結局ねちねち言い始めたアスターだったが、このまま他の砦へと打って出るためには早々に作戦会議を始める必要がある。
いつものことながら、仲裁役のスリフトが割って入り、私たちは作戦会議のため会議室へと向かった――。
「では、南へ渡りトロワレパンへと攻め込み砦を落とす。その後、パストゥへと進撃。王子、よろしいですか?」
「あぁ。ルドベキアは北西の守りを頼む。それにしても、パストゥか。東の様にはいかないだろうな」
「ここが正念場でしょう。王子、私の側近ホウセンをそちらにお貸しします。あれは守りにいても仕方ないですからね」
「ホウセンか。助かる」
ホウセン。数年前にルドベキアが民兵から引き上げ側近にした男だ。
とにかく短期で暴れん坊だったヤンチャなホウセンを、戦場で出会ったルドベキアが騎士として引き上げ育てたと聞いた。
騎士はその大部分を貴族から構成されてはいるが、その実力を認められ、上位の騎士からの引き上げにより民兵から騎士に昇格することもある。
そんじょそこらの散兵程度なら、ホウセンの名を聞いただけで震え上がり逃げて行くと、有名な話だ。
「ホウセン」
「はっ」
「私は北西で敵本陣に睨みをきかす。お前は、アスター様の隊に入り南で存分に暴れて来い」
「はっ」
ルドベキア大好きっ子だとは聞いていたが、戦場で離れることに異論はないらしい。
と、その時、すっと顔を上げたホウセンと目が合った。と、言うより睨まれた。
「では、本日午前九時、トロワレパン砦へと進軍を開始する! 解散!」
ルドベキアの合図で作戦会議は終わり、それぞれの持ち場へと向かい準備をする。
「ふぁ……。スリフト、私少し仮眠取るね」
「時間になったら起こすよ」
「軍団長、アスター様! 申し訳ありません少し問題が……」
戦いの前に少し休もうと椅子を並べて横になったところ、ルドベキアとアスターを呼びに兵が駆けてきた。
「なんだ?」
「それが……」
何とも言えない困った顔をした兵が、チラリと私の方を見て、ルドベキアへと耳打ちをした。
「キユリ、少し付き合え」
すると、ルドベキアが親指で外の方を差し、私を読んだ。
戦いの前に眠りたいところだったが、なんとも形容し難い空気に一緒に外へ出ると、そこには昨日トロワレーを一緒に攻めた住民や他の市民が詰めかけていた。
「我々も聖女様と一緒に戦います!」
「民兵として参加させてください!」
どうやら住民たちが東の砦を落としたことでヒートアップしてしまったらしい。
「ありゃりゃ……」
「どうする? 聖女キユリ」
「ルドベキア、その呼び方やめてよ」
「またか。君の責任だ、自分で何とかしろ」
「そりゃないでしょ、王子」
「キユリがいれば国民総攻撃ができそうだね」
「スリフト、物騒なこと言わないの」
多少なりとも統率の取れる民兵と違って、いきなり市民を民兵として参加させて勝てるとも思えないし、戦場が混乱するだけの様な気もする。
それでも、この勢いは捨て難いし、何より静まるものでもないだろう。
「……参加させれば?」
「何を言っている。ダメに決まっているだろう」
「王子、考えても見てよ。昨夜の砦の時も私が連れて行った以外にも、後から勝手に参加してた市民は大勢いる。勝手に来て戦場に参加されるよりは、最初から組み込んで安全な場所でちょっと活躍してもらった方が良くない?」
「しかしな……」
「リコン川を渡るにも人手はいるし、そう言うのを手伝ってもらって兵の体力を温存する。市民たちには、自分の命を最優先にして動いてもらう。ダメって言ったって、絶対勝手に参加してくるよ?」
「戦場では庇ってやれんぞ」
「それは自己責任ってことで」
「騎士として認められんが……考えている時間もない。君の言う通りにしよう」
現場で指揮を執るルドベキアやアスターにすれば嫌な荷物を背負うことになるが、半年も我慢していた市民のうっ憤はきっと敵と一線交えないとおさまらないのだろう。
「いざとなればちゃんと守るよ」
「あまり合理的ではないがな」
それから、彼らはすぐに市民兵として民兵の部隊へ加えられ必要最低限の戦場でのルールや規律を叩き込まれた。
その頃、私はと言うと、仮眠を取ろうと戻った会議室でホウセンに捕まっていた。
「お前、本当に戦えるのか?」
「昨日砦を落としてきたのは私だけど?」
「南を取り、ルドベキア様に認められるのは俺だ」
「あ、そう……」
ホウセンは、それだけ言うとどこかへと去って行ってしまった。
どんだけルドベキアのこと好きなんだ。
そして、午前九時。ベトワール軍の渡河が始まった。
いくつかの小舟に分乗し、中州の島まで渡り、そこから船橋を作り対岸へと渡る。
川を挟み南側にあるイグランの砦は、南東のトロワレパン砦、南にヴェルシュと橋伝いに繋がっている対岸のグリッチェ要塞。そのさらに南側にパストゥ砦、南西にシャントロワ砦。
南のグリッチェとパストゥを攻めるためにも、トロワレパンは落としておく必要がある。
「静かだね」
中州から対岸へ渡るあたりで、敵の弓でも飛んでくると思っていたが、それはなく、トロワレパンは静まり返っていた。
「誰もいません! 全員、南の砦へ撤退しています!」
偵察隊を向かわせるもむなしく、私たちが渡河する様子を見るやすぐにトロワレパンの兵はここを捨て南のパストゥへ逃げてしまったようだ。
「ここを捨てても、パストゥさえ落ちなきゃ体制はいくらでも立て直せるもんねぇ……」
その可能性はあるだろうと思ってはいたが、トロワレパンで敵の戦力を少しでも削りたいと思ったのは甘かったらしい。
パストゥ砦が見えるところまで進んでみたものの、相手方もきっちりと守備の準備をしていた。
砦の上には大量の弓兵。相手が攻撃するのを待って弓で一気に叩く、これはイグランのお得意どころだ。
「トロワレパンを落とした勢いでパストゥへと入るつもりでいたが、これでは難しいな」
「これじゃぁ今度は俺たちが矢の雨の餌食だな……」
軍全体にここを進むのか、と不穏な空気が流れ始める。
「中の兵をあぶりだせば破れる?」
「中へ入る活路さえできれば、勝機は見出せる」
「そう。それなら方法はある」
私は、兵の一人に預けていた大弓を持ち出した。
「一人一人討つ気か?」
「そうじゃない。さすがのこいつでも時間がかかるし、上から狙われればこいつの距離の利はなくなる」
「じゃぁ、どうするのだ?」
「まずは、相手の矢を減らすのよ。必ず砦の門を開かせる。その時が来たら、後はよろしく。あ、あと来る時これ回収して」
私は馬を降り、お願いねーと長弓を振ると一人パストゥ砦へと歩き始めた。
「どこへ行く!」
「大丈夫だから。まぁ、見てて」
「勝手な真似は――」
「あ、ホウセン! ルドベキアから認められることに興味はないけど、今回は私の一人勝ちだわ! ごめん!」
アスターの文句が始まる前に、ホウセンへと話をそらし、じゃぁね、と舌を出した。
敵陣へと一人足を進め、敵の弓の射程距離ギリギリのところで一度立ち止まり、大きく息を吸い、大きく息を吐きだした。
そして、いつ矢が飛んできてもおかしくない敵の射程圏内へと私は足を踏み入れた――。